原罪の館
村を追われるように脱出したアンリたち。
その彼らの前にアンリが夢で見た館が姿を現す。
そこには、バイロンの隠された過去が眠っていた。
「いやぁ、アンリは力持ちさんですねぇ。私を軽々と持ち上げてこんな場所まで運べるとは」
アンリの気持ちを推し量っての事か、バイロンは普段より更に饒舌になった。
ここはアンリの根城にしている黒の森の北東部。ここまでは村人たちも気味悪がって追っては来ないだろう。身を隠すには最適な場所だ。
そこでやっと安堵を覚え、アンリはその場に座り込んだ。
「お姉ちゃん、大丈夫でしか?」
不意に膝に微かな重みを覚えた。それはこちらを心配そうに見上げるメルだった。
「メル…、ありがとう」
「お姉ちゃん、何か悲しい事があったんでしか?元気ないのでし」
「大丈夫だよ。私は元気だ」
アンリはぎこちない笑みを浮かべて、メルを抱きしめた。
「あの…、司教さま。あの時は私がやったのではないと信じて下さり、ありがとうございました」
ずっと言わなければと思っていた言葉は自然に出てきた。
それはアンリの今の素直な気持ちだった。
アンリは赤面しながらも、どうにかそれだけ伝える事が出来た。
「わかってますよ、アンリ。貴方の魂が汚れなく純粋である事を」
「そうでし。お姉ちゃんは悪くないでし」
二人の言葉にアンリは目頭が熱くなるのを感じた。
「司教様っ、メルっ」
するとバイロンはにっこりと笑った。
「アンリ、私の事はバイロンとお呼び下さい」
そこでようやくアンリの口元にも笑みが宿る。
「わかりました。バイロン」
そう言うと、急に気恥ずかしくなり、不自然な沈黙が訪れた。
するとアンリは、どうしても彼に聞いておきたいと思っていた事があったのを思い出した。
それを口にするのは躊躇いがあった。
だが、ここで聞いておかないと、もうこの先、彼に尋ねる機会はないだろう。
そう思ったら、それはもう声に出ていた。
「バイロン、フィリアって誰ですか?」
バイロンの表情が一瞬にして硬くなるのをアンリは見た。
そこには動揺と焦りが滲んでいる。
「どこで、その名を?」
「それは…、その…こんな事を言って信じてもらえるか不安だけど、夢で見たんです。雨の日にバイロンと子供が、フィリアという人の事を話しているのを……。もしかしたらバイロン、知らないかなって思って」
バイロンは無言だった。
アンリは口にしてから、言った事を後悔し始めていた。
何となく、彼の様子からは触れて欲しくない話題のように思えたからだ。
だが、ややあってバイロンは口を開いた。
「あの日、あの館で私は私を棄てたのです」
バイロンは、すっと片手を上に上げ、どこかを指し示した。
それは森を抜けた先に広がる、崩れかけた廃墟だった。
「アンリ、一緒に行ってもらえますか?」