第55話 犯人の特定
半月後。
眩しい朝日に照らされ、様々な種類の果物がたわわに実を付けている果樹園の一角で、3人の男が木々を眺めていた。
木々の上には鳥除け用に網が張られており、果樹園全体をすっぽりと覆っていた。
「ふむ。そうか、よくやってくれたな」
オレンジ色の丸い実をたくさん付けている木を見上げていた初老の男が、傍らにいる男に言う。
初老の男はトコロン家当主、ドルト・トコロンだ。
彼の隣には、ドルトの息子でありフィンの同級生だったドランも控えていた。
「いやはや、ちょろいもんでしたよ。警戒心の欠片もないような状態でして、いただいた毒を真夜中に村中の畑にぶち撒いてきてやりました」
「うむ。あの毒は強力だからな。ごく少量で広範囲の土をたった数時間で汚染し、あっという間に草木に致命的なダメージを与える。あの土地では、もう連中は作物を作れまい」
「しかし、これじゃあ旦那の家が関わっていることが丸わかりじゃないですか? あの村と事業が競合しているのは、旦那のとこだけですよね?」
「ああ、承知の上だ。我が家と事を構えるということがどういうことか分からせてやるつもりで、お前たちを使ったのだからな」
「そうですか。しかし、恐ろしいものをお持ちですな。こうなることを予見して、あの毒を用意しておいたので?」
男の言葉に、ドルトがつまらなそうに鼻を鳴らす。
「当たり前だ。何百年も果物の栽培を独占している我らが、種を盗み出される可能性を考えていないわけがないだろう。先祖代々、我らはその事態を想定して、今回使ったような毒の研究も続けているのだからな」
トコロン家で栽培している果物の種は、祝福で変異させなければ普通の種と変わりない。
つまり、万が一変異させた種が盗み出されてしまった場合、独占が崩れるという結果を簡単に招くのだ。
「ライサンダー家め、どうやったかは分からんが、よくも我らから種を盗み出してくれたな。自分たちがしでかした罪の対価を、存分に味わうがいいわ」
ドルトは、エンゲリウムホイスト村で行われているアプリスの栽培成功を聞いて、自分たちのところから種子が盗み出されたのだと考えていた。
そうでなければ、たった半年足らずでアプリスの栽培に成功し、市場に卸すことなどできるはずがない。
すでにエンゲリウムホイスト村から市場にアプリスが出荷されてしまったとのことなので、それらを買った者たちが種を採取して栽培すれば、何年も経たないうちに市場に広く流通し始めるだろう。
今まで栽培を独占していたトコロン家にとっては、大きな痛手だ。
「これで連中も我が家の怒りが分かっただろう。あと10年はあの土地で作物を栽培することは不可能だ。もうあの村は立ち直れまい」
「まったく、えげつないことを考えるものですねぇ……。まあ、連中の自業自得とも言えますがね」
「当たり前だ。中堅貴族ごときが大貴族である我が家に立て付きおって。まったく、忌々しい」
吐き捨てるようにドルトが言う。
もし、今後ライサンダー家が他の場所で果物を栽培するようなことがあれば、今度は今回とは比較にならないほどの広範囲に毒物を撒くつもりだった。
それほどまでに、ドルトは市場に侵食してきたライサンダー家に激怒しているのである。
村ではアプリスを品種改良したという話を伝え聞いてはいるが、たった半年でそんな真似ができるはずがないと彼は考えていた。
作物の改良はそれこそ何十年とかかるものであり、どれだけ困難なのかは身をもって知っている。
彼はA+に強化された祝福の力を目の当たりにしていないので、そう思い込んでいるのだ。
「他人の祝福をA+に強化できる強力な祝福が備わっておきながら、盗みを働いてまで他家の領分に手を出すとは、強欲にも程がある。証拠さえ掴めれば、すぐにでも裁判に引きずり出してやるものを!」
「まあ、人の欲望ってのは際限がないものです。種を盗まれたのは旦那の油断ですし、これでおあいこですな」
「おあいこなものか。こちらは未来永劫、アプリス独占による利益を失ったのだぞ。殺されなかっただけでも感謝して欲しいものだな」
ドルトがずっしりとした布袋を懐から出し、男に手渡す。
男は袋を開けると、中に入っている銀貨を見てにんまりした。
「確かに。また何かあれば、お声がけください」
「ああ。これからも、よろしく頼むぞ」
ドルトが息子のドランに目を向ける。
「ドラン、今回の件をよく覚えておけ。我が家に敵対する者には容赦はいらん。自己の利益を守ることを第一に考えるのだぞ」
「はい、父上!」
ドランがしっかりと頷く。
――そんな彼らの様子を、網を掛けている柱に留まっている数羽のカラスたちがじっと見つめていた。
* * *
その日の夕方。
エンゲリウムホイスト村の果樹園では、汗だくのフィンたちが一息ついていた。
先ほど、ようやく果樹園に新たなアプリスの苗を植え終えたところだ。
「はあ、やっと終わった……疲れた」
タオルで額の汗を拭きながら、フィンがため息をつく。
毒に侵された果樹は枯れかけてはいたが根は生きていたので、ロッサの友人の『垂直移動』の祝福では持ち上げることができなかった。
そのため、わざわざ土を掘り返して根を引っこ抜く必要があり、それらはすべて人力で行わなければならなかったのだ。
その作業に何日も費やし、そのうえ毒に侵された土も何とかしなければならなかった。
スノウを中心に皆であれこれと畑の土を調べた結果、土自体に有毒な何かが散布されていることが判明したからだ。
「レイニー様、本当に助かりました。レイニー様がいなかったら、今頃どうなっていたことか」
フィンが傍らにいるレイニーに頭を下げる。
彼女も一緒に苗を植えるのを手伝ってくれていて、体中泥まみれだ。
「いえいえ、お役に立ててよかったです」
レイニーがフィンににこりと微笑む。
このまま新たな作物を植えてもすぐに枯れてしまうと分かり、どうしたものかと皆で頭を抱えていた折。
エヴァが「私の母の祝福と、レイニー様の祝福を使ってみたらどうでしょうか」と提案した。
レイニーの祝福で村のすべての畑に大雨を降らせ、地下にまで水が浸透するくらいにぐちゃぐちゃになったところでエヴァの母親の祝福『水の浄化』で泥水をまるごと浄化してしまえば、毒を打ち消すことができるのではという考えだ。
早速、彼女の母親を村に呼び寄せてその計画を実行したところ、見事に村中の土を無毒化することに成功したのだ。
「それに、エヴァさんのお母様の祝福があってこそですよ。あの祝福がなかったら、今頃どうなっていたことか」
「ですね。でも、エヴァさんの祝福を使った時はびっくりしましたね……」
彼女の母親が無毒化を行っている折、エヴァの祝福『水質改善』も試しに使ってみたところ、泥水内の泥が消滅するというとんでもない事態が発生した。
一緒に毒も打ち消すことはできていたようなのだが、これでは毒を打ち消すたびに土が減ってしまうということで、土の無毒化は彼女の母親にお願いすることになっていた。
「ふふ、そうですね。あとは、同じような被害が出ないように、村の警備を徹底しないと」
「はい。もう二度とあんなことはごめんです」
「ですね。スノウさん、あんなにやつれてしまって……心配です」
レイニーがスノウに目を向ける。
泥まみれで近場のベンチに腰かけているスノウにロッサとエヴァが寄り添い、何やら話している様子だ。
あれからスノウはずっと気落ちしている様子で、明らかに元気がなくなっていた。
ロッサとエヴァはそんな彼女を心配して、四六時中傍にいて気遣っている。
最近ではそのかいもあってか、少しずつ笑顔を見せるようになっていた。
その時、バサバサと羽音を響かせて一羽のカラスが舞い降りてきた。
そして、2人から少し離れた場所にいたラーナの肩にふわりと留まる。
「おお、戻ってきたか」
ラーナの肩に留まったカラスが、カアカアと鳴く。
「ラーナさん! カラスはなんて言ってるんです!?」
その様子に気付いたメリルが、ラーナに駆け寄る。
スノウ、エヴァ、ロッサも、小走りで彼女の下へと駆け寄った。
「……どうやら、メリル殿の考えていた通りのようだ」
ラーナが神妙な顔で、カラスから聞いた内容を説明する。
例の商人がトコロン家を訪れ、そこの当主と思われる者と何やら話していたこと。
報酬と思われる銀貨を当主から受け取っていたこと。
そして驚くことに『アプリス』や『毒』という単語が出ていたことをカラスはラーナに伝えていた。
難しい言葉は分からないが、ちょっとした単語は彼らは理解できるらしい。
「あいつら、やっぱり……!」
メリルがぎりっと歯を食いしばり、怒りに顔を歪める。
「許せない! 絶対に裁きにかけてやらないと!」
「うん。そのためにも、証拠を押さえないと……ん?」
「フィン様」
フィンが背後の気配を察知して振り向きかけると、声をかけられた。
「あ、ミレイユさん」
「ちっ」
「……今、舌打ちしました?」
「気のせいです」
ミレイユが真顔で答える。
絶対に脅かそうとしてただろ、とフィンは思ったが、口には出さない。
「これで犯人は確定しました。あとは、罠を張って彼らが引っかかるのを待つことにしましょう」
「ですね。でも……」
フィンがちらりとスノウに目を向ける。
彼らに仕掛ける罠について、フィンたちはすでにミレイユから説明を受けていた。
かなり大掛かりな方法であり、かつスノウの心情的に心配な部分があるのだが――。
「フィン様、やりましょう!」
スノウが力強く言い切る。
「彼らを許すことはできません。絶対に証拠を突き付けて、花や木々の……あの子たちの仇を取るんです!」
その様子を遠巻きに見ていたウィーロット兄妹に、スノウが目を向ける。
「アンジェリカさん!」
「は、はい!」
不安げな顔で話を聞いていたアンジェリカが、びくっとして背筋を伸ばす。
「お願いします! 何としても、トコロン家の悪事の証拠を押さえてください!」
「わ、分かりましたっ!」
スノウの烈火のような怒りに押され、アンジェリカは即座に頷いた。




