少年の顔
歩いて30分ほどだろうか。
少年にこの国を案内されて、色々な場所を見て回った。
それはすごく楽しくて、まるで、童心に帰っているようだった。
「はい、グリス」
「ぐりす?」
「確かトルガルのお肉」
「と、とるがる…」
少年に差し出されたのは、まるでクリスマスに食べるチキンのような見た目をしたお肉。
トルガルという見たことも聞いたこともない動物からとったらしい……が、
かなり美味しそうである。熱々で、持ち手が中々の温度。
そして贅沢なソースがついており、これほんとに近くで売ってんの??的な感じだった。
横目で少年を見ると、美味しそうにがっついて食べているので私も唾を飲む。
ぎゅっと瞼をつむり、やけくそのように食らいついた。
「……んんっ!?」
「あははっ、美味しいでしょ?」
「んーんー!!」
口のなかにはトロリとした高級感のある柔らかいお肉が私を支配する。こんなの、日本の高級食材レベルだよ……。
ほっぺの落ちそうな美味しさに私はひどく感動する。
こんな美味しい食べ物が、世の中に存在していたなんて……!
「トルガルのお肉はとっても美味しいからね、しかも安いし」
「あ、お金……」
「あ、いいよいいよ、僕のおごりで」
ニコッと、口が上が見えていないのにも関わらず楽しげな声で言葉を発する少年。
内心は申し訳なさで一杯で、本当になにもしなくていいのかと聞いても、いいよと彼は手をふるばかりだった。
でも、この味は一度覚えたら忘れられない。
残るお肉にまたはむっ、とかぶりつき、お腹を満たしていく。
その姿を見ていた彼は、クスッと笑いつつも、自分のグリスを食べ始めた。
___数分後。
お互いグリスを食べ終わり、満腹満腹……と、満足していると、目を輝かせた彼は両手を前におき、座りながら、私に食い付くような姿勢になった。
「ねぇねぇ、お姉さんは何処から来たの?どんな国?」
「え、えっと、……に、日本」
「ニホン?何それ、聞いたことない!」
「えーっと、ユーフォリアよりかは栄えてないか……な?魔法とかない代わり、科学技術が発達してて、機械がたくさんあるんだよ」
「へぇ……!不思議な国だね!」
「……え?どうして?」
確かに魔法がないのはこの世界では不思議なのかもしれない。
なんてったってここは異世界だ。魔法がないわけがない。
でも、わざわざそれを言うのだろうか?
よくわからない彼の回答に首をかしげる。
「だって、かがくぎじゅちゅ……噛んじゃった、科学技術なんて、何処の国も大抵進んでないよ?」
「___そ、そうなの!?」
「うん」
(この国栄えてるって言うから、科学技術もてっきり進んでるのかと……。いやでも、先進国の中じゃ最下位っていうし、日本も対して進んでない気が……)
なんて、私の故郷、日本を罵倒するかのような思いが少し強くなってしまう。
「いいなぁ、お姉さんの世界。行ってみたいなぁ」
「あはは、私はそこに帰りたい……」
「よしっ!じゃあいつかニホンに一緒にいこ!」
「……うん!」
私は無意識に、右手の指を四本曲げて、小指を差し出す。
彼はキョトンとした顔で小指を見つめていた。
その目線で、ふと我に帰る
(……え、わ、私!何してんだか……!)
「これは……?」
「__え、えっと、あの、日本?では、その、小指と小指を繋いで約束するって言う誓いみたいなのがあって……」
目をぱちくりとさせる彼に、俗に言う「指切りげんまん」を教える。
彼は左手の小指をゆっくりと差し出してきて、そのまま動かない。
私は彼の小指と自らの小指を繋ぎ、歌を口ずさむ。
「___指切った!」
「は、はりせんぼん……」
「それほど約束を破っちゃいけませんよってことだよ」
小指をそっと離す。
彼は遠い目で、はりせんぼん……と呟いているのを見ると、自然とクスッと笑みを浮かべることができた。
彼は「お、重すぎない!?」などと驚いて述べているが、私は「あははっ」と声をあげて高らかに笑っていた。
そんな楽しい話し声が、路地裏に響く。
こんなに楽しげに話したのは、何年ぶりだろうか。
こんなに愉快に笑ったのは、本当に久しぶりだ。
いつも私は笑われる側で、誰かとこんなに笑えるなんてすごく嬉しい。
(彼はそんなこと思ってないかもだけど……)
「さて、食後の雑談も済ませたし、そろそろ行こうか」
立ち上がった少年の言葉に頷き、私も自ら立ち上がる。
改めて立ち尽くしていると、少年の身長は私の胸ぐらいまでだった。
(ここまで小さかったんだ……)と、感心してしまう。
すると、いくらなんでも少年を見つめていた私なので少年は口をへの字にしながら言葉を紡ぎだした。
「今、絶対失礼なこと思ってたでしょ」
「え、思ってない思ってない!」
「ふんっ、どうだか」
あはは、と苦笑いを浮かべる。
小さいな、とか思ってしまったけど、馬鹿にしてるわけではない。
でも、少し誤解をされたようだ。
まぁ、私と彼はきっと年は離れてる。
小さくていいんだよって言ってあげたいけど、さらにまた怒りそうだ。
歩き出す彼の背中を追う。
光に、少しずつ近付いていく。
山田明莉は、彼を知らない。
彼の名も。彼の顔も。彼の招待も。
知らない彼なのに、何処か懐かしく感じる。
あの温もり、優しさ、温情。全てが温かい。
まるで、無邪気な頃の、明るい彼みたいな___
『明莉。君は____』
「キャアアアア!!!」
「みんな!逃げろ!」
騒ぐ街の人々。
ごった返していく人波。
予想外な事に、自分のブラウンの瞳を見開く。
何処かで、「ワオーン!」と、犬の遠吠えのような声が聞こえる。
それは、私の不安を煽る材料には充分すぎた。
足も、肩も、手も、小刻みに震え出す。
動きたい。逃げなきゃ。
でも、怖い。
私の負の感情が、一気に脳内を支配する。
「大丈夫だよ」
「_____え?」
ポツン、と言葉を出した。
それは、あまりにも一瞬のことだった。
彼は言葉を告げてから、顔だけを私の方に向ける。
黒いフードが、揺らぐ。
その隙間から、光が入り込んでいく。
その時、脳裏に焼き付いたのだ。
彼の、透き通るような真っ赤な色が光を反射して、赤の瞳が輝く。
その瞳の上部を少しばかり隠しているような、サラサラの漆黒の黒髪。
それが左目から右目へと零れる時、光の粉のようなものを連想させられた。
「僕が、ついてる」
それだけを告げた彼は、ローブを浮かせながら颯爽と走り出した。
真っ白な細い足と、灰色の短パンが露になる。
そのあまりにも小さな背中は、儚くも強気で、すごくかっこよかったのだ。
彼は一体、何者だろうか。
異国のものに膝枕をして自国を案内し、あろうことか疑わずに友好的に関わってきてくれた。
そんな人が、この国に暮らしている普通の人間なのだろうか?
否、そんなわけない。そんなはずがない。
否定する自分に肯定をし、走り去っていく人々の横顔を見つめていく。
皆怖がっている。__が、彼は、彼だけは笑っていた。
まるで、勝利を悟ったかのように。
でも、私は心配で仕方がなかった。
訳のわからない騒ぎによって、彼にどんなことが起きてしまうか。
私、彼に何にも恩返しができていない。
_____いかなきゃ。
右足を差し出して、左足を蹴る。
左足を差し出して、右足を蹴る。
そんな動作を繰り返し、私は彼の行方を追った。