第28話 食事会
「それでは、迎えの者が来るまでこちらでお待ちください」
若い黒髪の侍女が一礼し、部屋を出て行く。
フィンたちは全員、先ほど風呂から上がったばかりだ。
カーライルと別れてからしばらくして、彼の言ったように侍女が迎えに来て、客室に案内してくれた。
ところが、フィンたちの到着を聞いた国王が、せっかくだから今夜も一緒に食事をとろうと言い出したとのことだった。
とりあえず風呂に入ってさっぱりしろとのことで、城に入るなり風呂場へと直行させられ、用意された衣服に着替えて今に至る。
「あ、あわわ……。本当に私まで陛下とお食事することになるなんて……」
ハミュンが緊張した様子で、きょろきょろと部屋を見渡す。
室内の設備はライサンダー家のものよりもはるかに豪華で、置かれているソファーやベッドなどは一目でその質の良さがわかるほどだ。
部屋は扉を挟んで二分されており、ベッドが2つずつ置かれている。
案内されたのは、家族用の客室のようだった。
「ずいぶんすんなり許可が出たよね。ていうか、いきなりお風呂に連れていかれるとは思わなかったよ」
ぽすん、とフィンがソファーに腰掛ける。
「ね、びっくりした。でも、すごく豪華なお風呂だったよね!」
フィンの隣に座り、大満足といった様子でメリルが言う。
風呂は大きな浴槽を備えた大浴場のような造りになっており、壁に取り付けられた狼の彫刻の口からは、常にお湯が湯船に流れ出ていた。
サウナや水風呂も併設されていて、フィンからしてみればスーパー銭湯に来たような感覚だった。
「あんなお風呂が村にもあったらいいのに。フィン、同じようなお風呂を村にも作れないかな?」
「作れないことはないんじゃないかな? ただ、お湯を沸かすのにたくさん石炭がいるし、水も川から水車を使って引いてこなきゃだから、すごく手間がかかりそうだね」
「えっ。フィン様、それって、手間さえかければ村にも同じものが作れるってことですか!?」
ハミュンが瞳を輝かせる。
「うん。石炭はライサンドロスから採れるから、それを使えばいいしね。だよね、兄さん?」
「ああ。あの埋蔵量なら、この先100年掘り続けたってなくならないだろうな。必要なら、定期的にエンゲリウムホイストに送れるぞ。費用についても、心配しなくていい」
「さっすがオーランド様! できる男は違いますね!」
ばんばん、とメリルがオーランドの背を叩く。
超豪華な風呂やら部屋やら王族との会食やらで、テンションがおかしなことになっているようだ。
オーランドはしかめっつらで、少し迷惑そうだ。
「あれ? この器の中、氷が入ってますよ?」
テーブルに置かれていた金属の器を覗き込み、ハミュンが言う。
水差しと一緒に置かれていた器の中には、丸い氷がたっぷりと入っていた。
「あ、本当だ。王妃様の祝福かな?」
「王妃様ですか。確か、祝福は降雪操作でしたっけ?」
「うん。雪を降らせることができるなら、雹とかも降らせることができるのかもね。氷はまん丸だし、何かの機械で作ったとかじゃないような感じだね」
「す、すごいですね。季節に関係なく、氷が作り放題ですか……」
「フィン、何か道具とか使って氷を作れたりしないの? 村でも氷が作れれば、皆すごく喜ぶと思うんだけど」
メリルの問いに、フィンが苦笑する。
「いや、さすがにそれは難しい……いや! あったあった! 氷は作れないけど、野菜とかを冷やせるすごい道具があった!」
「えっ、冷やせる道具? 何それ?」
「ディスカバリープラネットで見たんだけど……」
「いつものね!」
「いつものですね!」
「い、いつものなのか……」
わくわくした顔のメリルとハミュンに対し、オーランドは困惑顔だ。
「え、ええとね。素焼きの壺の中に小さい壺を入れて、その壺と壺の間に湿らせた砂を入れるんだ。そうすると、砂から水分が蒸発する時に内側の壺の中が冷えるんだよ」
フィンの言っているものは『ジーアポット』と呼ばれている道具のことだ。
壺と壺の間の砂の水分が気化する際の気化熱を用い、内側の壺を冷やすのである。
現代でも、アフリカで用いられている便利な道具だ。
内側の壺の中の温度は、4度~5度程度にまで下がるらしい。
周囲の気温が高く、なおかつ湿度が低くなければならないという条件はあるのだが。
「へえ、そんな道具があるんだ。それなら、私の祝福を使わなくても、食べ物を長持ちさせられるね」
「うん。ローストポークだって、少しは長持ちするようになると思うよ。帰ったら作ってみようか」
「そうだね。陛下にもそういう道具のことを話せば、印象がよくなるかも……って、やっぱり、あれこれ村のことを聞かれたりするのかな?」
メリルの台詞に、オーランドが頷く。
「まあ、そうだろうな。ハミュン、陛下もわかっておられるとは思うが、できる限り丁寧に話すようにしてくれ。食事の作法は、俺たちを真似てくれればいい。とにかく、陛下の不興を買わないようにな」
オーランドが言うと、ハミュンはこくこくと頷いた。
「は、はい! 皆さんの真似っこをすればいいんですね!」
「まあ、村のことを聞かれたら、なるべく僕やメリルが答えるようにするよ。わからない時だけ、ハミュンに話を振るようにするからさ」
「わかりました!」
そんな話をしていると、コンコンと扉がノックされた。
フィンが返事をすると、先ほどの侍女が入ってきた。
「会食の支度が整いましてございます」
ついに来たか、とフィンたちはソファーから立ち上がった。
***
侍女に連れられて廊下を進み、広々とした食堂へとやってきた。
壁際には数人の侍女が、飲み物のピッチャーが載ったテーブルを前に静かに控えている。
10メートルはあろうかという長テーブルには、豪勢な料理が盛られた皿がこれでもかと敷き詰められていた。
「おお、来たか。さあ、座ってくれ」
席の端に座っている白髪交じりの金髪の男が、満面の笑みで席を勧める。
この国の国王、プロフ・オーガスタだ。
「オーランド様はこちらへ。フィン様は――」
部屋に案内してくれたのと同じ侍女が、皆を席に案内する。
その際、なぜか一人一人の手を取り、席まで連れて行っていた。
オーランドがプロフと向かい合う端の席。
フィンとメリル、ハミュンはそれぞれ横の席に座った。
「いや、突然呼び出してしまってすまなかった。わしも――」
「父上、まずは自己紹介が先かと」
プロフの斜め前に座っている藍色の髪の若い男が言う。
見るからに利発そうな青年だ。
「おお、そうだった。ええと……おほん。わしはこの国の国王、プロフ・オーガスタだ! ……ふふ、こういう自己紹介というのも、なんだか楽しいな」
やたらとうきうきしているプロフに、フィンたちが愛想笑いを浮かべる。
もっとお堅い雰囲気の食事会を予想していたのだが、まるで近所のお食事会のようなノリだ。
プロフも、国王というよりはおしゃべり好きな近所のおじさんにしか見えない。
「父上」
「あ、いや、すまんすまん。これが息子のウェイン、これが妻のウェズリル、そこのが娘のレイニーだ」
よろしく、と3人が会釈をする。
王妃ウェズリルは真っ白な肌と藍色の髪を持つ切れ長の目の女性で、どことなく知的な印象を受ける。
歳は40半ばといったところだろうか。
王女レイニーはどこかほわほわした雰囲気の、長い金髪の人懐っこそうな顔の少女だ。
確実に、父親似である。
「いやはや、急な呼び出しにもかかわらず、出向いてくれて嬉しいぞ。教会から報告を聞いて驚いてしまってな。これはぜひ、直接話を聞きたいと思ったのだ」
オーランドが深々と頭を下げる。
「陛下、かような席にお招きいただき、恐悦至極に存じます。どうぞ、いかようなことでも――」
「ああ、よいよい。かたっくるしいのは他国の外交官とのやり取りだけで十分だ。普段どおりに話してくれ」
「は、はい」
オーランドが表情を引きつらせながらも頷く。
ウェインとウェズリルは苦笑しているが、娘のレイニーはにこにこと楽しそうに微笑んでいる。
どうやら、これがいつもの彼の調子のようだ。
「それでだ、教会から報告があったんだが……ああ、食べながらでいいぞ。王家自慢の料理人が作ったご馳走だ。わしらも、めったにこんないいものは食べられないんだぞ。わはは」
何とも軽いノリで、王族との食事会が始まったのだった。




