あの星を守れ(5)
通信で声が届くより前に、コクピットの戦術モニタ画面に発見した敵機が脅威度分析値とともに次々と現れた。まだ超長距離空対空ミサイルでも射程外の洋上を敵機が進撃している。この脅威度分析値は、卑近な例だが将棋対局ソフトの評価値に似たものだと言ってよい。空中戦とは速度と高度をやりとりするものといえる。速度がなければ敵ミサイルに食われる。しかし速度だけでは思うように旋回できない。特に高速度で急旋回したら人間も機体も壊れてしまう。そこでジェットコースターのように旋回では減速ではなく上昇を使って速度を位置エネルギーに転換する。そして再び降下すると位置エネルギーが再び速度に変換される。このエネルギーの変換で作る速度はエンジンのフルパワーに上乗せするので現代でも有効な方法である。そのために戦闘機は敵より高い空をゆくのが必勝のセオリーである。いかに長射程の高速ミサイルを装備しても、パワフルな超音速巡航能力をもつエンジンがあってもこのセオリーは揺るがない。
探知した目標に自動的にトラックナンバーが与えられ、そのうち脅威度の高い目標から排除するようにAIが提案する。まるでゲームのようなUIでそれが表示される。また無人機の手動操作のためのコントローラーはまるでゲームのものにそっくりなのだが、それでも戦争は本質的には断じてゲームではない。
そして全機、一般航空機より高高度から更に上昇しつつ、種子島に向かう敵機に接近していく。高高度からの発射はミサイルも逆落としで襲いかかって当たりやすい。一刻も早く敵機を阻止したいのはやまやまだが、しかしそれで焦って高度不十分の会敵したら取り逃がしロケット打ち上げを阻止される可能性があるのだ。
AWACSのレーダー探知情報が次々とモニタに追加される。はじめに探知した敵機より遠くで上昇中の敵機の群れが現れる。はじめの敵機はやはり囮役だった。一気に接近していたら上空からミサイルで狙い撃ちされるところだった。しかしただ上昇競争をしているわけにも行かないので数機が別れて降下しながら先行している敵機に向かう。
直後、一斉にモニタが騒がしくなった。多数の無人機を進出させる空中無人機母機、アーセナルバードが近づいてきたのだ。アーセナルバードは高度な電子戦能力も発揮するので厄介な相手である。すでに航空自衛隊はアーセナルバードとの対決で撃退されていた。中国は無人戦闘機の開発では日本よりも進んでいるのだ。空自の戦闘機はさらにそれぞれに対処すべく別れていく。
「おかしい」
つぶやく。たしかにおかしい。H-5打ち上げ防衛のために限定的ながら数的優位を作るはずだったのに、中国空軍にそれが上回られてしまいそうだ。彼らが数に勝るとはいえ、この打ち上げ時刻は彼らのローテーションの合間を狙ったはず。しかし……。
「情報が漏れている?」
「まあ、発進の様子はフェンスの外からいくらでも見られるからな」
「でも一斉発進はその対策で避けたはずですよ」
「ああ。空中給油でタイミングをずらしているはずだ」
「ビッグデータから分析できる? それよりも」
空中に嫌な空気がうまれた。
「仲間を疑うのはあとにしようぜ」
一人がそういった。
「そうだ。今はそれどころじゃない」
隊長がそうまとめた。
だが、嫌な空気は残った。
ただでさえ緊張する空中戦の前にそんな仲間への疑念を置かれたみなは、気分的に最悪だった。それが中国空軍の狙いだと思っても、意識したところでいやなものはいやなのだ。メンタルに重しをつけられた側は決して有利にはならない。メンタルを訓練されていても影響をゼロに近づけるのがやっとだ。それが人間の避け得ない性質である。
それを狙った中国空軍に向けて、空自パイロットが襲いかかる。一斉にとった高度優位から超超射程ミサイルを放つ。ミサイルというものは推力も旋回力も反応速度も戦闘機とは段違いなので、欺瞞手段を使うとしてもなかなか避けられるものではない。そして高高度から仰角を与えて発射したミサイルは通常よりも射程が伸びる。風に乗って位置エネルギーを運動エネルギーに転換したミサイルは無慈悲に敵戦闘機に襲いかかる。欺瞞手段としての曳航デコイもチャフフレアも、電波光波を組み合わせたミサイルのハイブリッドシーカーの眼を欺けない。上から逆落としに襲いかかるミサイルが次々と近接信管が働いて炸裂、弾片で敵機をずたずたに切り裂いて吹き飛ばし、叩き落とす。その高速の鋭い弾片は装甲していたとしても防げない。まして最近の戦闘機はキャノピーが防弾になっていないのだ。緊急脱出ができる射出座席ごと、パイロットが切り裂かれる。飛び散る血潮は遠い空中だから決して見えないのだが、その実態は空もまた多くの書物で『華やかな空中戦』と言われても、陰惨なのはかわりない。無人機も有人戦闘機も次々と落ちていく。まさに断末魔……。
だが中国空軍も果敢に撃ち返してくる。高度優位とはいえ、放たれた優秀な彼らのミサイルは空に駆け昇り、山なりの弾道の下りに空自の戦闘機を捉える。一般に射撃は打ち下ろすのに比べて打ち上げるほうが当たりにくい。それでも空自の戦闘機が2機、回避しきれずに撃墜される。それでさらにみな、メンタルが落ちていく。
空自の戦闘機がさらに応酬でミサイルを撃ち込む。それに無人僚機と呼ばれたQF-2が満載していたミサイルも続く。まるで空母相手の飽和攻撃のような苛烈さでその破壊がアーセナルバードに向かっていく。だがアーセナルバードが自衛レーザー砲でミサイルを撃つ。航空機に搭載したレーザーは出力が足りないのだが、敏感なミサイルの目、ハイブリッドシーカーを焼くには十分な出力なのだ。必殺のはずのミサイルが次々と外れて、遠くで虚しく自爆していく。