病の少年教皇
繊細な美術品のような建物が建ち並ぶ街、教皇領ヴァチカン。
最盛期にはこの世の全てを治める程の栄華を極めておきながら、今では衰退の一途を辿る。
国民はそれを諦めよりどこか冷めた目で見ていた。
近い将来この国は大きく変わるだろう。
その白亜の宮殿の中、白い天蓋に覆われた寝台には細身の少年が横たわっていた。
重い病の為、その身体はやせ細り衰えていた。
そこから続く肩の線は驚く程薄い。
少年の傍らには黒髪の若い女性が控えていた。
背が高く、すらりとした肢体は華奢で、女性本来の丸みに欠けていたがとても美しかった。
女性の肩のラインで切りそろえられた髪がこちらを向いた瞬間、サラリと首の動きに合わせて揺れた。
「聖下……」
少年は現在の教皇だった。
半年ほど前に病気で前教皇を失ってから即位した少年は、未だ公の場に姿を現した事はない。
ただ日に日に衰えていく少年に付き従う女性、ルビアは悲しげに瞳を閉じた。
「もうすぐ…。もうすぐですから。聖下。もうすぐバイロンがあの娘を連れ帰って来ますから」
ルビアの涙混じりの声に眠っていたとばかり思っていた少年がうっすらと目を覚ます。
そして厭々をするように首を振る。
「ルビア…お願い。もう僕を殺して…。僕はもう生きていたくないよ…」
「聖下っ!」
声は思いの外大きかった。
ルビアはハッとして周囲を見回すが、そこに人影は無かった。
ルビアがここにいる間は人払いをしてあるのだ。
「聖下。お願いですからどうかそんな事はおっしゃらないで下さい。あの娘さえ手に入れば聖下はきっと健康を取り戻せます」
すると寝台の上の少年はそっと瞼を伏せる。
「でもルビア…。僕は他人の命を犠牲にしてまで生きていたくない。僕は特別なんかじゃない。ただのシリアだよ。貴女の弟の…」
その言葉にルビアは喉を震わせて嗚咽を漏らす。
「いえ……。決して聖下を死なせはしません。決して」
少年とルビアしかいない部屋は広く、そして冷たい。
それは部屋の温度ではない。彼らを取り巻く空気の温度だ。
そんな部屋で少年はずっと病という名の檻に囚われている。
恐らく死ぬまで…。
「頼むぞ。バイロン卿……」
ルビアの悲痛な声は、声にならないまま幽かな吐息として外に出た。