冬の蒼虎(3)
「艦長、ほんと荒れてますね」
〈ながと〉のCDC、戦術情報センターの中で副長がそう呆れる。
「荒れたくもなる。この命令書見たか? 呆れ返る。いまどき艦隊決戦を挑め、だとさ。我が海自もここまで知恵がなくなったとは。防大エリートが立案してこの程度か。でも仕方がない。命令されればそれを完遂するしかない。だが、護衛に数隻のイージス艦を連れてただ沖縄に向かえ、って。冷静に考えれば大和特攻と同じじゃないか。なんの違いがある? だめな歴史の再放送でしかない」
副長もそれに同意した。
「幸い2000人も乗員載せてるわけじゃないからまだいい。しかし、こんなのは統率の外道だ」
「戦闘護衛艦はなにをしている、って国会で議論になったからの出動ですものね」
「ああ。情けないよ」
日本海の鈍色の海面を、〈ながと〉の航跡が切り裂いていく。向かうは対馬海峡、そして沖縄である。
「韓国上空での航空戦は」
「散発的で大きな動きはありません」
電測員が答える。
「半島はどうやっても歴史上緩衝地帯になる。住んでる人間はたまったものではないが」
「それを選んだのは彼らですからね」
「自己責任、か」
「責任をとっただけまだマシかも知れません」
副長はそう言いながら動静盤を見つめている。
「まあな。でも責任をとったところで変えようがない、と思うと虚しくなる。虚しくてもやめるわけにはいかないのだが」
副長は思っていた。
そう、虚しいからといって諦めるのはプロではない。いくら虚しくても仕事を完遂するのがプロだ。
だが、それだったら、こういう戦争のプロではなく、何かを作るプロになりたかったなーー。
それはもうかなわない。しかもこの〈ながと〉には生還の見込みがぼやかされた任務航海である。これが最期……ならばせめて、なんのために、何を期待しての死なのか、それぐらいは説明してほしい。だが、」〈定遠〉を、中国海軍を何分間牽制することになるのかすらも命令書にもその資料にもないのだ。
「まあ、向こうも同じようなもんだろうけどな」
「中国海軍ですか」
「ああ。向こうもなんの意味でこうしてるかわからんだろう。いつも戦争にまともな意味なんてない」
「意味……」
「歴史を学んで、歴史から我々が何も学ばないってことを痛感するよ。向こうも結局は経済指標が少し上がるとかではじめちまった戦争だものな」
「くだらない理由ですけど、戦争っていつもそうですね。血が昇って手を出して」
「しかも気づいたらすでに誰も止められない」
「トラックナンバー7711、本艦に触接する敵哨戒機と思われる」
そこに電測員が報告する。
「目をつけられたか」
「対空戦闘配備は?」
副長は言うが、艦長は首を横に振った。
「まだそれには及ばない。向こうは少しでもこっちの集中力を削るためにやってくる。いちいちそれに配置変更してたら身が持たん」
「そうですね」
「竹島付近を通過します」
航海長がいう。
「結局韓国も守備隊を維持できなくて、かといって我が国も実効支配に行く余裕もなくなった。まさに領土問題は囲碁のコウだったな」
「手があいたら取りに行く。そのたびに石が浪費される」
「おれたちはその石だからな」
「艦長、それでもなぜ海自に?」
「親父が海自だった。それだけのことだ」
艦長はそう言うと、息を吐いた。〈ながと〉CDCのいくつものスクリーンには日本海の海図、そして朝鮮半島から四国までといったレーダー探知域だけではない範囲の飛行機や飛行物の表示が浮かんでいる。
「我が哨戒機より報告。戦艦〈定遠〉および空母〈山東〉らしき通信源を探知!」
すこしCDCの要員たちがどよめく。
「まだだ。欺瞞の可能性があるし、特定できてもまだ勝負は仕掛けられない。勝負は」
艦長の瞳が、海図表示盤を見る。
「おそらく対馬近海で、だろう。対馬要塞に支援を要請する」
対馬はすっかり要塞化され、民間人は全員退避している。朝鮮半島が政情不安になった直後にそれは実施された。
「対馬要塞より。『ワレ、現在強烈なクラッキングを受けつつあり』」
「狙いは向こうもか」
「あそこの地対艦ミサイルとソナー網は中国海軍にとっては脅威ですからね」
「この決戦の焦点は、対馬防衛にあるかもしれんな」
「対馬要塞が艦砲射撃で無力化されたら、日本海の安全が脅かされますね」
「なんで俺たちがそういうことまで考えるんだよ。市ヶ谷はこれも丸投げか」
「悲しくなりますね」
「ああ。だが、それでも俺たちは負ける訳にはいかない。くそ」