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マルチロール(3)

 結局、我が国と外国とで続いていた外交交渉は決裂することになった。そこまでの国際貿易圏の主導権争いだの、条約の複雑な関係のこじれだの、世界経済の落ち込みだの難民問題だの国民のナショナリズムの暴走だのをメディアは騒いでいたが、それは結局、だれがやってもどうにもならないことだった。大田原も竹崎も戦闘機搭乗員であり、国民の代表である政治家、シビリアンに命ぜられれば任務を遂行するだけである。戦争は政治の延長であるとはクラウゼヴィッツだっただろうか。

 そして完全な決裂の瞬間に開戦する、ゼロ・アワーに向けて、さまざまな準備が進んでいく。部隊の移動、物資の集積だけでなく、民間にもその影響が及ぶ。天気予報の発表が禁止されたり、夜間の外出が禁止されたり、通信が遮断されていく。戦争の暗い影がどんどん広がる。そしてはじめは冷静にと言っていた人々も、そのあまりの重苦しさに、もうとっとと始まってほしい、と思うのだった。それも戦争のいつものパターンだった。


 そしてついに開戦が最終的に決まった。交渉にあたっていた外務大臣はとうとう更迭され、次の外務大臣は交渉のテーブルを蹴って国民の喝采を浴びたのだった。その喝采でこれからどんな悲劇に陥るか、もう人々は考える余裕を失っていた。それが戦争へ雪崩を打って進む狂気そのものだった。

 大田原と竹崎はそれに従い、ブリッツで基地から離陸した。ここから空中で開戦のゼロ・アワーを迎えるのだ。

 普段の飛行任務より大地が遠くに感じられる。こんな発展した時代にこんな時代錯誤の大規模な戦争があるとは。人によれば人類が迎えたなかで3番目の大戦になりそうだという。情報化された兵器によってすぐ決着がつくなどと言われていたが、そんなのは無責任な『軍事評論家』の言葉に過ぎない。第1次世界大戦は機関銃で1週間で終わるとされ、第2次世界大戦は長距離爆撃機で数時間で終わるとされていたが、どちらもそんなことはなかった。ひたすら陰惨で残忍で酸鼻をきわめる殺戮がとんでもなくあちこちで行われたのだ。そのたびにもう繰り返さないと言っていたが、やっぱり繰り返すのだ。人類はそこで本当に度し難いのだが、それをいったところで何もならない。むしろこの戦いで行き詰まった経済が壊れることを喜ぶまでに人々は追いつまり、どうしようもない政治家を選び、どうしようもない政策の衝突となってその最後にこうなった。救いがたい。

 結局この戦いでは小型核兵器まで使われるかもしれない。なにしろ世界が終わるほどと言われた原発事故ですら人類は長い時間と努力でのり超えてしまった。それで核の戦術使用のためらいが弱まったのだ。一つ良くなれば二つ悪くなるようなこの世の地獄っぷりにはめまいがしそうだったが、今はそれも考えるときではない。

 離陸してから指示を受ける。

「AWACSより。貴機の前方の積雲の向こうに敵編隊がいる。会敵点まで誘導する。レーダーを封止して接近せよ」

「了解。誘導をお願いする」

 そして巨大な雲の塊の向こうがついに見えた。

「あっ!」

 予想以上の大編隊だった。空の果てまで敵機が延々と編隊を組んでいる。

 ーーこれは、負けたかもしれない!

 血が泡立つような不利を感じた。

 しかも。

「くそ、要撃管制が切れた!」

「なんてこった、AWACS01、02ショットダウン!」

 空中で戦闘機を指揮する戦術の要、AWACS機が早くも立て続けに2機も撃墜されたのだ。

「これでは戦術指揮を受けられません!」 

「いや、こっちも向こうのAWACSをキルしている!」

「なんてこった、全機独自の判断で戦うしかないです!」

 それが即興演奏ジャムセッションのような大空中戦の始まりだった。

 命令系統が混乱する中、各機体のクルーがそれぞれの機体で臨時に小さなチームを組み、それぞれに戦う。ある機はめったに使わないメインレーダーを最大出力で使って他の機に敵の位置を探知させ、それを別の機が守り、別の機がそれに従って進撃する。だがそれに向けてAWACSを葬った長射程対レーダーミサイルが次々と撃ち込まれて爆散させる。それでもその役目を誰かがしなければ更に不利になるのは明白で、必死に代わりの機がその役割を引き継ぐ。

 次々と美しく優雅な曲線の戦闘機がむごたらしく翼をもがれ、墜落していく。空でも戦場は戦場、悲惨なのは変わらない。

 そしてその後ろの空域でははるか上空のそれぞれの陣営のもつGPS衛星に向けての攻撃も行われている。そのはるか後方ではそれで消耗する衛星を補充するためのロケット打ち上げ基地が慌ただしく活動している。全面戦争とはそういうものだ。 

 そのなか、竹崎は気づいた。

「潜水艦が哨戒機に追われています! 潜水艦は哨戒機に全く抵抗できない!」

「わかった! 哨戒機を追っ払いにいくぞ!」

 ブリッツはフィヨルドに美しく海水が入り組む沿岸地方の上空を超え、外洋に出る。

 光学センサーが遥か彼方でゆうゆうと飛びながらソノブイを投下し味方潜水艦を探している敵哨戒機を探知する。まだミサイルとレーザーの射程外で、しかもレーダーを封止しているので敵機は気づかない。

「くそ、遠いな」

「哨戒機ですからね。哨戒機は足がめちゃくちゃ長い」

「だな」

「敵機を射程内に捉えるまで3分」

 2人で話しながら接近する。

「射程内まで15秒、10秒。クリアードアタック」

「スタンバイ!」

 レティクルの敵機を示す距離表示が射程外から、有効射程内に変わる。

「フォックスワン!」

 機体の兵装ドアが開き、翼を切り詰めたステルス機搭載用空対空ミサイルが放り出されて推進薬に点火、鮮やかな炎を引いて哨戒機に飛んでいく。

 哨戒機も自衛センサーでミサイルを探知し、すぐにフレアを発射しながら急回避に入る。だが、機体が大きく鈍重な哨戒機では間に合わない!

 優雅な旅客機改造の敵哨戒機の翼が折れ、煙を引いてきりもみしながら遠く下の海面に堕ちていく。敵のクルーは当然、脱出できなかったようだ。哨戒機には今どきにしてはクルーが多く乗っている。でも哨戒任務を完全に無人機には置き換えられないのだ。

 俺たちもいずれああなるかもーーそう大田原は思う。

「基地に一旦戻るしかないな」

「そうですね。基地からの誘導電波は生きてます」

「でも地上からの要撃管制も全滅か」

「こっちも敵も考えることは一緒ですよ。真っ先にそういう警戒管制を無力化する。移動式の管制レーダーも次々と食われていて、組織だった戦闘ができないのに個別の空中戦があちこちで起きています」

「これじゃ第1次大戦の複葉機時代に戻ったみたいじゃないか」

「ええ。こうなるとパイロットの能力だけが生死を分けますね」

 口数が多くなる。

 そのときだった。

「おい、あれは攻撃機だぞ! どこに向かってる!?」

 青い海面すれすれの低空を青い洋上迷彩に塗られた敵攻撃機編隊が見える。

「おそらく我が空母機動群です! 対艦ミサイルの飽和攻撃をする気ですね」

「させるか! データリンクが生きてるなら友軍機を集めよう」

「そうします!」

 敵攻撃機編隊に接近すると、彼らはスピードを上げる。だがマルチロール機のブリッツから重たい対艦ミサイルを満載したまま逃げ切ることはできない。

 彼らは無念だろうが、搭載した必殺の対艦ミサイルを投棄して逃げようとする。だが大田原はそれを更に追撃する。

 もう整然と対艦攻撃に飛んでいた敵編隊は散り散りになっている。そのうちの一機が不運にもミサイルの射撃必中域、リーサルコーンにブリッツをいれてしまった。即座にフォックスワンとコールし、操縦桿のボタンを押す。再びミサイルが吹き出し、その機を撃墜する。

 そして気づけばもう空域に他の機体はいなくなった。対艦攻撃に出動した敵攻撃機編隊を蹴散らすことに成功した。

「やったな。でも燃料がやばい。空母に着艦を申請しよう」

 ブリッツは空母発着艦機能を持っている。それもパイロットにかわって自動で難易度の高い着艦をさせるAIまで搭載されている。

 だが。

「くそ! 空母直衛の巡洋艦のレーダーにロックオンされます!」

「ばかな! SIF(敵味方識別装置)も機能しなくなってるのか! 勘弁してくれ!」

「艦隊防空司令にメッセージ! 『ワレ友軍機、撃ツナ』!」

「送ります!」

 しばらくして。

「ロックオン解除されました」

 深く息を吐く。

「ここで同士討ち(フレンドリーファイア)は勘弁してくれよ……」

「この混乱ではありえますけどね」

「ああ。たまらんな」

 自動着艦シーケンスに入ったブリッツに空母と、着艦失敗に備えて並走する駆逐艦の灰色のシルエットが迫ってきた。そして小さな海の一点だった空母が突然大きくなり、どんと主輪がその飛行甲板におち、アレスティング・ワイヤーとコンタクトした機体フックが急激に機体を減速させた。4本のワイヤーのうちに理想的な艦尾から2本めを引っ掛けてブリッツは飛行甲板上に静止した。大田原はそれを――俺よりうまいな、と思うのだった。


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