冬の蒼虎(2)
いつのまにか自衛隊で守るはずだった沖縄は中国の文化情報戦略にからめとられて中国の実効支配下に堕ちた。自衛隊を追い出したのは人民解放軍ではなく、その走狗となった沖縄マスコミとそれに同調する勢力、そして沖縄県庁であった。政治浸透戦術はとられると一見民主的プロセスでそうなったように見えるからタチが悪い。しかもその時に米軍は愚かな大統領のあとで力も知恵もなくこの太平洋防衛の要石であるはずの嘉手納を始めとする基地を放棄してしまった。そして日本政府はもっと愚かにも無策で放置していた北海道を共同開発の名のもとにロシアに奪われたのだ。その結果北海道新幹線は新青森で場合によってはパスポートチェックが必要になった。ここまで奪われても日本政府は戦争ではない、と言い張った。
息を吸うように嘘をつくこの政権のもと、自衛隊はそのまま装備を強化していった。それになんの意味があるのかを問うことを忘れたのも旧軍と同じである。悪夢に近い話だが、歴史は無情にも繰り返す。
狂った戦略、間違った政治の結果、日本は戦闘護衛艦としてこの〈ながと〉を建造した。造船技術が進んだ現在では、この甦った大艦巨砲の建造はそう難しくなかった。予算は日本経済が落ち込んでいたが世界経済はもっと落ち込んでいたのと、例によってまた経済統制で無理に確保していた。そして中国人民解放軍北洋艦隊には同じ発想で〈定遠〉型戦艦が配備されているのだ。
そして始まったこの長く陰惨な戦争と呼ばない戦争、『重大周辺事態』のなか、衝突が繰り返されていた。〈ながと〉もその衝突のために出動が下令されたのだ。その意味が不明であろうとも。
上空をゆくのはF-3戦闘機。F-35の次に空自が配備したこの戦闘機もまた、これまでの予想とは全く違っていた。世界経済の行き詰まり、経済循環の不全で起きた戦争は、ずっと否定されていた軍需産業の活発化を導いた。なにしろ戦争で人命とともに莫大な消費をするのだから嫌でも経済は再循環する。誰が望んだかはわからない。だがアメリカはいささかのスリルとともにまた世界の武器庫として、日中と欧露の対立の背後で大いに潤うことになった。日本も本土で戦争にならなければいいとしてせっせと兵器開発に励んだ。F-3も、計画中止になるかとおもわれたのに結局日米共同開発で完成した。だが、それで守るべき日本人はあまりにも少なくなっていた。戦闘機よりも少子高齢化対策を、といっても皆冷笑するだけだったが、日本の腐った政府はそうすべきことをわかっていたのに、その個人の強欲のために握りつぶした。その結果F-3はできたが、地方は滅び、外国人労働者の暴動に少数日本人が脅かされながらそれでも『日本すごい』を言い続けていた。日本人は自己欺瞞がここまで習性になってしまった。それでも戦闘機F-3の造形は皮肉に、あまりにも優雅優美な傑作機なのだった。
「皮肉、か」
〈ながと〉艦長・原1佐はそう言い捨てた。
「なんの皮肉だろうな。空母戦艦をそろえたら国そのものが実質滅んでいた、なんて」
離れていく舞鶴を囲む山々は再び要塞化され、対空砲座とミサイル発射機、そして射撃管制レーダーが並んでいる。そしてそこに至るJR福知山線は要塞への補給路線として防衛秘密指定され、鉄道マニアの撮影はすべて禁止となった。
「トワイライトエクスプレス瑞風が城崎に走ってきた頃が懐かしい。みなでその写真撮っていたのはまだマシだったとはね。今では鉄道の殆どは防衛秘密指定で撮影禁止だ。中国と何も変わらない。いや、中国よりも息の詰まりそうな統制経済と全体主義国家になってしまった」
艦長はそう嘆いた。
「今、瑞風はどこにいるんでしょうね。運転されなくなってしまいましたが」
「隠してるのさ。山のなかに。車両基地は空爆されてしまう可能性がある」
「先の大戦と同じですね」
「いずれこの戦争に負けたら、進駐軍が接収して使うかもしれん」
「最悪ですね」
「嘆いたところで変わりはしない。怒ったところで変わりはしない。そのトドのつまりがこれだもんな。丹鉄の〈くろまつ〉ですら疎開してる始末だ。結婚した頃にあれで嫁と食事したのが最後の思い出だからな」