第4話 祝福の強化
メリルがぽかんとした顔で、フィンを見る。
皆も困惑顔だ。
「この世界に生まれる前? どういうこと?」
「僕はたぶん、別の世界の人間の生まれ変わりなんだ。赤ん坊の頃から意識ははっきりしてて、前の人生の記憶が残ってた」
「フィン……頭を打ったせいで、おかしくなっちゃったの?」
メリルが心配そうに、フィンの頭を撫でる。
「違うって。本当に、前の人生の記憶があるんだよ。ほら、僕って小さい頃は『神童』って呼ばれてただろ?」
「う、うん。私はあんまり覚えてないけど……」
メリルがフィブリナを見る。
フィブリナは神妙な顔で、フィンを見ていた。
「……ええ。フィンは3歳くらいの時には、まるで大人みたいにしっかりしていたわ。7歳だった私が、勉強を教えてもらうくらいにね」
「そういえば、そんなこともあったね。一緒によく、算術を勉強したっけ」
それで、とフィンが続ける。
「赤ん坊っていうか、幼い頃の脳ってすごくてさ。何でもすぐに覚えられちゃうんだよ。だから、今のうちにって思って、がむしゃらになってこの世界のことを勉強してたんだ。ちやほやされるのも嬉しかったし、何をするのも楽しくてさ」
「……本当に、思い出したのね。子供の頃のこと」
真剣な目を向けてくるフィブリナに、フィンが頷く。
「うん、全部思い出したよ。それに、今までの記憶もちゃんと残ってる。今までずっと、僕のことを守ってくれてありがとう。これからは、僕が2人を守るよ。何があっても、絶対に」
フィンが、いまだにしがみついているメリルに目を向ける。
「もう、今までの情けない僕じゃない。今まで僕のせいで辛い思いをさせて、本当にごめん」
「そんな、あなたのせいなんかじゃ……」
「フィン、もしかしたら、戻ったのは記憶だけじゃないかもしれないわ」
フィブリナの言葉に、フィンとメリルが彼女を見る。
「え? どういうこと?」
「あなたの大怪我が一瞬で治ったのは、きっとあなたに祝福が宿ったおかげよ。私の力じゃ、あんなふうには絶対に治せないもの」
「じゃ、じゃあじゃあ! フィン様にも怪我を治す祝福が発現したってことですか!? それも、フィブリナ様以上の強力なやつが!」
ハミュンの声に、おお、と周囲の人々からどよめきが起こる。
瀕死の傷も一瞬で治せるほどの強力な祝福がフィンに備わったなら、それは途方もない大事件だ。
それほど強力な治癒の祝福を持っている者など、この国には1人もいない。
まず間違いなく、王家から登用の声がかかるだろう。
「ええ、そうだと思うわ。……よかった、本当に」
フィブリナが心底嬉しそうに、安堵した表情でつぶやく。
その目尻には涙が光っている。
フィンは自分の手を見た。
「そっか、僕にも祝福が……メリル、短剣を貸してくれない?」
「え? 何に使うの?」
「まあまあ、いいから貸してよ」
メリルが腰から護身用の短剣を抜き、フィンに渡す。
フィンはそれで、自分の左の手のひらに小さな傷をつけた。
じわりと、真っ赤な血が傷口から滲み出す。
「ちょ、ちょっと!」
「いいから、いいから」
フィンは傷口を見つめ、治れ、と念じた。
皆が固唾を飲んで、それを見つめる。
「……あれ?」
「どうしたの?」
「いや……傷が治らないんだ。フィブリナ姉さん、念じるだけでいいんだよね?」
「え、ええ。でも私の場合は、力を使うときは手をかざしているわ。そのほうが集中しやすいから」
「あ、なるほど。手をかざすのか」
フィンが短剣をメリルに返し、右手を傷口にかざす。
治れ、と念じてみるが、何も起こる気配がない。
「……あれ? おかしいな。治らないや」
「まだ使いかたに慣れてないからじゃない? 念じ方が甘いのよ、きっと」
「うーん、そうなのかな……」
「……フィン、手を出して」
フィブリナに言われ、フィンが左手を差し出す。
彼女はそこに、自らの手をかざした。
その途端、傷口が光り輝き、すさまじい勢いで傷が塞がった。
その間、僅か1秒ほど。
「えっ!?」
メリルが驚きに目を見開く。
フィンは傷の消えた自らの手を数秒見つめ、フィブリナを見た。
2人とも、互いの目を見て考えが一致していることを理解し、頷いた。
「「祝福が強化されている」」
「……強化? フィブリナ姉さんの祝福が強くなったってこと?」
怪訝そうな顔で、メリルが言う。
「ええ。でも、備わっている祝福が急に強くなるなんて話は聞いたことがないわ。これはきっと、フィンの祝福の力だと思う」
「えっ、それって……」
「おそらくだけど……フィンの祝福は、他人の祝福を強化する力なのよ」
「祝福を強化する力? そんなもの、聞いたことがないけど……」
「フィン、教会に行きましょう。水鏡を覗けば、はっきりするわ」
「あ、そっか! そうだよね!」
名案だ、とメリルが頷く。
貴族の子供は、6歳になると一年に一度、教会に行って祝福を確認する義務がある。
各地の教会にある『祝福の女神の水鏡』を覗き込むと、その者が持つ祝福の説明が文字となって水面に浮かび上がるのだ。
王家は全貴族の祝福を把握し、有用な祝福を持つものを高額な報酬と引き換えに呼び出したり、場合によっては登用の提案をしたりする。
太古の昔にこの地に降臨したとされる女神が、その水鏡の器を各地の王族に贈ったとされている。
ちょうどライサンダー領内にも教会は1つあるので、そこへ向かえばいいだろう。
「フィン、行くよ! 立って!」
メリルがすぐさま立ち上がり、フィンを引っ張る。
「わ、分かったって。そんなに引っ張らないでよ。慌てなくてもいいじゃないか」
「なに言ってるのよ! 教会でお墨付きを貰えれば、もう馬鹿にされることなんてなくなるのよ! 落ち着いてなんていられないわ!」
弾けるような笑顔で言うメリル。
この時を、彼女はずっと待ち望んでいた。
フィンがついに祝福を得た。
それも、他に誰も持っていないような、非常に強力で希少な祝福だ。
もう二度と、他の貴族に彼を馬鹿になどさせるものかと、気がはやって仕方がなかった。
「ほら、行くよ!」
「ちょ、ひ、引っ張らないでったら!」
メリルに手を引かれ、フィンは村へと駆け戻るのだった。