マルチロール(2)
試験飛行が始まった。高空を訓練空域から帰投するブリッツのコックピットで大田原は口にした。基地への帰投の操縦はAIが代わりに行っている。青い地平線の上をゆくブリッツ。帰投のために超音速巡航をしているのに音は静かだ。やはりエンジンとコックピットを離したF-221の設計の良さはずんぐりに変られてもスポイルされていないのかもしれない。
「まあ、どうということはないか……飛行特性は外部兵器搭載時もフラットで嫌な癖はないな。ただ……」
「ただ?」
飛行中、同じ機体の後席に乗る戦術航空士の竹崎1尉がいぶかる。彼は搭載機器のスペシャリストだが機体の操縦資格を持っていない。
「どうにも戦闘機としてのパワー不足を感じる。旋回性能でも余裕がない。攻撃機としては兵装の搭載能力が足りない。そして哨戒機としては航続性能がやや不足だな」
そう大田原はこの機体を評価する。
「全然ダメじゃないですか」
「ああ。結局はどうやっても駄作機だろうな」
大田原はため息を吐いた。
「だが、これを戦力化しないといけない」
「無理じゃないですか」
「ああ。こいつ作った連中が恨めしいよ。正直」
そこで大田原は息をもう一度吐いた。
「ただ、こいつ自身がこのままじゃ、あまりにも可哀相だ」
「ただの機体じゃないですか」
「今は俺たちには1機でも多くの機体が必要なんだ」
「そんな不利ですか? 我々は」
「戦争は数だっていうだろ」
「そうですけど」
竹崎は不満そうだ。
「正直、俺も同じ思いだがな」
*
そして、さまざまな改修が行われることになった。飛行姿勢制御システムや戦術情報システムのアップデート。大昔はそのために機内の装置を追加したり交換し、その配線を組み直す面倒で金のかかることをしていたのだが、今の第9世代機は物理的な変更がどうしても必要なもの以外は改良プログラムのインストールでほとんど対応できる。そして任務ごとの設定値をプロファイルとして管理し、訓練時のフィードバックを基地での駐機中にワイヤレスで基地の機体統合整備管理システムで受信して解析し、最適な設定値やアルゴリズムを算出してワイヤレスでインストールできる。
この性能向上プログラムは間近に迫った国際情勢に鑑み開始され、短期間にそのプロファイルを50作って遺伝的アルゴリズムを使って仕上げることになっていた。だがそのプロファイルの作り込みに案外時間がかかったし、そのプログラムを受注したベンダーとの会議はあまりにも低調だった。納入したシステムなんだからちゃんとやれよと言いたくなる大田原だったが、要するに納入したあとのこういう改修はメリットも金にもならないのでベンダーはやりたくなくて、辞める理由を探していたのが正直なところなのだろう。ましてこのブリッツは少数の生産でラインが閉じられることになったので、なおさらやりたくないのだ。
結局ベンダーはもう来なくなった。契約の一方的終了だった。会計監査が入る騒動にもなったのだが、彼らもまたこのプログラムに冷淡だった。
結果、プロファイルの作り込みは部隊内のエンジニアと大田原たちで行うことになった。プロファイルは結局30ぐらいしか作れないと思っていた。はじめの頃は習熟だけで手一杯だった。それが最終的に64も生成していた。もっとさまざまな先進的な要素も取り入れるとベンダーは言っていたが彼らはもう来ない。そして大田原は先進要素はなくても十分ではないかと思うようになっていた。いつのまにかエンジニアのこだわりが生まれていた。付け焼き刃の真似事エンジニアだったはずなのに。
そしてそんななか、このブリッツが、多くの駄作機と同じく、不運にもとりつかれているように思えて、正直不憫にすら感じるようになったのだった。