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平和な村、トール

「ここがトール村です。私は村長さまに司教さまの到着を知らせて参りますので失礼します」

アンリはあれから無言だった。

バイロンも特に軽口を叩く事もなかったので、気付けばいつの間にか村の入り口に入っていた。

村に着いた途端アンリは荷物をバイロンへ返すと、逃げるように村の中へ駆けて行った。

口調すらも先程話していた砕けた感じのものから仰々しいものへと変わっている。


残されたバイロンはそんなアンリを笑顔で見送った後、不意に真顔に戻り村の周囲を見渡した。

「ほぉ…、製鉄で成している村なんですね」

ここ一帯は鉄鉱石と木材が豊富に採れる為、あちこちに製鉄の工場が建っている。

工場は村の殆どの者が働いており、活気に満ちていた。

とてもこの村で凄惨な殺人事件があっただなんて思えない程のどかで平和だった。

村の規模は小さく、ちょうど村の入り口の辺りでその全景を見渡せる。

今は昼時とあって、赤茶けた煉瓦造りの家々からパンを焼く良い匂いが立ち上っていた。

バイロンはそれらを珍しげに見渡しなが歩く。

すると家々の影から村の子供たちが、こちらを伺うように見ていた。

バイロンは聖職衣のポケットから焼き菓子を取り出すと、子供たちを手招きで呼び寄せる。


子供たちは最初は警戒したようにこちらをチラチラと伺っていたが、バイロンの手の中にある焼き菓子に興味があるのか、次第にその距離を詰めていった。


「はい。どうぞ。頂き物ですが美味しいですよ」

バイロンの声を合図に、子供たちがわっと一斉に走り寄って来た。

子供たちは歓喜の声をあげながら、菓子を頬張る。


「ありがとう。司教さま。ねぇ、司教さまはアンリちゃんをやっつけに来たの?」

口いっぱいに焼き菓子を頬張りながら、赤毛の少年はバイロンに無邪気な笑みを向けてくる。


「やっつけに…ですか?いいえ。滅相もない。私はアンリとお友達になりたくて来たんですよ」

バイロンは少年の目線に合わせて膝を折ると、その柔らかな赤毛を撫でた。

「なぁんだ。そうだったのか。良かったぁ。僕はてっきりアンリちゃんをやっつけに来た悪者かと思ったよ」

少年は心から安堵の表情を浮かべると、バイロンに礼を言って、広場の方へ他の子供たちと一緒に走り去って行った。


(ふむ…アンリは村の守護者として扱われている事は確かなんですね…)


バイロンは何かを考え込むように顎に手を当て、今去った少年の方を見ていた。


子供達と別れ小道を歩いていると、村でも一番大きな建物に行き着いた。

庭にある大きな噴水からは清流が絶え間なく流れ込み、虹のアーチを作っている。


コンコン


扉に付いた小鳥の呼び鈴は使わずに、扉を直接叩く。

すぐに「はーい」と女性の明るい声が返ってきた。

「まぁ、これはこれは司教さま。ようこそ我が村へおいでなさいました。ささ、お疲れでしょう。中へどうぞ」

勢いよく扉が開き、香ばしいパンの匂いと共に小太りの老女が顔を見せた。

村長の妻だろう。

バイロンは礼を言うと荷物を婦人預け、広間へ通された。


「おお、司教さま。ようこそ我が村へ。済みませんわざわざこちらまで出向いて頂いて…。本来ならばこのアンリがご案内したものを…」

「いえ、お気になさらずに。私もここへ来る道すがら、村を見物させて頂きましたから」

「はぁ…。本当に済みません。あの…何もないところですが、ゆっくりして行って下さい」


美しい花々をあしらった壁紙が目を惹く広間には、婦人より多少小太りの男が真っ先にバイロンに握手を求めてきた。この村の村長だ。バイロンは笑顔で握手に応じる。

続いてバイロンは壁側のソファに視線を移動させた。

そこには無愛想な顔をしたアンリが、こちらを何故か怒ったような目で見ていた。

多分アンリが迎えに行く前に村の入り口から移動した事を怒っているのだろう。


「それで司教さま。ご滞在日数は?」

その前に婦人が焼き菓子とローズティーをテーブルの上に並べた。

「ありがとうございます。ここへは調書を取りに来ただけですので、少々村の皆さんに事件のお話を聞いたらすぐに帰ります」

その言葉に村長は、やけにほっとしたような安堵の表情を浮かべた。


「そうですか。ではそれまで司教さまにはここの離れの屋敷を使って頂くとして…。下女にこのアンリを付けましょう」


ガタン


村長の言葉にアンリはローズティーを吹き出した。

「あっちぃ!」

「大丈夫ですか?アンリ」

「大丈夫です。ちょっと紅茶が掛かっただけですって…し…司教さま?」

アンリの言葉は裏返った。突然何を思ったのかバイロンがアンリの火傷した指先を口に含んできたのだ。

突然の事にアンリの頭は混乱する。

「何をするっ!」

思わず村長の前にも関わらず、アンリは敬語を忘れて手を引っ込める。


「あれ。まだ痛みますか?」

形の良い唇が離れた途端、アンリの火傷は痕も残さず消えていた。

「あれ……痛くないです」

これには村長もびっくりした顔で言葉を失っていた。

「どうしてこんな…」

「さぁ…。愛の力ではないですか?」

バイロンはしれっとした顔で香り高い紅茶を啜った。

「これは素晴らしい神の奇跡だ。それを目の当たりに出来るなんて!」

村長は興奮気味に声を荒げた。

だが、アンリはまだ訝しげにその指先を見つめていた。




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