第11話 計画立案
数十分後。
とりあえずリストは置いておき、フィンたちは金策について改めて話し合っていた。
道中もあれこれ話してはいたのだが、思い付いた方策はそれほど多くはない。
「んー、やっぱり、手っ取り早くお金を稼ぐってなると、手段は限られちゃうなぁ」
方策が箇条書きにされたメモ紙を見ながら、フィンが唸る。
メリルが横から手を伸ばし、メモ紙を取った。
炭焼き、食料品の増産、建材生産などといった案が箇条書きにされている。
「やっぱり、一番手っ取り早いのは食料品の販売じゃない? 高品質化は私がいくらでもやるから、作物の生産量を増やすのに注力したらどうかな?」
「それが一番堅実で確実だろうね。そうしようか」
「村でも作ってて長持ちする作物は、ダト芋とパン麦かしら?」
フィブリナがハミュンを見る。
「はい、その2つなら長持ちですよ」
「備蓄はどれくらいあるの?」
「パン麦は食糧庫に40袋くらいあったと思います。ダト芋は畑にあるだけなので……ええと、村の皆で3カ月間は食べていけるくらいあります。いつも夏まで、お夕飯はお芋なんです」
ダト芋とは少し粘り気のある拳大の大きさにまで育つ芋で、見た目も味も地球の里芋と似ている農作物だ。
パン麦は名前の通り、パンに使われる麦である。
「そう……。あんまり売ると皆の食べる分が足りなくなっちゃうから、たくさん売るわけにはいかないわね」
「あ、ならさ! 高品質化したものを売ったお金で、質の悪いものをたくさん安値で仕入れて、それを私がまた高品質化して売ればいいんじゃない? 無限にお金が稼げるよ!」
いいこと思い付いた、といった顔でメリルが言う。
その様子に、フィンが苦笑した。
「まるで永久機関だね。でも、それをしちゃうと、あちこちから反感買うことになるよ。やらないほうがいいと思う」
フィンの意見に、フィブリナが同意して顔で頷く。
「ええ。私もそう思うわ。お金は稼げるかもしれないけど、敵を作ることになっちゃうから」
右から左に大量に品物を動かして全方位から大金を集めるような真似をしては、他の生産者から強い反感を買ってしまうに違いない。
貴族の中にはメリルと同じような祝福を持ち、品物を高品質化して売って生計を立てている者もいるにはいる。
だが『食料品質の向上』はなかなか珍しい祝福で、持っている者は非常に少ない。
隣の国には『食料品質の向上(C)』を持つ貴族がいるとフィンは聞いたことがあるが、荷馬車1台分の品物を高品質化するには十日ほどかかると聞いた記憶があった。
それほど、A+というのは規格外の力なのだ。
やりすぎると、経済のバランスを破壊して周りが敵だらけになりかねない。
下手をすれば、メリルやフィンが命を狙われることにすらなるかもしれない。
「そ、そっか……他の生産者のことも考えないといけないのね」
「うん。みんな生活がかかってるからね。だから、村で作ったものを高品質化して売るだけにとどめておいたほうがいいと思うんだ。値段も極端に安くして価格破壊みたいな真似はしないように注意する必要があるね」
「そっかー。いい案だと思ったんだけどな……あっ!」
「ん、どうしたの?」
何やら思い付いた様子のメリルに、フィンが小首を傾げる。
「確認だけど、新しく敵を作らなければいいわけだよね? 相手が元から敵なら、別に気にする必要はないのよね?」
「え? ま、まあ、そうだけど……元から敵って、何のこと言ってるの?」
まったく思い付かない様子にフィンに、メリルが「うふふ」と少し黒い笑みを浮かべる。
「ドランのやつよ。あいつのところが独占して作ってる果物を、大量に高品質化して転売すればいいんだわ!」
ドランの家、トコロン家は一部の果物の販売を独占している。
果物の種子を祝福の力で変異させて子孫を残せないようにしているため、買った果物から種を得て植えたとしても、芽がでることはほぼない。
稀に芽を出す物もあるが、それから実る果物は酷い奇形になってしまい、とてもではないが食べられたものではないのだ。
トコロン家はそうして完璧な独占状態を敷き、何百年もの間に莫大な財を築いてきた。
「ずっとフィンをいじめてきた奴だし、自分たちだけで独占するような奴らなら敵対したって構わないわ! とっちめてやるんだから!」
いい考えだ、と胸を張るメリル。
いじめ、と聞いてハミュンは「えっ」と小さく声を漏らした。
メリルがそれに気づき、慌てて自分の口を押さえる。
フィブリナが、やれやれ、といったようにため息をついた。
「メリル、そんなことをしたってトコロン家に私たちへの果物の販売を禁止されたらそこまでじゃない。どう考えても長続きしないし、トコロン家に目を付けられて、今度はこっちが嫌がらせを受けるわ」
「そ、そっか……ごめん」
しゅんとして、メリルが下を向く。
「……いや、メリル、それはいい考えだよ」
真剣な顔で言うフィンに、皆の視線が集まる。
「えっ? い、いい考えって、姉さんが言うように販売を禁止されちゃったら……」
「そうだね、それは困る。でも、僕たちも果物を作れるようになっちゃえば、関係ないよね?」
「……作れるように?」
メリルが怪訝な顔で小首を傾げる。
「フィン、何かいい案があるの?」
問いかけるフィブリナに、フィンがにやりとした笑みを向けた。
「うん、品種改良するんだ。トコロン家の独占を突き崩して、あっと言わせてやろう」
「「品種改良?」」
メリルとフィブリナの声が重なる。
「そう、品種改良。僕が前世で暮らしてた場所では『F1交配種』っていうものがあったんだけど――」
困惑顔の3人に、フィンが説明する。
地球で販売されている作物の種子は、そのほとんどがF1交配種である。
F1交配種とは、優れた発育速度と見た目、味、収穫量を得るために他の植物と交配した第一世代の種子である。
これは、雑種交配による第一世代には優性だけが現れ、劣性は現れないという性質を利用したものだ。
F1交配種から収穫した作物は見た目も味も均一なものができやすいため、農業にはなくてはならない存在となっている。
ただし、それらから収穫した種子を撒いて作物を作った場合、今度は劣勢の性質が強く出てしまうため、第一世代のような収穫はまったく見込めない。
「ええと……その性質を、トコロン家の果物にも応用しようってこと?」
「うん」
「フィンはそれ、できるの? その、研究とかしてさ」
「いや、僕は専門知識なんてゼロだし、化学的にどうこうみたいのはできないよ。祝福の力に頼ることになるね」
「なら、トコロン家みたいな祝福を持っている他の貴族を探すってことかしら?」
フィブリナがテーブル上のリストに目を向ける。
「そういう人がいれば一番手っ取り早いね。でも、他の祝福でも何とかなるかもしれないんだ」
「もう! もったいぶってないで、何をどうするのかさっさと言いなさいよ!」
メリルが業を煮やしてフィンの肩を揺さぶる。
「わ、分かったって! ええとね、トコロン家が売ってる果物の種って、撒いてもほとんど芽が出ないし、出てもできる実は奇形だったりするだろ?」
「そうよ。自分たちも栽培できたらって思って、今まで大勢試してみたらしいわ」
「そこだよ。奇形の実ができたら、その種を採って栽培するんだ。その中からそこそこマシな実を付けた果物からまた種を採って、同じことを繰り返すんだよ」
「……何度もそれを繰り返しているうちに、そのうちまともなものが採れ始めるってこと?」
フィブリナの言葉に、フィンが頷く。
「そのとおり。時間はかかるかもしれないけど、ずっと繰り返していればいつかきっとまともな果物が収穫できるようになるはずだよ」
品種改良には人為的に突然変異を発生させたり、交雑させたりといった方法があるが、求める品質のものをひたすら次の世代に繋げていくというのも品種改良手法のうちの1つだ。
これには数十年の時間をかけることもザラだが、この世界には祝福がある。
「ふーん……なら、それに会った祝福を持ってる人を探さないといけないわね」
「うん。リストを見て探してみよう」
「フィン、それならいい人がいるわ」
フィブリナに皆の視線が集まる。
「いい人?」
「ええ。『春の貴婦人』って言えば分かるかしら? この辺りだと、けっこう有名な人なんだけど」
「えっ? いや、聞いたことないけど……」
「春の貴婦人……ああ! あちこちの庭園に呼ばれて、花を咲かせて回ってる人ね!?」
なるほど、とメリルが頷く。
ハミュンは興味が湧いたのか、身を前に乗り出した。
「お花を咲かせることができる人がいるんですか!?」
「ええ、そうよ。季節に関係なく、どんな花でも咲かせることができるの。あちこちの貴族の庭園にひっぱりだこなんだから」
「わあ、すごいですね……お花を咲かせられるなんて、すごく素敵な祝福ですね!」
「ふふ、そうね。私もそう思うわ」
「……花を咲かせるってことは、成長促進系の祝福ってことか。もしそうだとしたら、僕たちのやろうとしてることにはぜひ必要な人材だね」
「でしょう? 先月くらいに、その人が近いうちにライサンドロスに来るって話を耳にしたことがあって。夕食の時にでも、オーランド様に聞いてみましょう」




