第27話 小さな痛み
「兄さん、あれから領地運営は順調ですか?」
王都へと向けて馬車に揺られながら、フィンはオーランドに話しかける。
ライサンドロスと王都は隣り合っているが、繋がっている道は峠道だ。
オーガスタ王国は山だらけで平地が少なく、領地の区分はだいたいが山や谷、湖や森などで分けられている。
エンゲリウムホイストの場合は、過去にエンゲリウムをライサンダー家の先祖であるホイスト・ライサンダーが発見した功績から管理を任されており、ライサンドロスからそこにいたるまでの山もライサンダー家の管理区域となっていた。
「ああ、順調だぞ。炭鉱作業員も必要分は集まったし、すでに採掘済みの鉱山から硫酸銅も見つけたしな。先に硫酸銅と石炭を掘りながら、余裕がでたら銀も掘ることになっている。あの銀鉱は、少しばかり深く掘らなければいけないようだからな」
フィンが去った後、オーランドは街の端から端まで移動して回り、近場にある資源を片っ端からメモした。
石炭をはじめとした資源はあちこちにあることがわかったため、この先何世代も金策事業に困ることはないということが確定していた。
「本当に、お前のおかげで助かったよ。父上と母上も、きっとあの世で喜んでいるだろうな」
「はい。ライサンダー家の名に恥じぬように、今後もがんばります。そういえば、父上たちの遺体って、もう掘り起こされたんですか?」
「いや、かなり大規模な崩落をしたようだからな……。掘り出すには、半年や一年かかってもおかしくないだろうな」
「そうですか。早く掘り出して、ちゃんとお墓に埋葬してあげたいですね……メリル、どうしたの?」
フィンの手元をじっと睨みつけているメリルに、フィンが小首を傾げる。
そこには、屋敷で出迎えてくれた侍女から貰った小袋が握られていた。
「フィン、気を付けなさいよ。あの娘、フィンのこと狙ってるから」
「えっ?」
ほんのりと温かい小袋に、フィンが目を落とす。
中身は、出来立てのクッキーだ。
大急ぎで焼き上げてくれたとのことだったが、フィンは受け取る時になぜか手を握られていた。
「あなたがこれから出世確実だってわかったから、粉かけてきてるのよ。あの娘、フィンに祝福が発現する前に、同じようなことしてくれたことあった?」
「い、いや、一度もないね」
「でしょ? あわよくば、妾にでもなろうって腹積もりなのよ。もし夜中に迫られても、絶対に相手しちゃダメよ。ろくなことにならないわ」
「うむ、メリルの言うとおりだ。貴族だけではなく、平民の女にも注意するんだぞ。取り返しがつかない、とはならないが、それでも揉め事の種をばらまく必要はないからな」
この世界に置いては、祝福を持つ者同士で作った子供にしか祝福は発現しない。
貴族が平民との間にいくら子を成しても、祝福を持つ子供は生まれないのだ。
平民との間に生まれた子供は貴族として認められることはなく、貴族学校に通うことも許されない。
結婚自体も許されてはいないため、一緒にいたいならば結婚せずに一緒に暮らすことになる。
当然、相続権も発生しないため、その貴族が死んだ場合、他に貴族の親族がいなければ、土地と財産の大半は王家に没収されることになるのだ。
「は、はい。肝に銘じます」
「……大丈夫です! フィン様のことは、私がちゃんと見張っておきますから!」
明るい声で言い放つハミュンに、オーランドがふっと微笑む。
「うむ、よろしく頼む。フィン、頼りがいのある秘書を雇ったな」
「あはは。僕なんかより、よっぽどしっかりしてますよ。世話になりっぱなしです」
「え、ええっ!? そんなことはないですよ! 勉強だって、お仕事だって、わからないことだらけですし……」
「ハミュンちゃん、それはこれから少しずつ覚えていけばいいの。どれだけ真面目に頑張れるか、が大事なんだから」
「……はい! 私、頑張りますね!」
ぐっと、笑顔で胸の前で拳を握るハミュン。
ちくりとした胸の痛みは、欠片も表情には出さなかった。
***
2日後の夜。
フィンたちは無事に峠越えを果たし、王都の中を進んでいた。
ハミュンが窓から顔を出し、その街並みに瞳を輝かせる。
夜にもかかわらずたくさんの商店が開いており、通りには多くの人が行き交っていて活気がある。
あちこちに豆油ランプの街灯が立ち並び、暗い夜道をぼんやりと照らしていた。
「あ、あわわ、すごいですね! すっごく大きな建物がこんなにたくさんあるなんて! それにあれ、風車ですよね!?」
王都では3階建てや4階建ての家は当たり前で、そのほとんどが集合住宅だ。
街のあちこちには風車が設置されており、川や水路の水を汲み上げては各家庭へとつながる上水道に水を送り続けている。
月明りに照らされたいくつもの風車が、ゆっくりと羽根を回転させていた。
「そうだよ。あの風車で水を汲み上げてるんだ。どの家でも、蛇口をひねれば水が使い放題だよ」
「いいなあ、そんな生活してみたいです……。風って、一日中吹いてるんですか?」
「うん。一年中、一日も欠かさずに吹き続けてるよ。ほら、あそこ。あれは粉挽き風車なんだ。王都に住む人なら、誰でも小麦10キロを3コルで挽いてもらえるんだよ」
この国における通貨は『コル』と呼ばれている。
1コル銅貨、10コル銅貨、100コル銀貨が存在しており、金貨は採掘量の関係から存在していない。
価値としては、1コルでミルク一杯、10コルでちょっとお洒落なレストランでランチが食べられる、といった具合だ。
「へえ、お金を払えば道具で挽いてもらえるんですか。らくちんですね!」
「村でも何とかできないか、考えてみるよ。揚水水車を使えば、川の水を村の中まで引けると思うしさ」
そんな話をしているうちに馬車は街なかを進み、王城へとやってきた。
巨大な石造りの正面門を潜り抜け、広々とした石畳の広場へと馬車が入る。
「ふう、やっとついた。王城なんて、学校の遠足以来だ」
フィンが馬車から降り、次に降りるメリルに手を差し出す。
「ありがと。私、全然覚えてないや」
「僕も覚えてないなぁ。入学してすぐだったし、覚えてるわけがないよね。はい、ハミュン」
「ありがとうございます。……わわ、間近で見ると、すごい大きさですね!」
石造りの王城は、非常に巨大で重厚な造りになっている。
観音開きの玄関扉は5メートルほどの高さがあり、今は内側に向かって開け放たれている。
屋上までの高さは50メートルほどで、国中で一番の高さを誇る建物だ。
戦争を想定して造られているわけではないので、矢を放つための狭間や櫓といったものは備えていない。
あくまでも、国の中枢機関としての建造物なのだ。
「オーランド殿」
馬を降りたカーライルが、最後に馬車を降りたオーランドに声をかける。
「今日と明日は城内に泊まっていただくことになっている。後は侍女が案内してくれるだろう。少しここで待っていてくれ。付き添いの2人については、私から伝えておく」
「わかりました。道中、護衛ありがとうございました」
「うむ。では、我らはこれにて失礼する。また帰りに会おう」
カーライルたちは拳を胸に当てて敬礼すると、王城の中へと入って行った。




