第41話 ウィーロット兄妹
フィンとオーランドが村に戻って来ると、学校の傍にいる黒髪の若い男と少女の姿を見つけた。
メリルとフィブリナ、そしてミレイユと何か話している様子だ。
以前、ライサンダー家の屋敷で少しだけ目にした、ウィーロット兄妹だ。
兄の名はジーク、妹の名前はアンジェリカだとオーランドから聞いている。
2人とも大きなリュックを背負っていて、ミレイユと丁寧な握手を交わしている。
「あっ、フィン!」
メリルがフィンに気づき、大きく手を振る。
ウィーロット兄妹がフィンたちに振り向き、深々と頭を下げた。
フィンとオーランドは、小走りで彼らの下へと向かう。
「ウィーロットさん、よく来てくれましたね! こんなに早く来てくれるなんて思わなかったですよ」
フィンが笑顔で言うと、ジークは晴れ晴れとした笑顔で頷いた。
「はい! 移住を許可いただいてから、大急ぎで準備して出てきました。本当はもっと早く来たかったのですが、勤め先を退職するのに手間取ってしまって」
「そうだったんですね……って、アンジェリカさんは貴族学校に通ってる年齢じゃないですか? 学校はどうしたんです?」
見たところ、アンジェリカは十代半ばといった年齢に見える。
貴族学校を卒業する年齢は十八歳なので、この場にいるのはおかしな話だ。
「学長に直談判して、休学措置を取らせてもらいました」
「えっ、休学? よく許可が下りましたね?」
「フィン様のお名前を出したら、学長が王家に確認を取ってくれたんです。そうしたら、すぐに許可が出ましたよ」
「ああ、なるほど……そういうことですか」
「はい。ですので、ご心配は無用です! 私たち兄妹の祝福をぜひ活用してください! ほら、アンジェリカも挨拶しろ」
ジークに促され、アンジェリカが緊張した様子でフィンを見上げる。
肩にかかるほどの艶やかな黒髪が、さらりと揺れた。
「え、えっと、アンジェリカ・ウィーロットと申します。祝福は『風景転写(D)』です。よろしくお願いいたします!」
「こちらこそ、よろしくお願いしますね」
ぺこりと頭を下げるアンジェリカに、フィンがにこりと微笑む。
「アンジェリカさんの祝福って、風景を紙にとか板に映し出すことができるんですっけ?」
あらかじめオーランドから聞いていたアンジェリカの祝福の効果をフィンが尋ねると、彼女はすぐに頷いた。
「はい! ただ、今の私の祝福だと、ぼんやりした転写しかできなくて……」
「ねえねえ、どういうふうになるのかすごく気になるんだけど、やってみてくれない?」
黙ってやりとりと聞いていたメリルが、わくわくした顔でアンジェリカに言う。
「あ、はい。紙か板切れがあればできますが」
「んーと……あ、これとかどうかな?」
メリルがポケットから柄付きのハンカチを取り出し、両手でつまんで開く。
「柄付きだけど、転写できたりする?」
「はい。上に重なるような転写になってしまいますが、それでもよければ」
「それでもいいから、やってみて!」
「はい。風景はどこのものにしますか?」
そう言われ、メリルがあちこちを見渡す。
んー、と数秒考え、思いついた様子でフィンの隣に並んだ。
「私とフィンのツーショットを転写してみて!」
「わかりました。兄さん、ハンカチをお願い」
ジークにハンカチを持たせ、アンジェリカがフィンとメリルを見つめて目を細める。
ぼんやりと彼女の瞳が薄っすらとオレンジ色に輝いた。
「おお、目が光った」
「目だけが光る祝福なんて、珍しいわね」
フィンとメリルがそう言う間に、アンジェリカは黙ってハンカチに目を向けた。
すると、ハンカチの表面に浮き上がるようにして、じわりと絵が映し出された。
撮影した写真に強くボカシをかけたような、ぼんやりとした絵がハンカチにカラーで描かれている。
あまりにもボカシが強すぎて、何が描かれているのかさっぱり分からない状態だ。
「「おー」」
あっという間に出来上がったボカシ絵に、フィンとメリルが声を上げる。
「色まで転写できるのね……。これ、別の用途にも使えそうね」
「うむ。使い方によっては、染め物にも使えるな。これは便利な祝福だ」
フィブリナとオーランドが言うと、アンジェリカは申し訳なさそうな顔になった。
「いえ、この祝福で転写したものは、大きく欠損すると転写自体が消え失せてしまうんです。なので、使い道がなくて……」
「そう……。それは残念ね」
「となると、用途は風景画や人物画のみか。といっても、このぼやけ具合では、確かに使い道がなさそうだな」
「はい。なので、フィン様の祝福で強化していただければ、きっと目で見た風景がそのまま転写できるんじゃないかって、兄さんが言っていて」
アンジェリカがジークを見る。
「はい! きっとすごい祝福になると思うんです! フィン様、ぜひアンジェリカの祝福を強化してみてください!」
「ですね。やってみましょうか」
フィンがアンジェリカの頭に手をかざす。
一瞬、アンジェリカの体が青白く輝いた。
「はい、できました」
「えっ、もうですか?」
「ええ。試しに、もう一度祝福を使ってみてください」
アンジェリカは頷くと、再びフィンとメリルをじっと見つめて目を細めた。
アンジェリカの瞳が黄金色に強く輝く。
「わあ、綺麗!」
「金色に目が輝くなんて、なんだか格好いいね」
今までもそうだったが、祝福を強化すると発動する時の輝きが皆強くなるようだ。
暗闇の中でアンジェリカの祝福を見たらちょっと怖いだろうな、とフィンは内心独り言ちる。
「ええと、今度は何に転写すればいいでしょうか?」
「フィン、ハンカチ持ってる?」
「うん、あるよ」
フィンがポケットから真っ白なハンカチを取り出して広げる。
「ありがとうございます。では、いきます」
アンジェリカがハンカチに目を向ける。
すると、先ほどのようにハンカチの表面に浮かび上がるようにして、村を背景にしたフィンとメリルの姿が映し出された。
まるでフィンの前世のカメラで撮ったかのように、はっきりと色鮮やかに描かれている。
「わっ! す、すごい!!」
あまりにもはっきりと描かれたそれに、メリルが驚いて目を見開く。
オーランドたちも、「おお!」と声を上げていた。
「やった! やっぱり、俺の思ったとおりでした! これなら、必ずフィン様のお役に立てますね!」
ジークが満足げな表情でフィンに言う。
「ええ。これはすごい祝福ですよ! これなら、村の様子を転写したチラシを国中に配れます。すごい宣伝になりますね!」
オーランドから祝福のウィーロット兄妹の詳細を聞かされた時点で、フィンは彼らの祝福を宣伝チラシに使うことは思いついていた。
アンジェリカの祝福は、今行ったとおり風景転写。
そして、ジークの祝福は――。
「ジークさん、今度はあなたの祝福『印字転写』を見せてもらえますか?」
「わかりました。ただ、俺の祝福はアンジェリカの劣化版みたいなものなんで、あんまり期待はしないでくださいね」
「まあ、やってみないと分からないですよ。兄さん、ハンカチはありますか?」
「ああ、使ってくれ」
オーランドがポケットから薄水色のハンカチを取り出して広げる。
「それじゃ、強化しますね」
フィンがジークに手をかざすと、彼の体が青白く光り輝いた。
「できました。祝福を使ってみてください」
「はい! ええと……それじゃあ、今アンジェリカが転写したもので試してみますね。メリル様、こちらに向けてください」
「え? あ、うん。えへへ」
自分たちのツーショットが映っているハンカチを見つめてニヤついていたメリルが、ジークにハンカチを向けた。
ジークがそれを、じっと見つめる。
先ほどのアンジェリカと同じように、その瞳が黄金色に光り輝いた。
そして、オーランドが持っているハンカチに目を向ける。
すると、そのハンカチにメリルが持っているハンカチとまったく同じ絵が転写された。
「おお、できた。まるっきり同じに……あれ?」
転写されたハンカチを見て、フィンが小首を傾げる。
「ジークさんの祝福でやると、元のハンカチの色が上書きされるんですね」
ジークの祝福は『印字転写(D)』だ。
本などに書かれている文字や絵を、別のものに転写する祝福である。
フィンの祝福によって強化される前は、文字を転写すればグズグズに崩れた意味不明な記号に、絵を転写すればまるで子供の落書きのようなめちゃくちゃなものになってしまっていた。
「ええ。俺の祝福は、文字や絵をそのまま転写するものなので、アンジェリカの祝福のほうが便利ですよ」
「兄さん、それは違うよ」
ジークが言うと、アンジェリカが口を挟んだ。
「私の祝福は見た風景が全部転写されちゃうけど、兄さんの祝福はそうじゃないでしょ? 今みたいに、ハンカチに描かれたものだけを転写できるんだから」
「あ、そっか」
ぽん、とフィンが手を打つ。
「風景を転写するのは確かに便利だけど、作ったチラシと同じものをたくさん作るのには、アンジェリカさんの祝福は使えないのか」
「ジークさんの祝福は、量産向けってわけね。これからやろうとしている宣伝事業に、もってこいじゃない!」
「同じ本を何冊も作るのにも使えるわね。かなり便利な祝福だと思うわ」
フィンに続いてメリルとフィブリナが言うと、アンジェリカがジークに微笑んだ。
「兄さん、よかったね。私たち、役に立てそうだよ」
「ああ……! これでようやく、いっぱしの貴族として生きていくことができそうだよ」
心底ほっとした、といった様子で言うジーク。
彼らの祝福は、いろいろとある祝福の中でも特に『役立たず』と周囲に見られており、貴族学校ではことあるごとにバカにされていたのだ。
彼らの両親も似たような祝福であり、彼らはいわゆる底辺貴族の中でも最底辺に分類される家系だった。
当然ながら仕事に祝福を用いることなどできないので、仕事も平民たちと肩を並べて、ごく普通の生活を営んでいた。
ちなみに、実家では両親が小さな定食屋を営んでいる。
「あのさ、せっかくだし、村の皆で記念に1枚、アンジェリカさんに転写してもらわない?」
「あ、それいいかも!」
「そうね。いい記念になりそう」
フィンの提案に、メリルとフィブリナが賛同する。
「じゃあ、皆を呼んでこないとだ。兄さん、レイニー様たちをお願いします。僕はスノウさんたちを呼びに行ってくるから」
「私は畑のほうに行ってくる!」
「じゃあ、私は森で伐採してる人たちを呼んでくるわね」
こうして急遽、村の皆で記念撮影を行うことになったのだった。
* * *
数十分後。
村の入口に、エンゲリウムホイスト村のすべての住民が集まっていた。
レイニーとフィンを真ん中に据えて、他の者たちがずらりと後ろと両脇に並んでいる。
最前列中央部にいるピコを抱いたハミュンの前には、村の猫たちも勢ぞろいしていた。
猫も含めてかなりの大人数だが、アンジェリカの視界に入りさえすれば全員が1枚の絵に収まるので問題ない。
アンジェリカが皆の前に立ち、その隣には大きな画用紙を手にしたジークも一緒にいる。
「あ。そういえば、これじゃアンジェリカさんが一緒に映れないね」
ふと気づいて、メリルがフィンに言う。
「うん。だから、後で鏡を見ながらアンジェリカさんに自分の姿を転写してもらって、別個で記念に転写してもらおうと思って」
「なるほど、確かに鏡なら、アンジェリカさんも自分の姿を撮れるね! 目が金色に光ってる状態になっちゃうけど」
「あはは、そうだね。まあ、そこは後で目だけ上手く絵の具で修正してもいいしさ」
「皆さん、よろしいですかー? 少しの間だけ、こちらを向いていてくださいねー!」
アンジェリカの呼びかけで、皆が口を閉ざして彼女に目を向ける。
アンジェリカはじっと皆を見つめ、その瞳が黄金色に光り輝いた。
すぐにジークが持っている画用紙に目を向け、今見た映像を転写する。
「できました!」
「やった! 見せて見せて!」
メリルが我先にと、アンジェリカたちに駆け寄る。
皆も、わっとその後を追った。
「おおー! すごくいいじゃない!」
「本当。これは記念になるわね」
画用紙を覗き込み、メリルとフィブリナが嬉しそうに微笑む。
「おお、本当だ!」
「わあっ、すごいですねー!」
画用紙を見たフィンとレイニーが、その出来栄えに感嘆の声を上げた。
「今まさに発展していってます!」といった状態の村を背景に、明るい表情の皆が勢ぞろいしている。
高感度カメラで撮った写真のような、素晴らしい出来栄えだ。
「ねえ、フィン。せっかくだし、村の人たち全員も個別でも転写してもらわない?」
「あ、それいいね。1人ずつだと大変だから、家族単位で転写してもらおうか」
「フィン様、私、フィン様とも一緒に転写してもらいたいです!」
はい! とハミュンがピコを抱きかかえたまま、元気に手を上げる。
「あら、それなら私もフィンと一緒に転写してもらおうかしら。メリルだけずるいなーって思ってたところだし」
「フィン様、私もよろしいでしょうか?」
「は、はい。じゃあ、順番で」
ハミュンに続いて自分もと言い出したフィブリナとレイニーに、フィンが頷く。
その後夕暮れ時になるまで、記念撮影会は続いたのだった。




