冬の蒼虎(5)
「〈定遠〉は!」
「健在です!」
「そうか」
〈ながと〉は艦体をきしませながら驀進している。
「右舷対水上戦、主砲用意、目標〈定遠〉!」
「射距離まだ遠いです!」
砲術士がケーブルのついた拳銃のようなコントローラーを用意して言う。
「対艦ミサイル戦は?」
「する必要はない。向こうの対空レーザーの餌を増やすことはない。この戦いでは砲弾しか効かない」
「そうですね」
「取舵15度!」
「取舵!」
〈ながと〉が変針で傾斜する。艦艇は一般に速度を上げたほうが姿勢が安定して揺れない。だが、その最大速度で進路を変えると一気に姿勢を崩して大傾斜、最悪の場合は転覆する。とくにこの〈ながと〉はステルス化された上部構造物に重たい大型スマートスキンレーダーを高く積んでいるために重心がやや高い。しかも原子炉を搭載しているこの巨艦の転覆が恐ろしくないわけがない。それを自在に操る艦長の豪胆さにみなが息を呑む。
「射程内まであと距離20」
「〈定遠〉発砲!」
「面舵10度! 敵弾捜索!」
ジグザグに前進する〈ながと〉。
「敵弾探知!」
「対空レーザー自動モード!」
「自動モードよーそろ!」
レーザー砲がレーダと連動したAIの照準で落下してくる〈定遠〉の砲弾を探知し、狙い、焼き切ろうとする。
「標的、射程延伸弾射程内!」
だが艦長は発射を号令しない。
「艦長!」
「まだだ!」
「敵弾弾着!」
さっきの魚雷並みの巨大な水柱が上がる。敵弾が海面で炸裂したのだ。だが、その水柱はすべて〈ながと〉を大きく外れている。
「〈定遠〉再び発砲!」
「取舵10度!」
艦長は敵の発砲後に変針を命令している。このタイミングで変針することで、敵弾の弾道をかわしているのだ。もちろん敵も発射したあとの砲弾の弾道を修正することができるが、それでも物理エネルギーの大きな艦砲弾の弾着修正はそれほど楽ではない。それを利用して回避しているのだ。
「敵弾弾着!」
そのとき、衝撃波が〈ながと〉を襲った。食らったか!
「損害知らせ!」
「上部アンテナがなぎ倒されました!」
直撃寸前の敵弾をレーザーが焼いたのだが、その空中爆発が近かった!
「影響は!」
「戦闘継続に問題なし!」
「艦長、いつでも撃てます!」
砲術士が言う。〈ながと〉の誇る主砲・600ミリレールガンはまだ一回も敵艦に発砲していない。催促したくなるのも無理はない。
「まだだ」
艦長はそれを留める。
「敵艦発砲!」
「面舵10度!」
〈ながと〉が身を捩り傾斜しながら変針し、敵弾を回避する。だが、距離を詰めたことで着実に敵弾を回避する時間が減っている。しかも弾着が〈ながと〉を包み始めている。夾叉されかかっている! このままでは、やられる!
「敵弾弾着!」
その水柱に〈ながと〉が突っ込んでいく。壮絶な水音のなか、白い水柱から〈ながと〉はそのグレーの姿を見せる。
「敵艦への距離は?」
「距離2800!」
「2700で撃ち始める!」
「はい!」
砲術士が答える。だが、27000メートルはこのレールガン同士の撃ち合いでは近すぎる。かつてのドイツの列車砲は40キロ以上射程があった。米艦の127ミリ砲Mk.4mod4でも射程は37キロある。だが、27キロまで接近すれば初速の速いレールガン砲弾は回避しにくくなる。艦長はその必中を狙っている!
しかしそれは敵も同じなのだ。撃てるということは撃たれることだ。逃げ隠れのできない水上の砲撃戦とはそういうものだ。
「主砲よーい!」
〈ながと〉はその快速で〈定遠〉に接近する。とはいっても20キロ以上距離がある。東京-川崎間ほどの距離が間にあるので直接は見えない。UAV、ドローンを上空に飛ばして見ているのだ。
「テーッ!」
海軍では撃て、と丁度の丁を兼ねてこう号令していた。米海軍式にファイア、とかナウ! と言ったりもするのだが、砲術士の彼は帝国海軍式を好む。そして艦艇では艦長が絶対で、艦長が許せばこういう用語や、さらには自衛隊では禁止のはずの飲酒すら解禁されていたりする。
「弾着20秒前!」