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【すずの木くろ】バフ持ち転生貴族の辺境領地開発記  作者: すずの木くろ【N-Star】
第1部
3/61

第3話 フィンの覚醒

「あ、あの、やはり貴族様に食事を作っていただくなど……」


「いえいえ、大丈夫ですから。それに私、料理が大好きなんです」


「アドラスさん、気にしないでいいよ。自分たちのことは自分でできるからさ」


 その日の夕方。

 台所に立ち料理を始めたフィブリナとメリルに、アドラスが酷く恐縮して頭を下げていた。

 間もなく日暮れなので夕食の準備をしようとなり、フィブリナが準備を買って出たのだ。

 フィンたちには、従者や使用人は1人も付いてきていない。

 護衛の騎士も、全員オーランドの下へ帰ってしまっている。

 理由は単純で、この地で働く使用人を募った結果、誰一人として手を上げる者がいなかったからだ。

 そんなところへ送られるくらいなら仕事を辞めると言い出す者まで出る始末だったのだが、それは仕方がない話だろう。

 誰だって、住み慣れた都会を遠く離れて、こんな何もない超ド田舎に行きたいとは思わない。

 フィンが『祝福なし』のうだつの上がらない貴族だと目されているというのも、それに追い打ちをかけていた。

 そんなわけで、使用人は村で誰かを雇うことにしようとなり、3人だけで移住することになったのだ。

 ちなみに、食料は1カ月分ほど持参した。


「にゃー」


「ん?」


 何をするでもなく椅子に座っていたフィンは、鳴き声が聞こえてた戸口に目を向けた。

 がりがりと、戸を引っ掻く音が響いている。


「ああ! 申し訳ございません! ネズミ退治のために飼っている猫でして!」


 アドラスが慌てて戸口へ走り、戸を開けて猫を追い払おうとする。

 だが、猫はするりと家の中に入ると、奥の部屋へと消えて行ってしまった。


「あ、別に大丈夫ですよ。それより、ネズミが出るんですか?」


「はい、この辺りはネズミが多くて。どの家でも、何匹か猫を飼っているんです」


「ネ、ネズミ……」


 メリルが顔を引きつらせる。

 生理的に無理、といった表情だ。


「おじいちゃん、こっちにピコが来なかった?」


 そうしていると、外から戻ってきたハミュンが家に入ってきた。

 手には、掘ったばかりの泥付きの芋が入ったカゴを持っている。


「ああ、奥にいっちまったよ」


「ありゃ。まあ、仕方ないか。ずっとここに住んでるんだし」


 ハミュンは笑うと、フィブリナたちに芋を渡した。

 控え目に手伝いを申し出るが、その顔を見たフィブリナが苦笑して断ると、すぐに引き下がってフィンの隣に座った。

 わくわくして仕方がない、といった顔をフィンに向ける。


「フィン様、この地域を発展させるって言ってましたけど、どんなことをするんですか?」


「えっと……とりあえずは、この地域一帯を見て回って、何か産業にできそうなものがあればそれをやろうかなって」


 この地に移動してくるまでの間、フィンたち3人はどうすればこの一帯を発展させられるか話し合っていた。

 寮暮らしをしながら10年間通った貴族学校で、領地運営についての基礎は学んでいる。

 それに加えて、フィブリナは両親とともに4年間運営に携わっていた。

 一応、ズブの素人集団というわけではないのだ。


「産業ですか! ……産業ってなんですか?」


「物を作って売り買いすること。この村でやってる農業も、産業の1つだよ」


「なるほど! なら、これからは薪を拾ったり、畑の世話をしたりするだけの生活じゃなくなるんですね?」


「うん。やれそうなことが見つかったら街から専門家を呼ぶから、村の人たちにはそれを学んで身につけてもらうことになるね。他の村や街と交易して、現金収入を得られるようにしないと」


 オーランドにはこの場所で生活しているだけでいいとは言われたが、来たからには結果を残したい。

 それに、何年この場所にいることになるかも分からないのだ。

 村人たちの手前、なにより自分たちのためにも、ただ漠然と生活しているわけにはいかない。


「でも、その前に私たちがここでの生活に慣れないとね」


 メリルが芋を洗いながら、フィンに振り返る。


「そうだね。早く村の皆に受け入れてもらえるように頑張らないと」


「大丈夫ですよ! 皆、フィン様たちが来るって聞いてから大騒ぎだったんですから! この村も、ようやく豊かになるかもしれないって、皆楽しみにしてます!」


「えっ、そうなの?」


「はい!」


 元気に頷くハミュン。

 どうやら、フィンたちはかなり期待されているらしい。

 今までまったく見向きもされなかったのに、ここにきて突然貴族が3人も住み着くとなれば、それも当然かもしれない。

 それほど、貴族という存在の影響は大きいのだ。

 もっとも、本来は優れた祝福を持つ貴族限定の話ではあるのだが。


「フィブリナ様もメリル様もすごい祝福を持ってますし、これでフィン様も祝福が発現したら――」


「ハミュンちゃん、少し手伝ってもらえるかな?」


「あ、はい!」


 ハミュンが席を立ち、メリルの下へ小走りで向かう。

『祝福』という言葉を聞かされるたび、フィンは自分自身に途方もない無力さを感じていた。

 記憶にはないが、昔は神童とまで呼ばれていたと聞いている。

 そんな自分に、どうして祝福が宿っていないのか。

 暗い顔でうつむいてしまったフィンに、メリルはちらりと心配そうな眼差しを向けるのだった。



* * *



 翌朝、領主邸(仮)には大勢の人が詰め掛けていた。

 昨夜フィブリナが治したハミュンの手の傷を、皆が見に集まってきているのだ。


「おお、これはすごい! 本当に綺麗に治ってる!」


「でしょ? フィブリナ様、本当にすごいんだから!」


 騒ぐ村人たちに、どやっ、とハミュンが綺麗になった指を見せながら胸を張る。


「あ、あの、フィブリナ様。私の娘も、2日前に頬を枝で切ってしまって。傷跡が残ってしまうのではと心配で……」


「はい、いいですよ。どうぞこちらへ」


 若い母親が連れてきた5歳くらいの女の子を、フィブリナが隣に座らせる。

 彼女が頬の傷口に手をかざすと、女の子は、わあ、と微笑んだ。


「頬っぺたがあったかい……いい気持ち……」


「しばらくこのままでいようね。綺麗に治してあげるから」


「うん!」


 その様子に、誰かが「聖女様だ」とささやいた。

 なるほど、確かに優しい眼差しで少女の傷を治すその姿は聖女そのものだ。

 (E+)のフィブリナの能力は、貴族としてはほぼ最底辺に位置する。

 だが、効果は微弱でも便利であることに変わりはない。

 貴族と触れ合ったことのない彼らにとっては、神の奇跡とも思える力だろう。


「あの、メリル様。もしよろしければ、メリル様のお力も見せてはいただけないでしょうか?」


「えっ、わ、私? い、いいよ、私の力なんてそんな――」


 村人の1人にそう言われ、メリルが断りかける。


「メリル、やってあげなよ。皆喜ぶよ」


「フィン……うん、分かった」


 フィンに言われ、メリルが仕方なしに頷く。

 周囲を囲んでいた村人たちから、おお、と歓声が上がった。


「でも、私の力は効果が出るのにけっこう時間がかかるの。見てても分かりにくいし、あんまり期待しないでね」


「でもでも、昨日食べさせていただいたアプリスみたいに、何でもすごく美味しくなるんですよね?」


 ハミュンが言うと、村人たちが再びざわついた。

「アプリスって、あの高級な果物だよな?」とか「いいなぁ、食べてみたい」といった声があちこちから漏れる。

 いくつか例外はあるが、多くの果物はかなりの高級品であり、おいそれと手に入れることはできないのだ。

 理由は、それらの種子を大貴族であるトコロン家が独占しているからだ。

 市場に出回るそれらの果物から取れた種子は、植えてもほとんど発芽しない。

 ごく稀に発芽するものがあっても実が付かなかったり、付いたとしても奇形だったりしてまともなものは1つもない。

 それらの果物を手に入れるには、トコロン家が市場に卸した高価なものを買うしかない。

 これは、トコロン家が祝福の力を使い、果物が次世代に子を残せないように変異させてしまっているからだ。

 他国でもトコロン家の血筋の家が同じように独占しており、状況は同じである。

 ちなみに、アプリスは皮ごと食べられる赤い果物で、メリルの大好物だ。

 甘くて瑞々しく、しゃりっとした歯ごたえで栄養も抜群という素晴らしい果物である。

 オーガスタ王国の特産品という位置づけの果物だ。

 しばらく手に入れることはできなくなるだろうと、メリルは木箱一箱分、なんとか都合をつけて持ってきていた。


「うん。時間はかかるけど、美味しくできるよ」


「あ、あの! 腐ったり傷んでしまった食べ物でも、食べられるようにできるのですか!?」


 話を聞いていた若い女性が手を上げる。


「うん。腐ってカビが生えてても、元に戻せるよ」


「す、すごいですね。さすが貴族様……」


「お姉ちゃん、私もアプリスっていう果物、食べてみたいなぁ」


 頬を治療されている女の子が、メリルの袖を引っ張った。


「あー……うん、分かった。いくらか持ってきてあるから、皆で食べちゃおっか」


 メリルが言うと、皆から歓声が上がった。

 そんな皆の輪からフィンはそっと離れると、村の外へと足を向けた。



* * *



 フィンは1人で村を出て、森へと入った。

 フィブリナとメリルの持つ祝福の力は、エンゲリウムホイスト村にとって大きな助けとなるだろう。

 だが、自分には何もない。

 貴族学校で学んだ多少の知識はあるかもしれないが、それは彼女たちだって同じだ。

 『ポンコツの祝福無し』とドランに言われた言葉が、頭の中をぐるぐると回っていた。

 あんな蔑むような目を向けられ、馬鹿にされるのはもう二度とごめんだった。

 自分も、何かできるようになりたい。

 人から頼られる、いっぱしの貴族として自信が持てるようになりたい。

 胸を刺すような焦燥感が、フィンの心に渦巻いていた。


「僕だって、ライサンダー家の人間なんだ。もしかしたら、オーランド兄さんみたいな祝福が……あんな力があれば……」


 積もった枯葉を踏みしめて、木々の間を進む。

 祝福とは、それを持つ者が発動させようと心の中で念じれば使えるものだと聞いたことがあった。

 オーランドの場合は、水源や鉱物といった資源が近くにあると、何がどこにあるのかが頭に浮かぶのだそうだ。


「父上、母上、ご先祖様……誰でもいい、僕に祝福の力を分けてください」


 資源はどこだと心の中で念じながら、やみくもに歩く。

 藪をかき分け、沢を下り、再び藪へと踏み入る。

 だが、何も感じず、何も見つからない。

 それでも、ただ黙々と散策を続け、何か感じないかと精神を集中する。

 その後も1時間近く歩き続けたが、まったく何も感じなかった。


「……っ」


 気づけば、頬に涙が流れていた。

 悔しくて、辛くて、どうして自分がこんな目に、といった負の感情が頭をもたげる。

 村の皆に施しをするフィブリナとメリルを微笑んで見てはいたが、内心引き裂かれそうなほどに心が悲鳴を上げていた。


「……なんでだよ。どうして僕が、僕だけが!!」


 叫びながら、近くの木を思い切り殴りつけた。

 拳の皮膚が裂け、血がにじむ。

 余計にみじめさが増して、涙と嗚咽が止まらなくなった。


「――ィン――フィン!」


 木に縋りつき、思わずその場にへたり込みそうになった時。

 背後から微かに、声が聞こえた。


「フィン! どこなの!? 返事をして!」


「っ!」


 はっとして、振り向く。

 大勢が枝葉を踏みしめる音と、自分の名を呼ぶ声が聞こえた。

 慌てて、声から逃げるように走り出す。

 こんな情けない姿を、人には、特にメリルには見られたくなかった。


「あっ、フィン! ま、待って!」


 駆けだしたフィンを追い、メリルが走る。


「メリル、見つけたの!? フィン!」


「フィン様ー!」


 近くを探し回っていた、フィブリナやハミュンたちもその声に気づき、彼女の後を追う。


「ちょ、ちょっと! どこ行くのよ!? どうしたの!?」


「フィン! 戻ってきて!」


「あっ、そっちはダメです!」


 ハミュンの叫ぶ声がフィンの耳に届いた直後。

 フィンの体を浮遊感が襲った。

 藪を抜けた先は崖になっていて、そこにフィンは飛び出してしまったのだ。

 悲鳴を上げる間もなく崖を落ち、石だらけの地面が目に入った瞬間、フィンの意識は途絶えた。



* * *



「――ィン! フィン! しっかりして! 目を開けてよ!!」


「……ぅ」


 悲鳴にも似た叫び声に、フィンがうっすらと目を開く。

 ぼろぼろと涙をこぼしながら自分を見下ろす、メリルの顔がぼんやりと見えた。


「フィン!」


「動かしちゃダメ! そのまま!」


 真っ青な顔をしたフィブリナが、必死の形相でフィンの頭に手をかざす。

 フィンは岩だらけの地面に叩きつけられ、頭頂部が大きく裂けて大量に出血していた。

 右腕と両足はあり得ない方向に折れ曲がっており、全身傷だらけで血まみれだ。

 辛うじて意識は取り戻したが、どう見ても助からないほどの重傷だった。


「やだ、やだよ……また私のせいでっ! フィン、死んじゃやだよぅ……!」


 メリルが泣きじゃくりながら、唯一無事な左手を握りしめる。

 フィンはその顔をぼんやりと眺め、既視感を覚えていた。


――そうだ、あの時僕はメリルに連れられて、近所の森に入って崖から……ん?


「っ! えっ!?」


 突然大声を上げたフィブリナに、メリルがびくっと顔を向ける。


「姉さん! お願い、フィンを助けて!」


「えっ、そ、そんな……えっ?」


「な、治っちゃった……」


 ハミュンの気の抜けた声に、メリルがフィンの頭を見る。

 ぱっくりと割れていた頭の傷が、綺麗さっぱりなくなっていた。


「えっ!? な、なにこれ!? 姉さんがやったの!?」


「わ、私はなにも……突然フィンの体が光ったと思ったら……あなたも見たでしょう? フィンが光に包まれるのを」


「えっ? わ、私は何も……涙でぼやけちゃって……」


「ごめん、メリル、手を貸して」


「ちょ、ちょっと! 動いちゃ……って、ええ!?」


 フィンがメリルの手を掴み、身を起こす。

 いつの間にか、折れ曲がっていた腕と足まで元に戻っていた。


「ななな、何で治ってるの!? どうなってるの!?」


「フィブリナ様、すごいです!! あんな大怪我だったのに、一瞬で治っちゃいましたよ!?」


 驚愕するメリルと、瞳を輝かせて喜ぶハミュン。

 周囲を取り囲んでいた人々も、「さすが聖女様!」と歓声を上げている。


「だ、だから、私は何も……どういうことなの……?」


 フィブリナは酷く困惑した様子で、先ほどまでフィンにかざしていた自身の手を見つめている。

 フィンは怪訝な顔をメリルに向けた。


「な、なに? 何がどうしたの? 皆して、何を騒いでるんだよ?」


「何って、あなたは崖から落ちて、今まで死にかけてたのよ! 頭は割れちゃってたし、手も足も変な風に曲がっちゃって!」


「え!?」


 フィンが慌てて、自分の体を見る。

 そして、ほっとしたように再びメリルを見た。


「脅かさないでよ。怪我なんてしてないじゃんか」


「だから、姉さんが治してくれたのよ! それも一瞬で!!」


「ええっ!?」


 フィンがぎょっとした顔でフィブリナを見る。


「フィブリナ姉さん、いつの間にそんな力を……」


「え、ち、違うわよ。私はいつも通りやっただけなんだけど……うーん」


「フィン!」


 すると、突然メリルがフィンを怒鳴りつけた。

 フィンは思わず、びくっとして肩をすくめる。


「な、なに?」


「なに、じゃないわよ! 勝手にいなくなって! また大怪我して……っ」


 メリルの瞳から、再びぼろぼろと涙が流れ落ちる。


「また、私のせいでっ……! ごめんねフィン、ごめん……」


「メリル……」


 メリルがフィンにしがみつき、泣きじゃくる。

 フィンはそんなメリルを抱きしめると、よしよしと頭を撫でた。


「メリル、いいんだよ。こうして怪我も治ったしさ。それに、メリルのおかげで俺も……じゃない、僕も助かったから」


「……え?」


 メリルがフィンを見上げる。


「記憶が戻ったんだ。たぶん、頭を打ったおかげだと思う」


「記憶がって……何の記憶?」


「昔、一緒に遊んでて崖から落ちただろ? その前の記憶が全部戻ったんだ」


 それに、とフィンが付け加える。


「僕がこの世界に生まれる前の記憶も、全部思い出した」

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