冬の蒼虎(6)
レールガンが数トンもある砲弾をライフルなみの高速度で打ち出す。質量×速度の物理エネルギーが〈定遠〉を狙う。
「敵艦発砲!」
「取舵!」
「敵艦変針!」
「弾着修正!」
報告と号令が飛び交うなか、〈定遠〉が炎に包まれる。
「1弾命中!」
やった、初弾命中だ! と思ったとき、〈ながと〉が強く揺さぶられる!
「2番主砲被弾!」
「損害は!」
「かすっただけです! 火災なし! しかし衝撃で立て付けに修正が必要です!」
「速射モードで砲撃継続! こっちの照準のほうが正確だ!」
「敵艦も速射開始!」
「撃ち負けるな!」
〈ながと〉と〈定遠〉は一騎打ちになった。支援に潜水艦や航空機が接近しようとしていたがそれをお互いの支援部隊が同じように阻止していた。そのエアポケットでこの時代錯誤な撃ち合いが続いた。
〈ながと〉も〈定遠〉も上部構造物に被弾したが、その命中弾は双方同じく軽量構造物を反対に撃ち抜いて穴を開けただけだった。そして砲塔、バイタルパートにも命中したが、それぞれ装甲が砲弾を弾いた。さらに接近してレールガン同士の直射になったが、それで上部構造物は撃ち抜けても砲塔は戦車の砲塔のように砲弾を弾き、バイタルパートの装甲は投影面積が小さいためになかなか当たらない。
距離がどんどん詰まっていく。互いのレールガンは連射で過熱していき、先に撃ち始めてた〈定遠〉が砲身を冷却するために砲撃を中断して逃げ始めた。〈ながと〉がそのチャンスに砲撃を続ける。そして一弾がついに〈定遠〉の舷側に命中した。しかし〈定遠〉はその破孔ごと舷側ユニット装甲を切り離し、速度低下を防ごうとする。艦艇の戦闘において行き足、速度を失うことは一番の悪夢だ。だからこそ〈ながと〉はそれを狙って〈定遠〉の舷側を狙い続け、〈定遠〉はそれを隠そうとしていたが、しかし〈ながと〉のしつこい追跡に意を決して真正面から突進してくる。戦闘機のヘッドオンのように艦首を向け合う二隻の巨大戦艦は、ついに衝突しそうになった。時代錯誤の砲撃戦はさらに時代錯誤な超接近戦になった。〈定遠〉のレールガンはまだ冷却が追いつかず撃てない。そして〈ながと〉のレールガンは撃てたが、しかし〈定遠〉の防御がそれ以上に頑丈で食い破れない。
そして最接近した両艦は、とうとう日露戦争の頃の戦艦のような艦首に角、衝角があれば互いを仕留められる距離にまで近づいた。ほぼゼロ距離で発砲できるチャンスだった。〈定遠〉はレールガンの砲身温度がさがったこのワンチャンスに賭けていたのだが、砲身は冷えていても薬室で装弾した砲弾が焼き付いていて砲撃不能だった。〈ながと〉は撃っていたが砲身の温度を管理しながらの砲撃で焼付きはなかった。だが、度重なる被弾の衝撃で砲塔の揚弾機が故障してやはり砲撃不能だった。
壮絶なこの撃ち合いで、両艦すべての主砲が使えなくなったうえにどちらも副砲のような近距離用武装は不要と考えていたために装備がなく、かわりにレーザー砲と機銃を互いに浴びせあったが、それは互いの装甲板には何も効かなかった。そして衝突しそうだがアボルダージュ、移乗攻撃をするには乗員が少なすぎた。
まるでドリフトするように衝突を回避した両艦は、そのまま突進して〈定遠〉は帰投の針路に、〈ながと〉は佐世保に退避する針路をとった。手のないままぶつかりあったらどちらも行き足を失い、潜水艦の魚雷と航空機の貫通爆弾の餌食になってしまうのだった。
それがこの対馬海戦の終わりであった。互いに二〇発以上の命中弾だったのだが、省力化設計のために戦死者も負傷者もなかった。
だが、激しい命中の衝撃と振動で、両艦搭載した機器がいくつも故障し使えなくなっていた。
よろめくように進む9万トンの〈ながと〉の前に現れた小さな50トン級のミサイル艇〈つばめ〉が送ってきた信号は、「ワレ貴艦を護衛誘導す」であった。あまりのそのアンバランスは滑稽だったのだが、〈ながと〉のみなはそれを笑う余裕もなく脱力していた。
「この海戦に意味があったんでしょうか」
〈ながと〉の故障機器だらけのCDCで、副長がその修理にへとへとの顔で言った。
艦長は答えた。
「多分、意味なんかないだろう」
だが、続けた。
「そこに意味がなくても、見出しちまうのが人間だし、プロだろうな」
そう言う艦長に、副長はうなずいた。
この時代錯誤の未来海戦は終わった。だが、列島分断事態という陰惨なこの未来戦争は、なおも続くのだった。
〈続く〉