精神剣
暗闇に刃の交わる音と蒼い閃光が散っている。
バイロンは鋭い目で墓の下から這い出てきた異形を睨み据え、いつの間にか手にしていた二本の細剣でその首と胴を一刀両断した。
飛沫く体液と耳障りな悲鳴が同時に上がった。
更に間隙を与えず、背後から襲いかかってくる異形にもう一太刀浴びせる。
ほんの数分でバイロンは全ての異形を始末した。
アンリはただただ圧倒され、結界の中から呆然とその様子を見ている事しか出来なかった。
メルの方は、好奇心旺盛に瞳を輝かせてその様子を見ている。
全てが終わり、バイロンは剣を軽く払った。
すると剣は一瞬で輝く光の粒と化し実体を失った。
「な…何だ。あの剣は」
「あれは精神剣でし。ファーターの心で形を作る特別な剣でし」
「心?」
殆ど呟きとしか取れないアンリの疑問をメルは聞き取ったようで、少し得意になったように教えてくれる。
「そうでし。あれは心が強い程強い武器になるんでしよ。この世にはファーターの持つアイン、そしてドライ、ツヴァイ、フィーアの四つの精神剣が存在するんでし」
「ん…、するとバイロンの持っている二本の剣は二つ対でアインと言うのか?」
先程の戦いでバイロンは二本の剣を使って戦っていた。
美しい文様が剣の束に施された光り輝く剣に見えた。しかしメルは首を振る。
「あの銀の剣はちょっと特殊なんでし。精神剣のように心の強さで形を取るんでしが、まだ謎の部分が多いんでし。名前は零式と言いまし」
「ゼロ……」
「他の四つの剣の雛型になったとも言われてるんでしよ」
「試作品って事か?」
メルはそれには曖昧に口を濁した。彼女にもよく分からないのだろう。
「うーん。零式はまだまだ謎が多い剣でしから、一概にはこうでしって言えないでし」
「そうか。でもありがとう」
どうもこうして話しているとメルの年齢を忘れてしまう。
だが、外見年齢が実年齢と比例しているかは、彼女の背中の羽を見る限り信用出来ない。
「おやおや〜。私が頑張っている間にお二人仲良しこよし〜。いいな。いいな」
するとそこには淋しそうに指を咥えたバイロンが膝を抱えて二人を見ていた。
「うわっ!し…司教さまっ。いつからそこに」
「いやだなぁ。私はアンリの為に戦っていたというのに。見ていなかったんですか?私の雄姿を」
「わ〜。ファーター。メル見てたです。ファーター格好良かったでしよ」
メルがふわふわの服を靡かせ、バイロンに飛びついた。
バイロンはそれを受け止め、優しく頭を撫でてやる。
「よくやりましたね。メル。立派な結界でした。さすがは私の娘」
「わーいわーい」
「む……娘っ!」
「あれ?どうかしましたか。アンリ。そんな間抜けな顔をして」
バイロンはメルを抱いたままこちらを見て朗らかに笑っている。確かにこうして見ると親子に見えなくもない。
「司教さま、結婚していたんですか?」
「おっ。ヤキモチですか?何だか照れますねぇ。でも安心して下さい。私は聖職者。この身も心も神のものです」
とバイロンは荘厳に言い放つが、どうも胡散臭い。
アンリは半眼で司教を見た。
「あは…あははは。いやですね。何ですか。その眼は」
「だったら私生児って事?認知もせずに恥ずべき行為ですよ」
「アンリ、メルは花妖精だと聞きませんでしたか?」
まだこちらを疑いの目で見ているアンリの視線に耐えかねたのか、バイロンはメルを膝の上に乗せて諭すように微笑む。
「聞きましたけど。それが何か?」
「実は昔、ある知人から妖精の卵を貰いましてね。そこから私が育てたんです。娘と言っても構わないではないですか」
「………妖精って卵から孵化するんだ」
「そうでし、メル。卵からファーターに育てて貰いました」
メルはそれを誇らしげに言う。バイロンも父親のような顔でその頭を撫でる。
どうもよく分からない関係だ。
「いやぁ…。それにしてもアンリにヤキモチを焼かれるなんて感激ですねぇ」
「違うっ!」
「わーいわーい!ヤキモチヤキモチぃ。焼いたら美味しいのでしー。食べるのでしー」
もうアンリは反論をする気力も無かった。
感激で身をくねらす司教と、その周囲を焼くのでしー、食べるのでしーと走り回る花妖精を疲れた目で見ていた。
「それで直接確かめるとか言ってたのはどうなったんです?この村人たちは正直ではないってやつ」
一息ついたところでアンリは思い出したように、墓地にやって来た本当の理由をバイロンに尋ねた。そこら辺の事情は結局なにもされていないのだ。
バイロンもそれを失念していたらしい。
「ああそうでしたね。あれはですね、この墓地に埋葬された被害者の残留思念を読み取って事件の全容を断片でも聞きだそうと思ったんですよ。でも残念ながら先を越されてしまいましたがね」
そう言ってバイロンは掘り起こされた形跡のある墓石を視線で示した。
アンリは怖々その下を覗き込む。
穴の中には何者かの手によって粉砕された死体だったものが見えた。
その死体から上る甘い腐臭が鼻を突く。
アンリは思わず口元を覆った。
「大丈夫でしか?お姉ちゃん」
メルが心配そうにアンリの服の袖を引っ張った。
「あ…あぁ。ありがとう。メル」
「見ていて気持ちのいいものではありませんね。まぁここまで破壊されていては思念も拡散されて読み取る事は出来ませんね」
「あんたがやったんだろうがっ!」
「えっ?だって使役されていたとはいえ、こちらに刃を向けてきたんですよ。これは立派に正当防衛ですよ」
バイロンには全く罪の意識もないようだ。
アンリは更に続ける。
「その残留なんとかってやつが拡散しない程度に懲らしめれば良かったんじゃないですか?」
するとバイロンは人差し指をアンリの前で左右に振った。
「あー、それは無理です。私ってどんな敵にも全力投球が座右の銘ですから」
「鬼畜司教……」
「今何か?」
バイロンが眼鏡のブリッジを意味深に上に上げる。
アンリは上手く誤魔化そうと下手な口笛を吹いた。