マルチロール(4)
空母〈ずいかく〉で機体の再整備・兵装の再搭載を受けている間に大田原たちは食事を摂る。激しい空中戦でシェイクされた体での食事は辛い。せっかくのカツカレー、カリカリに揚がったロースカツと、空母の給食班が苦心して編み出したスパイスの効いた辛口ながら独特の味の深みのカレールウ。そして伝統の牛のスープで炊いたライス。かつてコンクールで優勝した素晴らしい味の〈ずいかく〉名物のカツカレーだった。
だが、それを少し食べてすぐ吐きそうになった。なんてことだ。でも仕方がないのだ。人間の体は今でも空中戦のために鍛えることはできてもそのために作られてはいないのだ。
それでも二人は口をすすいで残りを飲み込んだ。カレーは飲み物だという話があったが、このときはそれでいいと思った。
そしてすぐに発艦することになった。
夕闇迫る空母の藍色の飛行甲板の上に佇むブリッツ。その姿を見て、大田原はふしぎな落ち着きを感じていた。もうブリッツのコックピットは『勝手知ったる自分の家』のような感じだ。あれほど中途半端だと思っていたずんぐりになったこのマルチロール機をそう思っている自分に、彼は一瞬苦笑したくなった。食事を終え、少し心に余裕が戻ってきていた。
疲労で体がぼろぼろだったが、薬で抑える。というかこう言うときにつかう薬は一種の覚醒剤であり、昔から飛行隊で「ゴー・ドラッグ」と呼ばれている。だがそれで胃が荒れるので胃薬も飲む。こう体をドーピングで酷使してでも戦争には負けるわけには行かないのだ。戦争は、そして空中戦も断じてオリンピックでもなければスポーツでもない。
リニアカタパルトで射出されたブリッツ。
後方に空母が、そして危うく同士討ちするところだった味方巡洋艦が急激に遠ざかっていく。
そして進撃する。大気状態が悪くなってきた。機体は小さな乱流をなんども通過する。パワフルなこの時代の戦闘機でも乱流を完全に克服はできない。姿勢制御システムが高速で補正しても、である。地球の上で戦う以上、地球に勝つことはできないのだ。それは普段なら大空を職場にするロマンの一つでもあるのだが、今は不安を作ってしまう。開戦数日でここまで疲弊している。これがいつまでつづくのか。こんなのはそう長く続けられない。だが続いたら? その時は力尽き墜落の運命だろう。覚悟はずっとしていたが、この戦いで死ぬのに本望とは言い切れないのだ。ちなみに大田原はかつて結婚していたが、子供はいない。そして父母も早めに死んだ。残すものはもうない。その独特の寂しさを感じ胸が痛む夜もある。隊長はそれを気遣って再婚相手の話をすることもあるのだが、大田原はそういう気にはなれかった。一時でも暖かな家庭という夢をみられただけに、それが壊れた痛みがまだ彼を痛めつけていた。
「前方遠くに戦闘機!」
「ロングスピア(長射程空対空ミサイル)を使えるか?」
「使えます!」
「全弾撃ち込もう。向こうよりこっちは弾数が多い。撃ち負けることはない!」
「そうですね! 戦争は数です。距離よし、調定よし!」
竹崎がすぐに発射準備を整える。ほんとうに優秀な相棒だ。もともとエリートエンジニアだったのだが、何かの理由で同じ部隊に配属された。まだ若い彼がこの戦争で未来を閉ざされると思うと胸が締め付けられる。なんとか彼をこの大戦争でも生き残らせたい。そのためには自分が頑張るしかない。大田原は強くそう思うのだ。
「フォックスワン!」
再びミサイルが飛び出していく。
長距離での戦闘機との撃ち合いで、ブリッツは勝利した。戦闘機は3機には回避されたが1機を撃墜した。
「ナイスキル!」
まさにマルチロール機の真価発揮だった。
だが、燃料が心細くなってきた。
そのとき、ちょうど光学センサーに反応があった。
「空中給油機がいるな。給油を受けよう」
「そうですね」
フライングブームに接続され、給油が始まる。
給油機は旧式で、その窓の向こうで女性ブームオペレーターが手を降っているのが見える。太田原たちはそれに手で答える。
そして給油が終わった。
「グッドラック!」
その女性パイロットとの交信の直後、給油機が一瞬で大爆発した。その衝撃波でブリッツはもみくちゃに揺られる。
「なんだ!」
「アタックレーザーです!」
「どこから撃たれた! 敵はどこだ!」
「わかりません!」
一瞬頭が真っ白になった。なにが起きているんだ!?
それでも考える。
「メインレーダーを2秒だけ使おう!」
ブリッツの機体外皮に取り付けられたメインスマートスキンレーダーが強力な電波をビーム状に発射し、すばやく空をスキャンする。これで敵にこっちの存在を確実に知られた!
だが、成果はあった。
「レーダー探知! 識別、敵アーセナルバード打撃群です!」
アーセナルバードとは無人戦闘機を大量に搭載した巨人機、空中空母である。そしてそれを護衛するガンシップのレーザーによる狙撃で、給油機が、その女性パイロットと女性クルーがやられたのだ。
「無理だ。ここは逃げるぞ」
すぐに旋回に入る。
「だめです! 敵戦闘機に囲まれます!」
「フルスピードに入る」
「追いつかれます!」
ーーなんてことだ、エンジンの弱さをつかれたか!
心の中で叫んでいた。
ーーブリッツ、もうすこし頑張れ! もうすこしで振り切れるぞ!
「回避する!」
必死に逃げるのだが、そのとき妙な振動が起きた。
「くそ、なんだ!」
「レーザーにやられました! 右主翼が焼かれて損傷!」
これでブリッツのステルス能力は殆どなくなった。
「敵機ますます増えます!」
囲まれた。
ーーもうダメだ! このまま袋叩きだ!
「前方にアーセナルバード!」
回避機動の連続で迷走したブリッツに巨大な全翼機であるアーセナルバードが迫る。それを推進する二重反転スキュードプロペラの回転と、発進させている無人戦闘機すら見える近距離だ。その圧倒的な量感はまさしく絶望そのものだった。
「くそ、ここまできて!」