第12話 貴族たるもの
「ああ、スノウ・レンデル氏のことか」
夕食時、フィンがさっそく『春の貴婦人』ついて尋ねると、オーランドはすぐに頷いた。
祝福や領内の事情に関する話をすることになるので、ハミュンをはじめとした村人たちは別室で食事中だ。
「今はフィリジット家に滞在しているはずだ。スノウ氏に会いたいのか?」
「はい。その人に協力してもらって、果物の品種改良をしようと思っています。エンゲリウムホイストで、果物の栽培をしたくて――」
先ほどメリルたちと話した内容を、フィンがオーランドとロッサに説明する。
トコロン家が独占販売している果物を自分たちでも栽培できるようにしよう、という計画だ。
「ふむ。彼女の祝福は確か『植物の成長促進(D+)』だったな。それで、あちこちの貴族の庭園に引っ張りだこらしいぞ」
オーランドの話に、ロッサが頷く。
「ああ、俺も聞いたことがある。あの祝福はかなり珍しいらしくて、同じ祝福を持ってる貴族は国内にはひとりもいないんだってな。それと、かなりの美人だって話だぞ」
「へえ、そうなんだ。何歳くらいの人なの?」
「20代後半らしい。旦那に先立たれた未亡人なんだってさ。いろんな貴族が言い寄ってるんだけど、まったく相手にされないんだとよ。どうだ、興味湧くだろ?」
ロッサが、にやりとした笑みをフィンに向ける。
「そ、そうだね。ていうか、ロッサ兄さん、よくそんなこと知ってるね」
「バカ、お前、貴族の間じゃ有名な話なんだぞ。お前が他の貴族と情報交換しなさすぎなんだよ」
「……フィブリナ姉さん、そうなの?」
話を振られたフィブリナが、フィンに苦笑を向ける。
「そうね、確かに有名な話かな……私はそういう噂話、あんまり好きじゃないのだけれど」
「フィン、スノウ氏に協力を仰ぐつもりなら、説得の仕方には注意したほうがいいぞ」
オーランドの言葉に、フィンが小首を傾げる。
「えっ、どういうことですか?」
「彼女の性格の問題だ。彼女は、話をして気に食わない相手の仕事はけっして受けないという話だからな」
「そうなんですか……気に食わない相手の特徴って、分かります?」
「金を積んであちこち引っ張りまわそうっていうやり方は絶対にダメらしい。逆に、金のない養護院とか一般市民からの依頼には、それこそ子供の駄賃くらいの金で引き受けるっていう話だ」
「なるほど、何となくわかりました。大丈夫です、上手く説得してみせますよ」
「そうか。フィリジット家には使いを出して、スノウ氏に少し時間を取らせてもらうよう頼んでおこう。いつ頃会いにいくつもりだ?」
「できれば、明日の朝にでも。はやく村に戻らないといけないので、あまり長くはこちらにいられませんし」
「む、なかなか急な話だな。わかった、伝えておこう。それと、フィリジット家の者の祝福は、これからフィンたちのやろうとしていることに合っているかもしれん。一緒に誘うか、検討してみてもいいかもしれないな」
「そうなんですか。どんな祝福を持ってるんです?」
「フィリジット家の者の大半の祝福は、水に対して作用するものだ。後でリストで確認してみろ」
「わかりました」
「それにしても、フィンにしてはずいぶんと思い切ったっていうか、過激なことを考えたなぁ」
料理を頬張りながら、ロッサが感心したように言う。
「えっ、そんなに過激かな?」
「過激も過激だろ。独占を突き崩すってことは、トコロン家と完全にことを構えようって話だろ? けっこうな騒動になると思うぞ」
ロッサの言い分に、オーランドも頷く。
「うむ。トコロン家は果物の独占販売で、国でも有数の金持ち貴族だからな。王家への上納金も桁外れだし、他の貴族たちへの発言力も絶大だ。独占が崩れるとなると、かなりの大事になるだろう」
「オーランド様は、この計画には反対なのですか?」
メリルが心配げにオーランドに尋ねる。
「いや、反対はしない。『貴族たるもの、女神様より授かった祝福の力を、国と民のために存分に使え』というのが国の方針だしな」
オーガスタ王国において、他者を虐げるような祝福の使い方をしない限りは、貴族は自らの持つ祝福の力を存分に使って財をなすことが奨励されている。
ただし、ただ金を集めるだけではなく、その利益を自らの領地に還元し、国の発展に尽力するというのが大前提だ。
トコロン家は果物の独占によって他国や他領から収益を得ており、その金を使って自らの領地の発展を推し進めている。
果物価格の高騰という、一般市民にとっては嬉しくない状況を招いているが、国の発展には大きく寄与しているので黙認されている状態だ。
「フィン、果物の栽培が成功したとしても、それにあぐらをかくような真似はするんじゃないぞ。常に謙虚さを忘れるな。必ずしも味方を作る必要はないが、敵を作ることだけは可能な限り避けろ。それが上手な生き方というものだ」
「はい、分かっています。大丈夫です」
「なあ、フィン。明日は俺も一緒に付いて行っていいか?」
横からロッサが口を挟む。
「いいけど、どうして?」
「春の貴婦人がどんな人なのか、会ってみたくてさ。どれほどの美人なのか、一目拝んでみたいんだ。わかるだろ?」
「そ、そっか……。うん、いいよ」
「おっ、ありがとな! 優しい弟を持てて、兄ちゃんは幸せだぞ!」
いひひ、とロッサが歯を見せて笑う。
「まったく、男ってやつは……」
「まあ、そういう生き物なのよ。気にしないことね」
そんな2人のやり取りを、メリルとフィブリナは呆れ顔で見るのだった。
***
翌日の朝。
フィンたちは街の中心街にある、フィリジット家へとやってきていた。
フィリジット邸はごく普通の一軒家といった外観で、周囲にある一般市民の家よりやや大きい、といった程度だ。
小綺麗な白壁を備えた2階建ての邸宅を、美しい花を咲かせた蔓植物の絡んだ柵がぐるっと囲んでいる。
「わあ、おしゃれなお家ですね!」
ぴょん、と馬車から飛び降り、ハミュンがフィリジット邸を見上げる。
どうしても付いてきたいというので、村人たちの中で彼女だけが一緒に来たのだ。
ハミュンは玄関扉の前に置かれた鉢を見て、驚いたように目を見開いた。
「あ! あの花、テュレットですよ! もう少し暖かくならないと咲かないお花です!」
「あら、本当ね。すごく綺麗に咲いてるわ」
「すごい……このお家、花だらけだよ!」
フィブリナとメリルも馬車を降り、背の低い柵の扉越しにハミュンと花を眺める。
扉の向こうにはいくつも植木鉢が置かれ、色とりどりの花が咲いていた。
どれもこれも、今の時期には咲かない花ばかりだ。
「おい、フィン」
フィンの隣に降り立ったロッサが、小声でフィンに話しかける。
「ん、どうしたの?」
「もし、春の貴婦人が噂どおりの美人だったらさ、俺にも少し話をさせてくれないか?」
「別にいいけど、何を話すの?」
「そりゃあ、登用の話を交えてさ。俺も一緒に手伝うから、みたいな話をするんだよ。第一印象ってのは大切だからさ、いい感じにしておきたいんだ」
「えっ、ロッサ兄さんも、エンゲリウムホイストに来てくれるの?」
驚くフィンに、ロッサは「いやいや」と手を振る。
「ちょこちょこ手伝いには行くつもりだけど、住み着くってのは勘弁だな。兄貴を手伝わないといけないし、正直、田舎暮らしは向いてないと思うし」
「そ、そう。じゃあ、手伝うっていうのはどういう意味?」
「ほら、俺の祝福って『腐敗』だろ? 植物の成長促進の祝福とは相性がいいと思うんだよ」
祝福によって植物の成長を促進させても、肥料がなければろくな成長は見込めない。
ロッサの言うとおり、肥料を作り出せる彼の祝福は、スノウの祝福とはかなり相性がいいだろう。
「品種改良でひたすら植物を成長させるとなると、肥料もたくさん必要になるだろ? まあ、元からいくらでも手伝うつもり――」
ロッサが言いかけた時、庭の方から、1人の女性が歩いてきた。
栗毛色の長い髪を三つ編みにした、とても柔らかな雰囲気の女性だ。
おっとりとした顔だちの、かなりの美人である。
「こんにちは。スノウ・レンデルと申します。ライサンダー家の方でしょうか?」
まるで鈴を転がすような美しい声で、女性――スノウが言う。
「はい。急な訪問になってしまい、申し訳ございません。僕はフィン・ライサンダー。こちらが兄のロッサです。本日は折り入ってご相談がありまして」
「承知しました。フィリジット家ご当主のモーガン様から、庭を使っていいと言われています。そちらでお話を聞かせてください」
スノウが門戸を開き、どうぞ、と皆を招く。
「ありがとうございます。……ロッサ兄さん? どうしたの?」
スノウを見つめたまま微動だにしないロッサに、フィンが怪訝な顔を向ける。
「え? あ、わ、悪い。行こうか」
ロッサが、はっとしたように答え、敷地へと足を踏み入れる。
フィンは小首を傾げながらも、その後に続くのだった。




