第2話 辺境領地へ
それから、約半月後。
フィン、メリル、フィブリナの3人は、馬車に揺られて山道を進んでいた。
領地を離れてから、今日で5日目。
オーランドが手配してくれた、数人の護衛の騎士を伴っての旅路だ。
「ちょっとフィン、そろそろエンゲ……えっと……姉さん、なんて村だっけ?」
「エンゲリウムホイストよ」
「エンゲリウムホイスト村に着くのよ? いつまでもしょぼくれた顔してないでよ」
「うん、ごめん……」
暗い顔をしているフィンに、メリルがため息をつく。
教会で行われた合同葬儀は、酷いものだった。
始めは粛々と行われていたのだが、空の棺に献花をする時になって、ライサンダー家の不手際だと遺族の何人かがオーランドに詰め寄ったのだ。
場は騒然となり、同意する者たちからは怒号と罵声が浴びせられた。
それまで気丈に振舞っていたメリルはその場で泣き出してしまい、フィンたちも何も言えずに立ち尽くすしかなかった。
その場にいた国王の一喝で騒ぎは収まったものの、式の終わりまでフィンたちは敵意の視線に晒され続けたのだ。
フィンは旅の間中、何度もその光景を思い返しては、陰鬱な気持ちになっていた。
「それにしても、どうしてこんな舌噛みそうな名前の村にしたんだろうね?」
「えっとね、大昔はここで、エンゲリウムっていう希少金属が採掘されたそうよ。今は枯渇しちゃったみたいだけど」
村に関する資料の束を、フィブリナがぱらぱらと捲る。
「エンゲリウム? 何それ?」
「火をつけると、とても長い間勢いよく燃え続ける金属なんですって。握りこぶし1つ分で、1カ月も燃え続けたそうよ」
「へえ、それはすごいね。それがあれば、冬場はずっと暖かく過ごせそう」
「そうね。その金属のおかげで村は栄えたこともあったらしいんだけど、掘りつくしちゃってからはすっかり寂れちゃったんですって」
「そうなんだ。探したら、まだどこかにあったりしないのかな?」
「どうかしら。ご先祖様が散々探したみたいだけど、新しい鉱脈は見つからなかったらしいから……ちょっと難しいかもしれないわね」
「ふーん……それじゃ、ホイストっていうのは?」
「ご先祖様の名前よ。ホイスト・ライサンダーっていう人が、その金属を最初に見つけたの」
フィブリナはそう言うと、フィンとメリルに真剣な目を向けた。
「この場所は資源も何もないという理由で、ずっと管理がおざなりになっていたわ。村の人たちは、もしかしたら私たちライサンダー家を恨んでいるかもしれない。そのことをしっかり頭に置いて、できるだけ早く村の人たちに受け入れてもらえるように頑張りましょう」
「うん、そうだよね。頑張らないと……ちょっと、フィン! 少しは話に混ざりなさいよ!」
「え? あ、ごめん」
「もう! あなたが領主なんだからね? しっかりしてよ?」
「うん、分かってるよ」
そうこうしていると馬車が止まり、御者から村に到着したと声がかかった。
扉を開け、皆で馬車を降りる。
すると、そこには300人はいるだろうかという人々が集まっていた。
一応、数日前にフィンたちが来るという連絡は寄こしてあるので、待っていてくれたのだろう。
皆、着ている物は粗末で簡素なものばかりだ。
近くにある家々もどれも掘立小屋のような有様で、一目で貧しい生活を送っていることが見て取れる。
「うわ、すごい人数……出迎えに来てくれたのかな?」
「そ、そうみたいだね……」
面食らっているメリルとフィンに代わり、フィブリナが一歩前へ出る。
「皆さん、初めまして。私はフィブリナ・ライサンダーと申します。こちらは妹のメリル、そして彼が領主のフィンです。この村の管理をすべくやってまいりました」
そう言って、フィンをちらりと見やる。
フィンは頷き、彼女の隣に歩み出た。
「フィン・ライサンダーです。今日から僕が、ここの地域一帯の領主をすることになりました。よろしくお願いします」
ぺこりとフィンが頭を下げる。
すると、人々の中から1人の男が前に出てきた。
顔には深く皺が刻まれており、60~70歳ほどに見える。
老人は困惑顔で口を開いた。
「村長のアドラスです。その……この村には、もうずっと貴族様がいらっしゃることはなかったのですが……」
他の村人たちも同意するようにざわついている。
皆、不安というよりも困惑している様子だ。
その中に1人だけ、瞳を輝かせてフィンを見つめている少女の姿があった。
金髪ショートカットの、15~16歳ほどの活発そうな雰囲気の女の子だ。
どうしてそんな目で自分を見るのだろうとフィンは内心首を傾げながらも、アドラスに目を向けた。
「管理地域を見直しすることになりまして、今まで、その……管理がおざなりになっていた場所にも目を向けよう、となったんです」
言葉を選びながら、フィンが説明する。
まるっきり嘘ということにもならないはずなので、説明はこれでいいだろう。
お家事情まで、わざわざ正直に話す必要はない。
「今まで何のお手伝いもせず、大変申し訳なく思っています。これからはこの地域の発展に尽力しますので、よろしくお願いします」
「あ、いやいや、こちらこそお願いいたします」
やたらと腰の低い貴族の姿に面食らったのか、アドラスが慌てて腰を折った。
第一印象は、まずまずといったところだろう。
挨拶は済んだと判断したフィブリナが、再び口を開く。
「それでは、私たちが滞在する建物に案内していただきたいのですが」
「はいはい! 私が案内します!」
先ほどからフィンを見つめていた少女が、ぴょんぴょんと飛び跳ねながら手を上げた。
フィブリナが、彼女ににっこりと微笑む。
「ありがとう。それじゃ、お願いするわね」
「はい! こちらへどうぞ!」
「な、なんか、ずいぶんと元気な娘だね」
メリルがフィンに小声で言う。
「そうだね。でも、歓迎してくれてるみたいだしよかったよ」
「うん。頑張って村の人たちに認めてもらえるようにならないとね!」
そうして、少女に連れられてフィンたちは村へと入って行った。
* * *
「領主様たちは、貴族様なんですよね?」
村に入ってすぐ、少女がフィンに話しかけてきた。
相変わらず、瞳がキラキラと輝いている。
「こ、こらハミュン!」
後ろを付いてきていたアドラスが、慌ててハミュンと呼ばれた少女を制する。
貴族は平民とは隔絶した存在である、という考え方が一般的だ。
領地を統治するほどの力を持った貴族は雲の上の存在であり、崇められて当然といった風潮がある。
当然ながら、そういった者たちはプライドが高く傲慢な者が多くみられる。
『祝福』の能力が使い物にならず、平民と一緒になって働かざるをえない下級貴族に関しては、そういった差別意識を持っている者は少ないのだが。
「あ、いいんですよ。気負う必要なんてないですから」
フィンはアドラスをたしなめ、ハミュンに目を向けた。
「うん、僕はライサンダー本家の三男なんだ。それと、僕のことはフィンって呼んでくれていいよ」
「ありがとうございます! それで、貴族様は『祝福』っていうすごい力を持ってるって聞いたことがあるんですけど、フィン様はどんな祝福を持ってるんですか?」
「え……いや、その……」
フィンの表情が引きつる。
フィンは、祝福を持っていない。
貴族出身というだけで、本質はただの平民と変わりないのだ。
「フィンはちょっと変わってて、まだ祝福が発現していないのよ」
フィンが口ごもっていると、フィブリナが代わりに答えた。
「でも、そのうち発現すると思うわ。いつになるのかは分からないけどね」
「そうなんですか! そういう方もいるんですね!」
「ええ。こればっかりは、個人差があるから」
えっ、という顔を向けるフィンに、フィブリナが優しく微笑む。
どうやら、祝福を持っていないことは隠しておく方針のようだ。
本来、貴族は6~10歳の間に祝福が発現する。
例外は今のところ、一例も確認されていない。
「フィブリナ様は、どんな祝福を持っているんですか?」
「私は『傷の治癒』よ。ゆっくりとだけど、ちょっとした怪我なら治すことができるの」
フィブリナの祝福は『傷の治癒(E+)』。
傷口に手をかざすと、非常にゆっくりとだが、傷を治癒させることができる。
転んで擦りむいた程度の傷であれば、30分もあれば綺麗に治すことができるのだ。
「す、すごいですね! もしかして、この怪我も治せたりするんですかっ!?」
そう言って、ハミュンが自分の人差し指を見せる。
料理の際に切ってしまったのか、ぱっくりと小さな刃物傷ができていた。
「ええ、その程度なら。後で治してあげる。傷跡も残らないわよ」
「ありがとうございます! やっぱり、貴族様ってすごいんですね! メリル様は、どんな祝福をお持ちなのですか?」
「えっ、わ、私? 私は……」
ちらりと、メリルがフィンを見る。
メリルはフィンの前で祝福の話をするのを、極力避けていた。
もちろん、祝福を持たないフィンを気遣ってのことだ。
「……私は、『食料品質の向上』だよ。果物とかを美味しくしたり、古くなっちゃったパンとかを出来立てに戻す力なの」
メリルの祝福は『食料品質の向上(E+)』。
傷んだ食べ物を食べられる状態に戻したり、品質の劣る作物を高品質なものに作り変えることができる。
加工品であれば出来立ての鮮度に戻し、手の加えられていない収穫物であれば品質を向上させることができる能力だ。
できる量はごく少量で、一度にボウル1杯分程度のものを変えられるにすぎない。
完了するまで3時間近くかかるが、逆に時間さえかければ、どんな食べ物でも飲み物でも最高品質にまで向上させることができる。
「へええ、いろんな種類の祝福があるんですね! フィン様もどんな祝福が発現するのか楽しみですね!」
「う、うん。そうだね……」
そんな話をしながら村の中を進み、一軒の木造家屋にたどり着いた。
わりと小綺麗で、他の一軒家よりは大きな家だ。
後ろを付いてきていたアドラスが、フィンの隣に立つ。
「こんな家しか用意できず申し訳ないのですが、少しの間ここを使っていただければと……すぐに新しい家を建てますので」
申し訳なさそうに言うアドラス。
フィンは、いえいえ、と慌てて手を振った。
「いえ、十分です。急な申し出なのに、用意してくださってありがとうございます」
「……もしかして、ここって誰かが使ってた家だったりします?」
メリルが家の引き戸を開け、中を覗き込む。
中はつい最近まで誰かが住んでいたかのような雰囲気があった。
「はい、数日前まで私とハミュンが住んでいました」
「えっ? じゃあ、2人は今どこに住んでるんです?」
「それは……別の者の家を間借りして、そこに」
フィンたち3人がぎょっとした顔になる。
フィンたちのために、わざわざ家を空け渡してくれたのだ。
「そ、それはいくらなんでも悪いですよ。一応天幕も持ってきていますから、僕たちはしばらくはそこで……」
「えっ!? い、いえ、領主様にそんなご苦労を強いるわけには!」
「な、ならさ! 私たちもフィン様たちと一緒に、この家に住めばいいんじゃないかな!」
はいっ、とハミュンが手を上げる。
「な、なにを言ってるんだハミュン! そんな恐れ多いこと、できるわけないだろ! 失礼にも程があるぞ!」
「で、でも……」
ちら、とハミュンがフィンを見る。
その縋るような眼差しに、フィンも困ってフィブリナを見た。
「……そうね、じゃあ、そうさせてもらいましょうか」
「えっ!?」
「やった!」
驚くアドラスと、大喜びで万歳するハミュン。
やり取りを見ていたメリルも、仕方がないといったふうに苦笑した。
「うん、私もそれがいいと思う。アドラスさん、ハミュンちゃん、これからよろしくね」
「はいっ!」
こうして、フィンたちは村長たちと同じ屋根の下で生活することになったのだった。