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黒の元OLと黒の王族少年  作者: 鶯餡
第一章 ユーフォリア王国
1/5

異世界へ





それは、いつかの記憶。





「あはは!」


「ほんとあんたって使えるわ!」




痛い。辛い。苦しい。悲しい。泣きたい。叫びたい。怒りたい。許せない。殺したい。

そんな人間の負の感情がじわじわと沸き上がってくるのを感じる学生時代。




山田明莉。それが私の名前だ。

親は私が小学生の頃に離婚して、お母さんと暮らしていた。

虐待まではいってないけど、仲が良いわけでもない。

そんな泥まみれの人生を、いつも足掻いて生きてきた。



別に人間不信になったわけでもない。

疑心暗鬼になったわけでもない。


ただ、今までの人生が、私の重り。レッテル。

何もかもが上手くいかなかった。





そして私は、今、社畜としてこの場にいる。

フラフラと、おぼつかない足取りで、歩きたくもない道を歩く。

この感情を何て言えばいいのだろうか。


もう、あのときの負の感情さえもなくなってしまった。

否、私がなくしたのだ。


心に残るのは虚しさだけ。虚しさ以外に私の心を表せる言葉はない。そう確信していた。


しわしわになったOL服。

何度も何度も履いてボロボロになった靴。

何時間もパソコンの液晶画面を見ていた隈のついた目。

髪だってボサボサ。メイクも落ちている。

辺りは真っ暗で、どこを歩いているかよくわからない。 


街灯すら、見当たることもない。

立ち止まって、呟いてみる。


「なんで私って、生きてるんだろう___」









その刹那、世界は私を追い出したみたい。そう思ってしまうほど、生きてる実感がなくなった。

真っ白な、冷たい光が体を包み込む。

走馬灯みたいに、今までの記憶がよみがえる。





「明莉。元気でね__!」


かつては自分と仲良くしてくれた男の子。名前はもう覚えてない。明るくてかっこよくて、私をいつもかばってくれた。

小学生時代の、淡い初恋。



「明莉。私の孫が、お前でよかった」


かつては自分を可愛がってくれたお婆ちゃん。私が中学にはいる頃、ぱったりと亡くなってしまったのだ。

とても優しくて、元気なおばあちゃんだったのに。



「ワンッ!」


小さい頃。おばあちゃんが飼っていた犬のナツ。オスだけど、いつも私に尻尾を振ってくれて、よしよしと撫でてやると嬉しそうに目を細めてたっけ。もう、いなくなってしまったけど。




でも大丈夫。私はもう死ぬんだ。きっとそう。

誰にも干渉されず、誰にも悲しまれることもせず。

私は一生を終えよう。



(来世は、暖かい家族。暖かい友達。暖かい旦那さん。

そういうの、できたらいいな____)



それが、私の最期の願い。

神様が本当にいるのなら、叶えて欲しい。

自分の生まれ変わった人生が、幸せに過ごせるように___









「フフッ、君の願い、叶えてあげる」





何処からか、少し低めの声が耳を貫いた。

暖かい日差し。感触。


ここは天国だろうか。

(私の今までの人生は、天国行きだったんだな。

少し嬉しいや。)

口が無意識に綻ぶ。あぁ、私はきっと、安らかに眠れ___







「__て!__きて!起きて!」


「………………ん?」





微睡みから解放され、遅く目が開く。

(あれ、可笑しいな。

私、死んだはずだよね……?)


目の前には、黒いフードを被った見知らぬ男。

__いや、顔的に少年?


この位置。頭の下の柔らかい枕のような感触。

まさか、まさかね__?

そう思いながら、顔を捻らせて寝返りを打つように横を見る。




そこには眩しい光が入り込んでいて、道行く人でごった返している。

どうやら、ここは路地裏のようだ。


顔をあげて体を起こすと、私の下半身は冷たい感触に覆われる。

周りを見て、それを確信させた。




「あぁ、やっと起きた」



その少年的な声がする方向に、体を動かす。

そこには先程見た黒いフードを被った少年がいつの間にか立ち尽くしていた。

目元や体は黒いローブによって隠れているが、口元だけで白い肌を物語っていた。




「お姉さん、街中で倒れてたんだもん。ビックリしちゃった」


「__え、あ、ご、ごめんなさい!」


「あははっ、謝らなくていいよ。僕がしたくてしただけだし」



いい少年もいるんだな。そう実感した。

__だけど、



(ここは、どこだろう?__)


私は、暗い道を歩いていたはず。

上を見上げると、群青色の青い空と白い雲が世界を覆い隠している。


そうだ。私はあのとき、幸せになりたいって願ったんだ。

そして、なんか声が聞こえて___。



そう穿った見方をしていくうちに、私はハッと結論に至ってしまう。

もしかして、ここ、私の来世___?




いやいや、山田明莉、という意識があるじゃないか。

このOL服も、ボサボサの髪も、全て日本で生きていた山田明莉だ。

じゃああのとき、死んだんじゃないってこと?


何処かセカイシックな今の状況に、変な感じを覚える。




「お姉さん、なんか見慣れない服だし、違う国から来たの?」


「__え?あ、そ、そういう、ことに、なるのかな?よ、よくわからないんだけど__」



そんな私の言葉を濁らせたような回答に、少年は首を捻らせる。

確かに目の前の少年はローブで体を隠している。そんな格好、日本にはあまりないかもしれない。


だからその逆で、この国には私の服は珍しい……ってことだよね?




「__あぁ、あとね、」







「___街中でその髪は、やめた方がいいと思うな」




トントン、と頭に覆い被っている自分のフードに指を指し、私に告げる。

(その髪って、黒でボサボサの肩のちょいしたぐらいまである髪?)

そうキョトンとしながら、自分のあまり整えられていない髪を触る。


ボサボサなのがいけないのか、もしくはその髪型か。私にはよくわからなかった。




「もしかしてお姉さん、その黒髪のこと知らないの?」


「__え?黒髪?え、な、なんか法律とかあるの?」


「__いや、この国では黒髪は魔の象徴として蔑まれているから、気を付けた方がいいよってこと」



(魔の象徴……?)

聞き慣れない不思議な言葉に、またもや私は首をかしげる。

日本だと黒が当たり前って感じあったし、何で魔の象徴?




「まさかお姉さん、本当に何も知らないの?この国のこと」



「__う、うん」



「ふふっ、仕方ないなぁ。じゃあ僕が教えてあげる!」



「え、いいよそんなの!申し訳ないし__」




しかも、この髪色で嫌われてるのだとしたら、少年に申し訳ない。

でも、これから私はどうすればいいんだろう。


日本では、死んだ扱いとかになってるのかな?ううん。もしくは存在ごと消滅とか?

なら、この子についていって、決めた方がいいのかな?




「大丈夫大丈夫!はい、お揃いのローブ!」




少年が肩からかけていた茶色の少し古い鞄。

それを漁って取り出したものは少年と同じ黒いローブだった。


無地だし、地味だけどこんな自分のボロボロな姿を道行く人に見られるよりかはましか。

私は渋々受け取り、それに袖を通した。

なんか触り心地がさわさわしてて、OL服にはない感触。


(どういう素材で作ってるんだろう……)


そんなことを思っていると、ふと私の右手に何かが触れる。





「じゃあ早速いこうか」


少年は綻んだ口元でそう告げて、私の右手をぎゅっと握った。

何故だろう。自分より背も低い少年に少しドキッとしてしまった。

まぁきっと、それは私が男運がなかったからなんだろうけど。




少し早足で、光のさす方向へと歩いていく。

冷たい路地裏から、暖かい世界に、この少年は連れていってくれた。





その景色に、風景に、私は目を奪われる。


レンガの道。人間からそうでないものまでがごった返す街。

商店街のような、市のような店。

その近くには川が流れており、それに太陽がてらてらと光を送る。


そう、一言で言うならば“異世界”。もっと盛れば“理想郷(ユートピア)”とでもいえるような世界だった。




「あ、はぐれないようにちゃんと手を繋いでいてね」


「う、うん!」



私の右手を引っ張る少年に、素直についていく。

その間、この動いていく景色を堪能していた。




「フフッ、この世界でこの国は一番栄えてるのに、まるではじめて見たような目だね」


「うん!だってだって、こんなのおとぎ話ぐらいしか出てこないような国だから__」 


「あははっ、ちゃんと現実にあるじゃん」




何て、他愛ない会話を交わす。

そして目の前の少年は、言葉を発した。




「この国は“ユーフォリア”。人間から獣人まで、活気よく過ごしている国。この世界で一番栄えている国と言われているよ」


「へぇ__!」



なるほど。日本で言う東京みたいなものか。

周りを見渡してみても、皆笑ってる。


(こんな素敵な世界、見たことないよ……!)


私の心は、ワクワクとした。

心が胸踊るような感覚は、数年ぶりだ。




「あの大きな城があるでしょ?」


「あ、ほんとだ!」



少年が指すのは、遠く、天辺に聳え立っている城。

その真っ白なフォルムとまだ真新しい大きなに私はひどく興奮する。


クスッと笑った少年は言葉を続けた。




「あそこは、現国王、“バトリー・アッド・ユーフォリア”がいるところ。でも来年で引退するんだって」


「ばとり、あ、っど?」


「ふふっ、」




長い名前に困惑している私を見て、少年はクスッと笑う。

年下に笑われた__。という少しの悔しさがほんの混じる。

でも、こんなに優しい少年に笑われても全然嫌な思いはしない。


きっと、心の奥底で少年を信頼し始めているんだろう。




「__あ!この街はタルトっていってね。結構商業が盛んなんだ」



「すごいね、この国って……!」



「んふふっ、そうでしょ?僕はこの国が大好きなんだ」




鼻から下は見えない。

けど、なぜかこの少年は心から笑っているように見えたんだ。


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