No.50
No.50
「あ! デュオさま。朝早くからどこへ行ってたですぅ? 起こしに行ったら居なかったからビックリしたですよぉ」
庭で掃き掃除をしていたコリーが、家に帰ってきた俺を見つけると仕事の手を止めて、声を掛けてきた。
あれは俺が何も言わず突然居なくなった事への心配ではなく。『起こす』と言う作業をすることで、他の仕事をしなくて済んだのにと言う言葉の裏があるな。
「ボクも好きで居なくなったwーー」
「あーっ! デュオ! なんで鍛練サボってるの!」
事情を話そうとしたら今度はルー姉の声が。
しかもあの声は若干怒っている。
そしてルー姉の後ろからアル兄も現れ。
「デュオがいなかったから、僕がルージュ姉さんの相手をずっとやらされてたよ…」
…ごめん。それはほんとごめん。
「デュオは昨日余分に鍛練をしてるからね。今日の分は構わないんだよ」
二人の更に後からユーリ父さんも現れた。
ん? 昨日剣の鍛練なんか余分にやってか? ぐっ!? また頭が…。
「あらあら。みんな集まってなにしてるの?」
「どうやらデュオさまがお帰りになられたようです」
ノイッシュ母さんと。そのノイッシュ母さんに追随するシェルティまで現れ。
「…こんなに集まってどうかしたんですかい?」
「コリー。なにをサボって要るんですか?」
「さ、サボってないですよぉ!? デュオさまをお出迎えしてただけですぅ!」
さらに倉庫から食材を取って戻ってきたのだろう。バルガスとそれを手伝っているテリアまで現れた。
うちの家族が大集合じゃないか!?
いや、まあ…自分の家なのだから、家族が一同に介することは不自然じゃないが。どこか作為的なものを感じるな…。
「すまねぇな嬢ちゃん。ちぃと、俺の都合で坊主を借りちまってよ」
「そうなの? でもしょうがないわね。なんたってデュオは便利だから」
「そうだな! あまりにも便利すぎて一緒に冒険を組みたいくらいだ。がっはっはっはっ!」
「いくらお客様でもそれはダメよ。デュオは将来私の従者になるんだから」
「嬢ちゃんは魔法騎士を目指すのか!? 勇ましいな! がっはっはっはっ!」
「あ、あの、ボルドスさんはすごい冒険者だとお聞きしたんですが」
「兄ちゃん坊主か。俺の冒険話が聞きたいって言うんだろう。俺のは物語のような面白い話にはならないぞ。そう言うのは坊主ところの両親n「「ボルドス!!」」っと、いけねぇ口がすべった。まあ、それでも構わないか?」
「はい! ぜんぜん!」
「それならボルドスの話をみんなで聞きましょうか。シェルティ」
「はい奥さま。今日は日が暖かいので、お庭の方でよろしいでしょうか?」
「ええ。お願いね」
「かしこまりました」
ペコリとお辞儀をしてその場を離れていくシェルティ。
ユーリ父さん。ノイッシュ母さん。ルー姉。アル兄。ポルドスが庭の方へと向かっていく。
コリーは仕事をサボりたいけど、サボったら怒られるだろうなと、嫌々なながらが出てる感じで再び掃除を始める。
バルガスは食材を持って調理場へと向かっていく。
…………うん。別に良いんだよ、ボルドスの昔話をみんなで聞くのは、俺も頼んでるし。でもね。それでも何かしら言うべき事はないだろうか。
なにをかって? 地文でも触れてないからわからない人達にはわからないことだろうけど。俺、いやボルドスは収穫祭で肉を振る舞いたいからと言う心意気から森に入り。狩りをしてきたんだよ。
そんでその戦果? この場合はこれでいいのか? それが俺の後ろに積み上げてある。
それを見て何かしらないの? 別に自慢したいわけでも、リアクション芸人のような反応しろとは言わないよ。だけど普通の人が見ても、これを無視していくのはどうかと思うよ。
日頃から常識がないとか。非常識の塊だとか言われてる俺だって、見逃さないよこれは。もうね、みんなの常識をちょっと疑っちゃうレベルだよ、ホント。
「……あのう、デュオ様」
「ん? なにテリア? ああ朝御飯だったら【収納箱】の中に入れてあった携帯食でとりあえず済ませたかrーー」
「いえ。それでしたらデュオ様が外へとお出掛けになったと知った時点で、デュオ様の分の朝食はコリーが召し上がってしまいました」
コリィィイイイ!! お前なに人のメシ食ってんだあ!?
コリーはテリアの声が聞こえたんだろう。美味しくいただきました。ゴチですぅ。と言うような笑顔を向けていた。
それはけっして使用人が家の者に向けていい笑顔ではなかった。
携帯食を食べたんだから別にいいだろう? じゃあ聞くが。レンジでチンじゃない。人が自分のために作ってくれた温かいご飯と。旨くもないけど不味くもない。栄養補助食品みたいなのが目の前に置かれていたら、どっちに手を出すよ? わかる? そう言う話だよこれは! 場合によっては戦争も辞さないレベルだぞ!
「こちらもデュオ様ならご自分でどうにかされると思っていましたので、止めずに…」
その妙な信頼が今は痛い。俺だって出来るなら温かいご飯がいい。携帯食は味気ないから。
「…申し訳ございません」
「ボクも急に連れ去られていたんだからいいよ。……コリーにはあとでなんかしとくから」
「なんでですぅ!?」
当たり前だろう。自分がやられた時だってネチネチと言ってくるだろうが!
「それだけ?」
報復の方法はあとで考えるとして、それより先にこの後ろの山をどう処理するか考えないといけないからな。
「いえ、その事ではなく。その、後ろのモノはいったい…」
テリアが恐る恐る。触れてはいけないものを触れるような感じで、俺の後ろにある山を指差した。
その瞬間俺の目には涙が浮かんでいた。
「テリアだけだよぉ! この異常な数の魔猪を見て、きちんと異常だと思って言える家族は!」
「…他の方達も思ってはいたかと思われますが…」
「思っていても言葉にするのが普通でしょう! それなのになに!? こんな小山ができるほどの数の魔猪を見ても何も言わないって! これ普通の数!? 違うよね!?」
去っていこうとする家族に「アンタら異常だよ」。そう言う言葉を投げ掛けたら。全員から「普段の自分の行い鑑みろよ」と、この反応は俺のせいだと言わんばかりの目を向けてきた。
「言っとくけどボクのせいじゃないよ!? ボルドスが「これじゃまだ足りねぇだろう」とか言って、探させたんだからね!」
今回俺のせいじゃないよと訴えるが、皆の目は懐疑的だ。そこにボルドスからの言葉があった。
「おお! 言った言った! 一匹じゃもの足りねぇだろうって確かに言ったな! がっはっはっはっ!」
「ねえ。今回ボクのせいじゃないから」
ボルドスの言葉にルー姉とアル兄はまだ懐疑的だったが、ユーリ父さん。ノイッシュ母さん。シェルティ。そしてバルガスは「あ、こいつも関わってたな」と言う。別の意味で納得した表情を見せていた。
しかしボルドスの言葉はこれだけに留まらなかった。
「いやぁあまりにもデュオの探索魔法、だったか? 精度が凄くてな。何しろ魔猪は群れを成すやつだからな。それを一匹だけのを見つけるもんだから、最初は偶然じゃないかと、で、もう一回試してもらったんだ。そうしたらドンピシャでまた一匹だ。これは本物だと思ったな。魔法ってやつはこう言う使い方もあるんだなと驚かされたもんだ。俺が知る魔法はドッカンドッカンと、辺りを爆発させたり、炸裂させたり、ぶっ壊したりと。見た目も威力も派手なものばかりだったからな」
…あーそうだね。俺の知る魔法の使い手(誰とは言いませんよ)。は、そんな感じだね。教える時には必ず庭先が戦場跡地のようになるから。
んで、その誰かさんは「そんな物騒な人もいるのねぇ」と言う顔をしていた。
「そんな魔法ばっかりしか知らなかったからな。デュオに他にこの状況で役立ちそうな魔法はあるかと尋ねてみたんだ。しばらく考え込んでから思い付いたのか、魔猪を見つけに行って。あれは挑発か? 魔猪の直ぐ近くに小さい規模で爆発する魔法を撃ち込んだんだよ。そんなことをすれば魔猪は怒って襲いに来るわな。そんでどうしたかって言えば、魔猪が頭から地面に突っ込んだと思ったら、バチッバチッて稲光が走って、空気がざわついたら魔猪の首が切れてそこから血が吹き出る。んでその血が生き物のように動きながら空中でデカイ玉になってたんだよ」
うんうん。まあ頼まれたからやってみたんだが以外と上手く要った方法だった。
何やったかと言えば、先ず挑発と誘導を兼ねた『火の系統』。火属性魔法【爆破】を魔猪の足下に爆発させた。
それでこちらに向かってくる魔猪に対してその進路方向上に『土の系統』。土属性魔法【土壁】を引っ掛かると足元を掬われるから、じゃあ跨いで越えて行こうと言うくらいの大きさの障害物を設置。
まあ俺としてはこれに引っ掛かるか足止めできれば良し。出来なくとも次弾のモノで仕留められれば良しと言う思いもあった。
そして魔猪は引っ掛からず飛び越えるように跨いだ。
これはこのあと何匹か試したが、同じような結果になったので、もしかしたら生態的な習性があったのかもしれない。まあそれはどうでも良い話しか。
で、飛び越えた先には土属性魔法【落穴】の罠。その穴の中へ頭から見事に突っ込んでくれた。
あまりの見事なハマりっぷりに呆気に取られたけど。放っておけば脱出される可能性もあるので、即座に『雷の系統』。雷属性魔法【電気】で感電させ麻痺させる。
次に『風の系統』。【小風の刃】を使い。魔猪の頸動脈付近を軽く切断。
血が吹き出たところで『空の系統』。空属性魔法【制御】を用いて血流操作みたいなことを行い血抜きをやった。
罪もない魔猪に悪いが【落穴】に落ちた時の痛みと【電気】の痛み以外はなるべく感じずに、死なせることができたと思う。
血抜きが終われば『水の系統』。水属性魔法【氷結】を使い。魔猪の体温を下げて、と言うところだ。
ちなみに。これらの魔法は、【氷結】以外は全て初級魔法に部類する魔法なので、火、土、水、空の系統持ちが居れば同じ事がやれるはずだぞ。
ん? それでこの山のような魔猪はどうしてなったかと? だから言ってるだろ。ボルドスが足りないと言って探させーー
「二、三度やってもう良いかと思ったんだが。デュオのやつが「もうちょっと効率良く」とか。「こうすればもっとスムーズに行けるんじゃ」とか言い出してな」
お、おい!? ボルドス! ちょ、ちょっとストップ! もうそれ以上話さんで良いから!!
「さすがに俺も捕りすぎじゃないかって言ったんだが、デュオの奴がもう少しでコツが掴めそうって言うんでな。そのままやらせてた。いやあ本当にデュオが欲しいくらいの手際だったな。がっはっはっはっ!」
……ボルドス。もう、黙ろうか。
家族みんなからの疑惑の視線が外れてたのに、「やっぱりお前のせいじゃないか」と言う再びの視線と溜め息を吐かれた。
ちょっと良い訳をさせてほしい。確かにやり過ぎた感はある。しかし効率良く。安全に狩を行えるようにするためには、数多くの実験と検証は必要不可欠。その為のデータ取りを行っていたんだ。うん。だからーーーすいません。反省してます。
「デュオがやってしまうのはいつもの事として。どうするんだい? これだけの数。村で消費するにしても数年分くらいの量だよ」
ユーリ父さんいつもの事とか言わないで。結構グサッと来るから。
うーん。それを考えようとしていたんだけど。毛皮や骨は、まあなんとでもなるかな。でも肉はなぁ…。冷凍にでもすれば持つだろうけど。これだけの量を貯蔵する場所を作るのは、出来るな。うん。大きな冷凍庫を作るとしたら。あれと、あれは必要だな。それからーーー
「…デュオ。とりあえず今考えている以外の方法で解決しなさい…」
解せぬ。これが一番良い解決法だと言うのに。
ユーリ父さんがダメだと言う以上は他に何か案はないかなと考えていると。この問題を解決できそうな手頃な人が現れてくれた。
「デュオさん! デュオさん! デュオ、ってなんッスかこれはぁあああ!?」
どっかから走ってきたフォッボスさんは、山のような魔猪を見て。芸人みたいな驚き方をして腰を抜かしていた。
うん。これはこれでなんか嘘臭い感じがするけど。フォッボスさんのあれは素だからな。まっ、うちの家族みたいに無視されるよりは良いか。
「フォッボスさんこんにちは。どうしたの慌てて?」
「どうした? じゃないッスよ! 一体なんなんッスか!? この数の魔猪は!?」
「これ? 朝早くボルドスに引き連れれて」
「あ、なんかスゲェ理解したッス。デュオさんとボルドスさんが一緒になって暴れたってことッスね」
それは誉めてんのか? それとも貶してるのか?
あ、ちょうど良いや。魔猪の肉をフォッボスさんに押し付けよ。
「ねえねえ、フォッボスさん。頼みがあるんだけど」
「魔猪のことッスよね」
「話が早くて助かるよ。で、どう? 買ってかない?」
「収穫祭を見たら帰るだけッスから、商品が得られるのはありがたいッス。でもこんなには買ってはいけなッスよ。精々一匹分ッスね」
「そこはアレを提供するよ」
「あれ?」
おや? 察しの良いフォッボスさんが珍しく小首を傾げたな。
だがすぐに『アレ』が何なのか理解すると驚愕した顔で。
「あれ? ッ!? アレって、アレのことッスか!?」
「そう、アレだよ。欲しいでしょう?」
「欲しいッス! 欲しいッスけど…あれはまだデュオさんがダメだって」
「売り物として出すのはまだダメかなって思ってるだけで、モノとしては八割以上完成してるよ。今回は"売る"って言うよりは"貸す"って感じかな?」
「どう言うことッスか?」
「村で試して貰ったりとか、うちの万能メイドさんに問題点の洗い出しとかして貰ったけど。やっぱりまだまだデータは欲しいからね。売り出す前に色んな人に試して貰いたいんだよ」
「うーん、つまり自分、実験台ッスか?」
「そこまでの言葉じゃないけど。ボクとしては色々な人の、色々な視点が欲しいんだよ。そうすることでもっとその物の品質を高められるから」
「危険はないッスよね?」
「大丈夫大丈夫。突然爆発したりとかはしないよ。せいぜい魔石切れで中の物が飛び出して来るくらいかな」
「…それはそれで、まったく安心できないッス…」
アレだのなんだのと、分からない人も要るかもしれないので、一応説明しておくと。アレと言うのは【収納箱】の魔道具の事だ。
携帯出来るサイズのモノは幾度も試しているが、流石に大型サイズのモノはまだ試していない。
大きくするだけで問題はないはずたが。まあ、今回は渡りに船と言う形で、フォッボスさんに協力して貰うと同時に。村では出来ない長期移動時での使い心地等を調べたいと思っている。
「なるほどッス。じゃあその袋を貸して貰えるってことッスか?」
「これだと袋口の大きさの物しか容れられないから、大きな箱形にしようと思うんだ」
「え!? そんなおっきいの自分の荷馬車に載せられないッスよ!?」
「そこはわかってるよ。だからこうして、こうして、ここをこうするでしょう」
「えっ!? なにこれ!? デュオさんこれもう荷馬車じゃないッスよ!? 車輪がついた箱ッスよ! 馬が引く部分すらないッス!」
「牽引する部分? あっそっか。馬も大事な財産だものね。置いていっちゃ可哀想か」
「…その言い方だと馬、要らないッスか。この馬車…?」
いけないいけない。馬の事をすっかり忘れてた。
そうするとここの部分を付け足して、んー、これだとリアカーぽいな。
フォッボスさんの荷馬車の改造案を考えているところで、調理場へ行った筈のバルガスがまた戻ってきて、忘れかけていたことを思い出させてくれた。
「坊っちゃん。お話し中失礼しますが、あれ。いつまで放っておくつもりですかい?」
「え? ああ、そうだった。バルガス頼める?」
「…坊っちゃん。流石に俺でもあの数を一人で捌けって言うのは、無茶がありますよ…」
まあ、確かに。一匹でも数人で解体するのに数十匹はあるからな。しゃあない。荷馬車の魔改造、もとい。改造案はこっちを終わらせてからするか。
「じゃあボクがサクッと終わらせるから。フォッボスさんお肉どうする? 加工する? 冷凍する?」
「…自分、デュオさんの言ってることが理解できないッス」
またか。たまにあるな、俺が言った言葉が分からないと言う切り返しが。そんなに難しく言っているつもりはないんだが…?
「何がわからないの?」
「色々あるッスけど…。この量の魔猪をサクッと終わらせるって、数十人がかりでやっても数日は掛かるッスよ。それに加工。それだってどれだけ掛かるか。なにより冷凍ってなんッス!? 肉を氷付けにしてどうするッスか!?」
「うーん、ひとつ目の質問はそう言う魔法を作ったから。二つ目の質問はそう言う魔法を作ったから。三つ目の質問はそう言う魔法を使うと幾分か長持ちするから」
「ぜんぜん説明になってないッス!?」
詳しく説明してもいいけど、また分からないとか切り返されるくらいなら見せた方が早いか。
「まあ、とりあえず見ててよ」
ちょっと手間な魔法だからな。いつものような無詠唱な魔法とはいかない。俺も気合い入れてやらないと。
……ふぅ…よし。先ずは体内で魔力を循環させ。一時的に魔力量を増幅させる。
人の持つ総魔力量と言うのは訓練次第で増やすことは可能らしいが、それでも限界量と言うのはあるらし。
イメージ的にはカップの縁を継ぎ足すことは可能だが、足し過ぎれば崩れると言う感じだな。
次に扱う魔法の術式文の構築行程をイメージしていく。より鮮明に。より正確に、魔法を構築出来るように。
これをするのとしないとでは魔法構築の出来が違ってくる。要は作業前に行う行程を確認する作業だ。
増幅させた魔力が一定の量を越えたら、術式文を唱えながら魔力を精密に操り。術式の構築を開始する。
「『魔力よ。集まりて形をなせ…」
今の俺はアデルばあちゃんからの指導によって、より複雑な複合魔法の構築も可能となった。その魔法構築も今や上級クラスの魔法に匹敵する出来だぞ。
ただ流石に上級クラスに匹敵する魔法を無詠唱でとは往かない。
なので魔力を繊細に操作し詠唱をすることで、その術式の構築を正確に魔法として作り上げていく。
「…な、なんッスか!? 何が起こってるんッスか!?」
フォッボスさんは目の前で魔力が、魔法として作り上がっていく様子に狼狽していた。
「『其は夢幻の想像を形作るもの。其は無限に創造を造り上げていくもの。其は幾千幾万の知識と技巧を持つ。幾多の造り手たちの夢と希望を詰めた工房…』」
術式文の監修はアデルばあちゃんなので、自分で言っていて背中が痒くなる部分もあるが、この文だと魔法構築が楽になるからなんとも言えん。
そして長い術式文の最後の仕上げ。魔法を発動させる為の最後の魔法名を唱える。
「『築き上がれ。【不思議で不思議な工房】』」
魔法名を唱えることで、魔力は魔法として完全に形作られる。そして構築され現れたのは十メートル四方の巨大な箱。俺はその箱に手を触れ。
「『作業開始』」
更なる起動ワードを唱えることで、包装された紐が解かれるようにか。もしくは某有名なブロックのオモチャのように組み変わっていくかのように、箱が今やりたい作業に適した形へと変わっていく。
新たに変わった箱の姿を一言で表すなら、『機械化工場』だろう。と、言ってもベルトコンベアやロボットアームの様なものがあるだけで、自動化でもなんでもなく操作し動かすのは俺だけどな。
まあ、半自動化みたいなことは出来るけど、それでも俺が動かしていることには代わりはないので、やはり自動化とは程遠い。
ロボットアームが動き。いつの間にか地面に下ろされている魔猪の一匹をつまみ上げ。コンベアへと載せる。ゆっくりと流れていき。魔猪の姿を覆い隠せるくらいの箱の中へと消えていき。出てくる頃には丸裸にされた魔猪が出てくる。
「はあ!? なんでッスか!? なんで箱に入っただけでつるんつるんで出てくるんッスか!?」
「あの中は熱湯になってて、その中で毛皮を剥いでるんだよ。さあ次々いくよ」
ロボットアームが次々と魔猪を吊り上げコンベアへ載せていき。同じように丸裸にされた魔猪が出来上がっていき。更にその先で解体されていくその様子を見ていたフォッボスさんは。
「……自分、今なにを見せられてるんッスか……」
とても信じられない。不思議な現象を見せられている人のように呟いていた。
「フォッボス…。お前はまだロッソストラーダ家の、デュオ坊っちゃんのアレっぷりを理解してなかったな」
「…バルガスさん。自分ナメてたッス。ロッソストラーダ家の、デュオさんのアレっぷりを」
おい、お前ら。なんだ人のことをアレとか。文句あるなら自分達でやるか?
失礼な物言いをする二人を他所に、【不思議で不思議な工房】は休まずに魔猪を肉へと加工していく。
「…なんかあそこ、煙出てるッスけど。大丈夫ッスか?」
「あれは燻製室だから大丈夫だよ」
いつの間にかバルガスは自分の仕事に戻り。俺とフォッボスさん二人となったあと。
「デュオさま」
「シェルティ? どうしたの?」
シェルティがやって来た。何の用だろう振り向かずに聞き返すと。
「ボルドスさまが燻製が出来上がったら、少し頂きたいと」
「お土産で? フォッボスさんいい?」
「え? 自分は構わないッスよ。タダでいただけるようなもんッスから」
「いえ。今すぐ食したいと言うことです。それとフォッボスさま。そちらもきちんと取引致しますのでタダではありませんよ」
シェルティのその返しにフォッボスさんが「…シェルティさんが相手だと尻尾の毛までムシリ取られていく気分ッス…」と、なんか嘆いていた。
きちんとした取引なんだからそこまで悲観することはないと思うんだが。それよりはボルドスに燻製作るって言ったけ? もしかしてこの煙で? …まさかな。
「ベーコンはもう少しかかると思うけど。ソーセージならそろそろじゃないかな? ちょっと待ってて」
まあ、ボルドスは味とかそう言うのにこだわり無さそうだから、問題はないかもしれないが。
しばらく待つと燻製室から幾つかのソーセージが流れ出てくる。それをロボットアームでつまみ上げると。
「こちらへお願い致します」
いつの間にかシェルティが大皿を持って待機していた。
何処から出したんだよ。空属性を持ってるわけでもないのに。と言うツッコミを入れるところだが、相手はシェルティだからな。そう言うもんだと思うしかない。
受け取ったシェルティは頭を下げると。速やかにボルドスの下にだろう。向かっていった。
「…デュオさん。あの透明な容器なんスッが、自分の目が確かならあれは…」
「うん。ガラスだね。食べ物が腐る原因のひとつは空気に触れることみたいだから、空気になるべく触れない様にするにはってことで、ガラスにしてみたよ」
俺もよく理屈は知らんのだが、物が腐るのは酸素に触れるのが原因だと言うのを聞いたことがある。だから空気が触れにくいだろうガラス瓶で作る。
だが本当はもっとちゃんとしたもので作りたい。真空パックとかそう言うやつを。でも現状じゃどうあっても作れないし。作れたら作れたで誰からかなんか言われそうだしな。ジレンマだ。
「そうッス! ガラスで思い出したッス! あれはなんッスか!? なんなんッスかデュオさん!」
「いや、いきなりあれとか言われてもわかんないよ…」
それでわかるのは余程察しの良い人だけだぞ。残念だが俺はそこまで察しはよくない。
「ガラスッスよ! 全部ガラスで出来てた家のことッス!」
「ああ! ガラスハウスのことね。うん。実験のために作ったよ」
本当はビニールハウスを作りたかったのだが、ビニールの着手にはいけなかった。で、代わりにガラスで温室を再現してみた。
作った理由としては温室栽培が目的だな。トトカトは南に近い地域とは言え冬場はそれでも寒いことは寒い…。その上収穫祭後はトトカトの畑は休耕期に入るので、冬の間は畑では何も作らない。
そして来年の春頃まで備蓄された食料で過ごしていくのだ。
しかしこれだと結構ギリギリの食生活となる。
事実ルー姉が生まれる前は結構な人が餓死や凍死したなんて話を聞いたことがある。
そこで冬場でも少しでも作物が収穫や温かく過ごすことが出来ないかと考えていたら、その解決策のひとつに、温室へと行き当たったと言うことだ。
試みは今年からなので、ぜひ成功して貰いたいところではあるのだが。成功したとしても村全体に行き渡るほどの量を作っていないと言うのがある。なにしろあくまでも実験用なので。
「ハァ、ホント次から次へと考え付くッスね。じゃあ、あのガラスハウスもこの魔法で作ったんッスか?」
「今は出来るようになったよ」
「今は? その前は出来なかったってことッスか?」
「そう。この魔法にはちょっと欠点があってね」
そのいち。俺のような全属性持ちでないと駄目な点。
本来俺が考案した複合魔法は、その属性を持っていなくとも、代わりに他の人が持っていれば、その人とタイミングを合わせて魔法を扱えば一人で複合魔法を行使するのと同じ現象を起こすことは可能となる技術だ。
しかし今回使った【不思議で不思議な工房】は、全部の属性を繊細な操作のもと行使する魔法。
その為、ちょっとしたズレでも魔法が発動しない。もしくは暴走する危険と言う問題があると言う点。
そのに。これはそのいちにも関わりを持つ事柄なのだが。【不思議で不思議な工房】は思い描いたものをなんでもかんでも作れる魔法ではない、と言うこと。
魔法を行使する術者が一度でも作る品物を始めから最後まで作り上げたか。もしくはきちんとその品物の構造や製法を理解していれば、作ったことがなくとも【不思議で不思議な工房】で作ることは可能となる。
故に複数人で【不思議で不思議な工房】を行使できたとしても、それぞれの作る知識が片寄っていれば、出来上がってくる品物が同じ品物であるとは限らない。もしくは作ることが出来ないことになる。
そのさん。例えすべての条件を満たしていたとしても、無から有は作り出されない。
当たり前なことだが、材料がなければ品物は作れないと言うことだ。
だから地球での技術知識があったとしても、この世界にそれと同じものがなければ作ることは出来ないと言うことだ。
「と、言ったところかな」
「いやそれでもすごいッスよ。デュオさんが作れるものなら作れるんッスから。今度材料持ってくるんでデュオさんにお願いしたいッスよ」
「…言っとくけど、違法なものはやらないよ」
「当たり前ッスよ!? 自分をなんだと思ってるッスか!?」
「合法ならお金次第でなんでも調達してくれる商人と謳い文句を言うわりには、もう何度もうちに来てるのに、いまだに調達してきてくれない口だけの人?」
「ぐはッス!?」
俺がそう言うとフォッボスさんは胸に痛みを受けたとように押さえつけ、少しふらつく。
「…たしかに自分はデュオさんからの依頼された、和国にあると言うショウユとミソをまだ入手出来てないッス。だけどそれにはわけがあるッス。自分和国の商人とは縁も伝もないッス。今その縁と伝を作ってるところッス」
「お土産買ってきてぐらいの話だったんだけど…。え? そこまで難しい仕入れだったの?」
大航海時代前の胡椒とかそう言うレベルの入手難易度だったのか? もしそうなら無理して手にいれなくても、バルガスと二人気長に味噌と醤油作ってるからと言うか。
「個人的に買う分にはさほど手間じゃないんッスよ。向こうも商売人ッスから。だけど商売人対商売人のやり取りとなると生き馬の目を抜く戦いッスよ」
ん? いま普通に買って来る分には問題ないと言わなかったか?
「…もしかして、もうボクが頼んだ品物は手にいれてる?」
「あ、それはないッス。さっきも言ったように商売人でなければ売ってくれてたはずッス。だけど始めから自分は商売人で、おたくのところと交易したいから話させてくれないッスか言ってるッス。いやぁ、大変だったッスよ。互いに良い条件でやりtーー」
「フォッボスさん。和国にある米って言う穀物追加ね。もちろんフォッボスさんのお金で」
「なんでッスかッ!?」
「当たり前でしょう! お客の要望応える前に自分の欲望満たそうとしてるんだから。その償いは然るべきものだよ」
商売人として利益を求めたいと言うのはわからん話でもないが、客を無視するのは往かん。
「違うんッスよ!? 自分はーー」
「デュオさま。ご歓談中申し訳ありません」
なにやらフォッボスさんが言い掛けたとき、またシェルティが大皿を持って声を掛けてきた。
ご歓談ではないのだが。シェルティのその姿を見て、何の用かを察した。
「あれじゃ足りなかった?」
「はい。それともっとお腹に溜まるものが欲しいとも」
「今やってるのは解体と薫製だけだよ。きちんとしたものが欲しいなら、ボクじゃなくてバルガスに言って欲しいんだけど…」
「デュオさまが料理もお出来になると耳にしたボルドスさまが、デュオさまに作って貰いたいと仰っていまして…」
俺は料理人じゃなくて作り手なんだがな。しかし腹に溜まるもの? 何かあるかな…肉、肉、肉、ステーキじゃ駄目かな?
「この作業が終わったら作ってみるよ。とりあえずはこのベーコンで我慢してて言っといて」
「わかりました、お願い致します。それとフォッボスさま。デュオさまが仰られたように、お客さまの要望に応えたのであれば、商売をするものとして、その責任を果たさなければならないと思われます。また商品の遅延があるならば、その旨をきちんとお客さまに伝えることも当然の義務かと」
シェルティに言われ。更に項垂れるフォッボスさん。
「……ぐうの音も出ないッス」
これで反省してもらい。次に来た時には要望のものをーーー
「いつもお世話になってるデュオさんのためにと、和国一と評判の品物を得ようと頑張っていたッスけど」
なん、だと……!?
「お客さんを待たせ過ぎるのはやっぱダメッスよね。わかったッス。今度来る時には別の店からミソとショウユとコメって言うのをーーー」
「フォッボスさん。追加で和国ある調味料もね」
「自分何かまた何かやらかしたッスか!? って言うかそんなに持ってかれたら赤字ッスよ!?」
「…フッ。ボクとフォッボスさんの仲じゃないか。きちんとした適正値段で買い取るよ。勿論フォッボスさんの言う和国一さんのお店のものなら言い値にプラスして【収納箱】の魔道具をプレゼントするよ」
「デュオさん…!?」
いま魔法を使っているから抱き合うことはできないが。俺達の友情は固く結び直されていた。
そんな俺達の様子をたまたま通りかかっていたテリアが「後でどうなるかわかっていながら、本人たちがそれで良いなら…」と、不穏な言葉と憐憫な目をしていたそうな。
そしてその後は解体作業と薫製が終わらせた俺は、バルガスの下へと行き。ボルドスの為に肉料理を作る。
その時に毎度お馴染みのキッチン番組みたいなノリをみんなの前で披露したら。ボルドスが大笑い。
笑われたバルガスは怒ってボルドスとケンカ。仲裁に入ったシェルティに喧嘩両成敗でノックアウトさせられ。俺ひとりで作る羽目になる。その時作った料理はハンバーグだった。味とかはまあ好評だった。
それとその時にユーリ父さんにプラントドラゴンの話を聞いた。
おっと、いまのいままで忘れてたわけじゃないぞ。話題に上がることがなくて後回しにしていただけだ。
で、そのプラントドラゴンの話だけど。
「プラントドラゴンの種かい? 勿論きちんと見つけ出して処理したよ。でないとまた大騒ぎになるからね」
と、言うことで。ボルドスの行った発言はまったくの不発に終わっていたと言うことだ。
まったく人騒がせな発言しやがって。
こんなところが今日起きた出来事かな?
「あ、そうだ。デュオさんに聞きたいことがあったの忘れてたッス」
「え? ガラスハウスのことじゃなくて?」
「それも聞きたいことのひとつだったッス。じゃなくて、あれなんなんッスか!? 村の外れにあった和国の城みたいなーー」
おっと、そこまでだ! それ以上はネタバレになる。
「フォッボスさんそれの正体が知りたかったら、収穫祭まで待ってよ」
「収穫祭になんかあるッスか?」
「そいつは見てのお楽しみってやつだね」
と言うわけで、次回ようやく収穫祭だ!