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信じて

「ん…外が騒がしいね。どうやら勇ましい女騎士さまがキミを助けにに来たようだよ。バイロン」

穏やかな声が閑散とした屋敷内に響き渡る。

金髪碧眼の牧師は煤けたレースの天蓋を捲くってゆったりとした動作で寝台の上に横たわる人物の髪を梳いた。

その髪には黒のエーテルコートが施されていたが、すっかり剥げ落ち、小麦の穂を思わせる淡い金髪になっている。

金の細い髪は牧師の指の動きに合わせて砂金のように滑り落ちた。

「キミは今も昔もモテモテなんだね。ほら、もうじきここも突破される」

牧師は他人事のように囁きながら、目の前で横たわる人物の血に汚れた唇に真っ赤な舌を這わせた。

そして、牧師の言った通り頑丈な扉が大きな音を立てて前方へ倒れ込んだ。

「バイロ…ン?」

扉の向こう、光溢れる先には水晶を思わせる細身の剣を手にしたアンリだった。

「おやおや。本当に勇ましい女騎士さまだ。あははは。扉はそうやって開くものではないよ」

「アーサー牧師……」

天蓋を蹴り上げ、中から豪奢な金髪を靡かせたアーサーが出てきた。

その顔には笑みが浮かんでいたが、決して友好的なものではなかった。

「あぁ、アンリさん。キミには本当の僕の名前を教えてあげる。僕の本当の名前はアレクセイ。ここで眠っているバイロンの義兄だよ。驚いたかい?でも正確には違うんだけどね。だって彼の婚約者である姉は僕が結婚式前に殺してしまったんだから……」

「!」

血の気のすっかり引いたアンリの様子に満足したように、アレクセイは頷くと天蓋の端を引っ張る。

しゅるしゅると音を立てて天蓋が落ちた。

天蓋が落ちた先の寝台が露わになり、そこに横たわる人物にアンリは言葉を失った。

「あっ……」

慌てて駆け寄ろうとしたアンリの目の前に、アレクセイが立ち塞がった。

「おっと、キミはここまで」

「牧師さま、ふざけないで下さい」

「うんうん。その目はいいね。心地よい殺気だ」

からかいの色を浮かべた牧師をアンリは殺気のこもった目で睨み付ける。

そして、その視線は寝台の上の司教に移った。

「あ……れ。バイロン、髪が金色だ」

横たわるバイロンは全身血まみれで、痛々しい限りだったが、どこか印象が違う。

それはいつもも漆黒の髪ではなく、淡い金色の髪にあった。

アレクセイは笑みを深くした。

「ふふふふ。この状態の彼を見るのは初めて?そうだよね。だってキミたちはまだ出会ったばかりだものね。なら教えてあげるよ。本当のバイロンはこんな風に美しい金髪と深い紫水晶の瞳を持っている素晴らしい僕の人形なんだよ」

「人形……?」

アレクセイは愛しげにバイロンの首筋に唇を寄せる。

バイロンに意識はなく、本当に人形のようだった。

「その手を離せっ!」

アンリはそう叫ぶと力を解放し、背中から漆黒の翼を顕現した。

そしてちらりとバイロンを見た後、剣を構え、それをアレクセイの喉元へ突き立てた。


ザンっ!


手応えはあった。

手には確かに柔らかな肉を刺した感触が残っている。

だが、目の前の牧師は平然とした様子で佇んでいた。

「ほらほら、どうしたの?もっと奥まで刺さないと僕は殺せないよ?」

「くっ……」

美麗な唇には鋭い牙が覗いている。最早彼は自分の正体を隠そうともしていなかった。

「あ…暁の吸血鬼……。やっぱり貴方だったのか。私は信じたかった。牧師さまっ!」

悔しさで涙が滲んだ。

今まで村で一番親身になって接してくれたのはこの牧師だけだった。

子供と接するのを村の大人たちは禁じていた。それを牧師が皆に説き伏せて、輪の中に入れてくれた。

村での平穏に暮らしは全て彼が与えてくれたものだった。

その内に、いつしかその感謝の気持ちは尊敬へと形を変えて、最終的には恋心になった。

「あれ、今になって気づいたわけじゃないよね。アンリさん」


ズルリ……


喉元深く突き刺さった剣をアレクセイは躊躇う事なく片手で引き抜いた。

鮮血が喉を汚したが、全く痛みを感じていないのか平然としている。

それを見たアンリに絶望的な恐怖が広がっていった。

「待て、吸血鬼。その娘を害する事は許さん」

その時、冷たい声が壊れた扉の向こうから聞こえてきた。

するりと覗く細身のシルエット。

手には木製の剣が握られていた。

「リャン……さんっ」

「ほほう。バイロンの下部しもべだね。これは面白いな。じゃあ、キミの相手は別の者に頼もうかな」

牧師は指をパチリと鳴らした。

すると窓を割って、濃紺の修道服を纏った妖艶なシスターが姿を現した。

その顔は蒼白で、殺気に満ちている。

「シスター、どうしてシスターがここに?」

「彼女は僕の下部しもべだよ。アンリさん。ほら、ここに所有の印がある」

そう言ってアレクセイは尖った爪をシスターの修道服の胸元の上に滑らせた。

それは音もなく裂けて、白い肌が露わになる。

アンリが釘付けになったのは、彼女の首筋だった。

細い首筋には二つの穴が穿たれていた。

「牧師さま、シスターに何をしたんですか?」

「これを見てもまだ分からないのかい?言ったろ。彼女は僕の下部しもべになったって。さぁ、そろそろおしゃべりの時間は終わりだよ。キミはここで何も知る事なく僕が殺してあげる。自分の正体すら知らずにね」

そう言ってアレクセイはヒラリと跳躍した。

そしてすぐ側のリャンに攻撃を仕掛ける。それと同時にシスターが悪鬼のような形相でアンリに仕掛けてきた。

「くっ…。私は誰も傷つけたくないっ!」

「ふふふ。それは、あの「事件」が影響しているんですか?」

リャンに一撃を放ちながら、アレクセイがこちらを見る。

「ですが、あれは致し方ありません。転身の暴走は誰にも止められないものです。それにあれは起こるべくして起こった事。全ては仕組まれた事だったのですから」

「どうしてそれを牧師さまが知っているんですか?それに仕組まれたものって……」

すると牧師は甘く微笑んだ。

「知りたければ、僕を退けてローマへ行きなさい。そこで君はこの仕組まれた「運命」の全てを知る事が出来るかもしれない。その転身能力の根源、君と魂を共有する者…知れば君は全てに絶望するかもしれない。だけどそれは人である事の「咎」人だけが知る事の許された「痛み」なのだから」

「何を言って……」

「だけどそれは永遠に叶わないよ。君はここで死ぬのだからね」

アレクセイはアンリの胸に手を置いた。

すると焼け付く痛みと強い光が流れ込んだ。

「小娘っ!」

リャンが引き返してきてアンリに駆け寄ろうとする。だがシスターがそれをさせない。

「くっ…何を」

リャンが舌打ちして、その攻撃を交わし、交戦する。

その様子をアンリはスロウモーションを見るように見ていた。

「私は死ぬのか?まだ何も知らない……自分が何者であるのかも知らないままに……」


アンリ……。


静かに倒れていくアンリを抱きかかえたのはバイロンだった。

手にはしっかりとアレクセイの拳を受け止めている。

「ふふふ。まさかとは思ったけど、案外タフなんだね。バイロン。だけどその身体でこれ以上は戦えないよ。僕は君をこれ以上傷つけたくないんだ。せっかく死滅しない身体をあげたんだからね」

「義兄さん。彼女は関係ない。このまま放っておいてあげて下さい」

苦しい息の下、バイロンは切々訴える。

アンリがここまで来る間に相当痛めつけられたらしい。

「関係ない?何を今更。彼女は「最重要人物」じゃないか。彼女一人でヴァチカンの在り方を大きく変える程のね。君もそれを知っていてここに来たんじゃないのかい?」

アンリは深い緑色の瞳を見開いて、バイロンの方を見た。

「私は違う。私は彼らとは違う。この娘を守りに来たんです」

「ふっ。笑わせるね。バイロン。君に誰かを守れるわけないのに。それともまだ君はそんな甘い幻想を信じているのかい?姉一人守る事の出来なかった君に。でもそういう君も僕は好きだよ。愛しいとすら思っている」

バイロンは強く唇を噛み締めている。何かに耐えるように。

「優しさは罪なんだよ。バイロン」


キィン……


アレクセイは腰に差していた二振りの剣をバイロンに向けて斬りかかる。

バイロンはすぐに防御の姿勢をとった。

「バイロン、剣を返しますっ!」

はっと我に返ったアンリはバイロンに借りた剣を握らせた。

「ありがとうございます。アンリ。貴方の事は必ず守ります」

そう言って剣に口付けると、バイロンは先程までのダメージが嘘のような動きでアレクセイの攻撃を弾く。

「バイロン……」

その言葉は力強く、アンリに希望を持たせるに十分な効果があった。

「ち…。つくづく君って奴は往生際が悪いというか…こうなったら仕方ないなぁ。あれを使うとしばらく身体を物質化出来なくなるんだけどね」

そう言ったアレクセイの様子がおかしい。

肩が奇妙に震え、骨格が奇妙に歪んだ。

そして優美だった口元は大きく裂けて、銀の牙が煌いた。

「バイロンっ!」

「信じて、アンリ」


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