第49話 メリルの大サービス
それから7日後。
フィンはメリル、エヴァとともに村の傍にある池へとやってきていた。
池のすぐ隣には、全周をモルタルで作られた大きな溜め池が3つ出来上がっている。
そのうちの2つは底が浅く作られていて、深さは大人の膝くらいしかない。
それらには水が張られており、川から分岐させた細い水路からさらさらと水が流れ込んでいる。
溜め池の下流側にも水路が作られており、川から繋がる大きな池へと排水されて、常に新鮮な水に入れ替わる仕組みになっていた。
「魚たち、問題なさそうだね」
囲いの中をすいすいと泳いでいる魚の姿に、フィンが満足そうに言う。
池で漁をしても魚が捕れる量は日によってまちまちなので、こうして溜め池で魚を泳がせているのだ。
魚の他にも、ナマズやカニもいくらか見られた。
「うん。これなら、来客が来てもすぐに料理に使えるよ。あと、魚の掴み取り体験もやるんでしょ?」
「ふふ、きっと街の子供たち、おおはしゃぎしますね。生きてる魚を手で捕まえるなんて、やったことないでしょうし」
メリルとエヴァが魚を眺めながら言う。
将来的に、この村は物流拠点としてだけでなく、一大観光地として栄えさせる予定だ。
来た人たちを飽きさせないよう、そしてまた来たいと思ってもらえるよう、いろいろと楽しめる施設を考えなければならない。
「でも、こんなに早くお客さんが大勢来ることになるなんて思わなかったわね」
「そうだね。もう国中で話題になってきてるみたいだし、今のうちにどんなものか見ておこうってあちこちの領主は考えてるみたい」
つい先日、オーランドから伝書鳩で手紙が届き『各地の領主が、家族を連れてエンゲリウムホイスト村を見学したいと申し出ている』と書かれていた。
フィンたちにとってもまたとない機会なので、ぜひ来てくれと返事の手紙を書いて鳩を送り返したのだ。
「村の子供たちにって思って、プールも作っておいてよかったよ。お客さんのなかには子供連れもいると思うし、きっと楽しんでもらえると思う」
「プール、私も楽しみです! 泳ぐのなんて、子供の頃に川で何度かやったきりですし。ああ、楽しみだなぁ」
まだ乾燥途中のモルタルプールを眺め、エヴァが明るい声で言う。
3つある溜め池のうち、2つは魚の保存用兼掴み取り用だが、残りの1つはプールとして作っていた。
深さは150センチほどから80センチほどまでと、中央で段差を作って分けられている。
運用する段階になったら、境目の部分に浮きを付けたロープを渡す予定だ。
この世界にはプールは存在しておらず、フィンが「こういうものがある」と発案して作ることになった。
普通、水遊びといえば川に入って泳ぐしかないので、フィンの話を聞いた皆は「それは面白そうだ!」と大賛成してくれた。
「あと2、3日で乾燥は終わりますから、そしたらもう使えますよ。お試しも兼ねて、子供たちを誘って水遊びをしましょうか」
「はい! 今のうちに、水遊び用のお洋服を用意しておかなきゃですね!」
エヴァが楽しみで仕方がない、といった様子で頷く。
「肩が出てる夏服だったら大丈夫かな? 私、泳いだことがないんだけど、長袖じゃさすがに邪魔だもんね」
「あ、でも、長袖じゃないと日焼けしちゃうと思いますよ? 水って、お日様の光の照り返しがすごいですし」
「んー、そっか。でも、長袖だと水を吸って邪魔になると思うんだけどなぁ」
エヴァとメリルが、水遊び用の服についてあれこれ話す。
この世界にはプールが存在していないので、水着という概念も存在していないのだ。
川で泳ぐ際は下着姿か、薄手の服を着るのが普通だ。
「あ、あのさ」
そんな2人に、フィンがおずおずと言い出す。
「僕の前世の世界だと、水遊びをするときは『水着』っていう専用の服に着替えて遊ぶのが一般的だったんだ。メリルたちも、そういうのを作ってみたらどうかな?」
「水着? どういう服なの?」
「えっとね、男の人は、海パンっていう膝上の丈の薄手のズボン一丁が普通かな。女の人は――」
フィンが小石を広い、地面に女性用水着の例(※ビキニタイプ)を描く。
「バ、バカじゃないの!? なんでそんな下着みたいなのを着て人前に出ないといけないわけ!?」
フィンが地面に描いた水着を見て、メリルが顔を赤くする。
「すごく大胆な服装ですね……。でも、泳ぎやすそうです」
エヴァは感心半分、戸惑い半分といった様子だ。
「い、いや! 僕の前世じゃこれが普通だったんだって! 可愛い柄のものとかたくさんあったし、こう、スタイルを隠すようなタイプの水着もあったしさ!」
フィンが慌てて、パレオタイプやワンピースタイプの水着を地面に描く。
「……まあ、これならさっきよりはマシだけど」
「あ、分かりました! フィン様、メリル様の水着姿が見たいんでしょう?」
エヴァがにやりと笑みを浮かべて、フィンを見る。
メリルはそれを聞き、一瞬きょとんとした顔になった後、再び顔を赤くした。
「な、何を考えてんのよ、このスケベ! 煩悩魔人!」
「うひっ!? だ、だって、せっかくだし、見てみたいなって思って!」
「……え、本当に見たいの? 私の水着姿が?」
予想外に素直な返答をするフィンに、メリルが怒るのをやめて尋ねる。
「見たいんですよねー? フィン様?」
「み、見たいです」
「……うー」
びくびくと怯えながらも頷くフィンに、メリルが赤面しながら唸る。
そしてたっぷり数十秒考えた後、小さな声で「……分かった」とつぶやいた。
* * *
それから3日後。
フィンたちは村の子供たちを連れて、完成したばかりのプールにやってきていた。
学校の授業の一環として来ているため、この場にいる大人はフィンをはじめとした教師陣、そしてレイニーとラーナだけだ。
レイニーはプールの話を聞いて「私も泳ぎたいです!」と即座に申し出た。
女性陣は皆、身体をすっぽりと隠すタオルポンチョを羽織っている。
ラーナだけは、いつもどおりの鎧姿だ。
レイニーの護衛をしないといけないということで、彼女は泳ぐつもりはないらしい。
子供たちはすでに水着姿で、わいわいと騒ぎながらプールの前で騒いでいた。
「じゃあ皆。水に入る前に準備体操をしよう。整列!」
海パン姿のフィンが子供たちに指示し、プールの前で整列させる。
「なるほど、泳ぐ前に体操が必要なんですね!」
レイニーがタオルポンチョをばさっと脱ぎ、水着姿があらわになる。
胸部分は首からふんわりとした布地に覆われているもので、下半身はぴっちりとしたズボンの上からパレオが巻いてあるものだ。
レイニーは上下ビキニの方が可愛いと言って希望したのだが、ラーナが断固として反対したためにこのような水着になった。
王族として、そう簡単に人前で素肌をさらすべきではないというラーナの主張を押し通された形だ。
これだけは譲れないとレイニーが駄々をこねて、へそ出しだけは辛うじて許可された。
「水に入るなんて、子供の時に川遊びをして以来ね。なんだか緊張するわ」
フィブリナがタオルポンチョを脱ぐ。
フィブリナの水着はビキニで、胸を覆う部分は少し布地が多めに作られているものだ。
彼女は少々肢体が豊満なので、何かあってはいけないということでこういう作りにしたらしい。
「サウナに入ってる時もいつも思ってたけど、フィブリナさん、すごいプロポーションだよね……」
「そうね……。いったい何を食べて育ったら、ああいうふうになれるのかしらね……」
水着姿になったエヴァとスノウが、フィブリナの姿に圧倒された様子で言う。
2人ともレイニーと同じような水着で、下半身もしっかりとパレオで覆っている。
それぞれの水着には水玉と花びらの柄が入れてあり、とても可愛らしくお洒落なデザインだ。
「メリル、脱がないの?」
「うー……」
フィブリナに急かされたメリルが、フィンをチラ見して顔を赤くする。
「やっぱり、私もエヴァさんたちみたいなのにすればよかった……」
「あらあら。でも、もう着ちゃってるんだし、今さら手遅れよ。ほら、脱いで脱いで!」
「わわっ!? ちょ、ちょっと姉さん、引っ張らないでよ!」
半ばフィブリナに引きはがされるようにして、メリルがタオルポンチョを脱ぐ。
ビキニ姿の肢体があらわになり、メリルが慌てて両手で体を隠す。
「ちょっと、なんで隠すのよ。せっかく一生懸命作ったんだから、隠す必要なんてないでしょ?」
「だって、これ下着みたいなものじゃない……。どうして姉さんは平気なのよ……」
メリルが顔を真っ赤にして、フィンをちらりと見る。
「な、なによ?」
「か、可愛いよ! メリル、すごく可愛い!」
「……うう、恥ずかしくて死にそう」
フィンに褒められ、メリルの顔が茹でダコのように真っ赤に染まる。
「あわわ、メリル様、お顔が真っ赤ですよ? 大丈夫ですか?」
ハミュンが心配そうにメリルに声をかける。
ハミュンは他の女子児童たちと同じ、ハーフパンツにぴちっとした袖なしのシャツ姿だ。
「……大丈夫に見える?」
「み、見えないです」
「はーい、じゃあ皆、準備体操を始めますよー!」
半泣きになっているメリルを放置して、フィブリナが子供たちに声をかける。
子供たちは元気に返事をし、フィブリナをお手本にして準備体操を始めた。
「メリル様、準備体操しないと」
「そうだね……。フィン、あんたは後ろ向いてなさい」
「は、はい」
なぜか1人だけフィンは後ろを向かせられ、フィブリナの掛け声に合わせて準備体操を行う。
しばらくしてそれも終わり、いよいよプールに入ることになった。
「あっ、こら! 掛け水をしてから入らないとダメって言ったでしょ! ああもう!」
一斉に水に飛び込む子供たちをフィブリナが叱る。
子供たちはそんなのはお構いなしで、大騒ぎしながらバシャバシャと泳ぎ始めた。
「フィン様、いつまで後ろ向いてるんですか? 入りましょうよ!」
水に飛び込んだハミュンが、ぴょんぴょんとジャンプしながらフィンを呼ぶ。
「あ、うん。もう振り返っていいの?」
「後ろ向きのままじゃプールに入れないですよ!」
それもそうだ、とフィンが振り返る。
すると、すぐ目の前にメリルが立っていた。
もう腕で体を隠してはいないが、顔は赤いままだ。
よほど恥ずかしいのか、目線はフィンから逸らしている。
「……私、泳いだことないから泳ぎ方を教えてくれる?」
「もちろん!」
フィンがぱっと表情を輝かせ、弾んだ声で返事をする。
メリルはちらりと笑顔のフィンを見て、再び恥ずかしそうに目線を逸らすのだった。




