第30話 お姫様
「さて……。どうだ、ミレイユ。フィン・ライサンダーの人間性は?」
さっぱりとした衣服に袖を通しながら、プロフがミレイユに声をかける。
「野心、出世欲、権力欲はほぼゼロといってよいかと。彼にあるのは、強い達成欲求と承認欲求です」
「ふむ……。あれほどの祝福を持ちながら、出世欲も野心もゼロか。承認欲求というのは、わしに対してのものか?」
「いいえ。あの場では食事の席にいた2人の女性に向いていましたように感じられました。陛下に対しては、まったくありません」
ミレイユは『欲望探知(B)』という、非常に珍しい祝福を持っている。
彼女は直接肌で触れた相手の欲望を把握することができ、触れている時間が長ければ長いほど、より詳細にその内容がわかるのだ。
彼女が祝福を持っているということ自体が秘密にされており、そのことを知っているのは、プロフを含めて数人だけだ。
国内では、彼女のような珍しい祝福を持つ者がごく稀に生まれることがある。
そういった者は王家が極秘のうちに強制的に登用し、超好待遇にて王族に生涯仕えることになる。
フィンもその枠に入るはずではあるのだが、彼の場合は祝福の発現が大人になってからであり、知っている人間もすでに複数人いるとのことだった。
なので、強制的に登用するとそのことが周知されてしまので、プロフの判断で控えたのだ。
「雨に降られた後はどうだ? レイニーがかなり、その……魅力的な姿になっていたと思うが」
「フィン様のお身体を拭く際に確認しましたが、多少の性欲は確認できました。しかし、あの状況では普通、というよりもかなり控えめなほうであるかと」
「なんとも貞淑な男だな……。男に対して貞淑、というのはおかしな表現かもしれんが」
「節操のある、といった表現が正しいかと存じます」
「ああ、それだそれ。で、どうだ? レイニーをあやつの傍に置いてもみても大丈夫そうか?」
「そうですね、このままここで生活していくよりはよいのでは。エンゲリウムホイストのような山の中なら、そうそう他の貴族も訪れないでしょう。よい社会勉強になるかと存じます」
「そうか。お前がそういうのなら間違いないな」
やれやれ、といったようにプロフが頷く。
レイニーを一言で表すならば『疑い知らずの世間知らず』だ。
跡継ぎのウェインが賢く元気に育ち、ほっとしていた折に生まれた娘の誕生に、国王夫妻は大喜びした。
それこそ周囲が過剰と思うほどに、大切に大切にレイニーを育てた。
だが、あまりにも大切にしすぎて、過剰な箱入り娘として育ってしまったレイニーは、親から見ても「これはちょっと」と思えるほどに素直で世間知らずに育ってしまったのだ。
プロフたちが気づいたときにはすでに彼女は大人の女性へとなりつつあり、性格と考え方の矯正はかなり難しい段階にあった。
加えて、お姫様ということもあって、あちこちから大貴族や他国の王族が婚姻目当てで面会を申し出てくる。
このままではかわいい愛娘が腹黒いやつにころっと騙されかねないと懸念したプロフは、突如として降って湧いたフィンの存在に注目したのだ。
フィンは中堅貴族の三男坊。
王家からすれば、非常に扱いやすい存在だ。
もしフィンが人間的に申し分なければ、強力な祝福をもっていることでもあるし、半ば強制的に婚姻させて婿養子にしてしまおうと考えた。
だが、今フィンは王都の隣の片田舎で村興しをしているというではないか。
そこまで遠い距離ではないうえに、山だらけの地形に阻まれて、あまりほかの貴族や他国の王族が頻繁に来ることも考えられない場所だ。
娘の再教育にはちょうどよいかもしれない。
それで娘が安心して独り立ちできるくらいの常識を身に着けたら、自分の意志で結婚相手を選ばせればいい。
プロフはそう考えていた。
王族とか貴族といったしがらみはどうでもいいから、とにかく娘に幸せになってもらいたい一心なのだ。
「よし、あいつに一度レイニーを預けてみるとするか。ミレイユ、すまんがしばらくの間、娘を頼んだぞ」
「かしこまりました。特別手当、期待しております」
「今でも相当な給金を取っているだろう……。どれだけ稼ぐつもりなんだ、お前は」
「お金はあって困りません。それに、お金は裏切りませんので」
「お前が言うとものすごく重く感じるな……。まあ、落胆させない程度の額は用意しておこう」
「ありがとうございます。王妃様とウェイン様には、すぐにお伝えしますか?」
「うむ。2人を呼んでくれ」
「かしこまりました。しかし、ウェイン様は反対されるかもしれませんね」
「あいつも、そろそろ妹離れさせんといかんからな……。世間知らずになったのは、半分はあいつのせいでもあるんだ」
「いいえ、すべて陛下と王妃様のせいです。ウェイン様をお育てになられたのはお二人なのですから」
「くっ、ぐうの音も出ない」
こうして、フィンたちの知らないところで、とんでもない話が密かに決定されてしまったのだった。




