No.15
No.15
夏到来間近。
その前にトトカト村に長い雨が降り続けていた。
「……今日も雨だね」
窓からザァーザァーと降りしきる雨を眺めている。
「ほんとですねぇ。お洗濯が乾かなくて大変ですぅ」
「いやボクがこうやって魔法で乾かしてるじゃん」
一緒に外を眺めていたメイドのコリーが、この時期は嫌になると言うように言うので、思わず突っ込んだ。
雨で洗濯物が乾かないからと、俺のところにやって来たコリーが、魔法で乾かして貰えないかと頼み込んできたのだ。
一応シェルティには許可を得ていると言うので、まあこちらも雨ですることがないので良いかと思ってやっているのだが。そんな言い分だと、今すぐこの魔法を止めても言いんだよって目をすると。
「えへへ。デュオさまのお陰で雨の日でもお洗濯が乾くから楽ですぅ」
煽てて「今後も頼りにしてますぅ」と、言ってきた。
まったく調子がいい奴……。
さて、ここ最近ザーム牧師から魔具師に必要な知識の勉強を教えて貰っているが、こう雨が続いているので、トトカト村に出向くのも危険と言われ、最近はお休みしている。
そうして雨が続くと言うことは外にも出れないと言うことで、暇を持て余す人が家にはかなり居るのである。
「……ハァ、退屈ね」
テープルにうつ伏せながら盛大なため息を吐くのはルー姉。
ここの所の雨のせいで剣術の訓練すら出来ていないでいた。
「あら退屈ならお勉強する?」
「勉強は嫌。体、動かしたい」
ノイッシ母さんに勉強するかと聞かれれば間髪入れずに答える。
そこまで勉強嫌いかと言いたいが、まあ気持ち的には分からなくもない。
俺も子供時分は勉強は嫌いな方だったからな。大人になって勉強の必要性が理解できた。
その事を今のルー姉に言ったところで理解されるとは思わないので黙っておく。と言うより、俺はルー姉と目を合わせようともしない。
それどころかなるべく気配を消して、じっと背景に溶け込んでいる。
そうでもしておかないと、いつルー姉の無茶難題がこっちに来るか分かったものではないからだ。
俺が外を見ているのも、そんなルー姉と目を合わせないためである。因みにアル兄は要領よく本を読みに書庫へと逃げ込んだ。ずるい兄だと思う。こんな可愛い弟見捨てて行くなんて。
「……もう大丈夫かな」
部屋の一角で空中を洗濯物がぐるぐると回っている。
その中からもうそろそろ良いだろうと、一枚の洗濯物を掴み乾燥しているかどうかを確認する。
始めの内は部屋で洗濯物が飛び回っているのにみんな驚いていたのに、誰も見向きしなくなったな。これが慣れか。
長雨が降りだしてからやり出したことだが、始めの時はノイッシュ母さんも。
「デュオそれどうやっているの? ママにも教えて」
と言って来たので教えたのだが。
「うっ、くぅ、こ、これ、魔力制御が難し過ぎない……」
「そんなことないと思うけど」
「中級魔法レベルの魔法制御よこれ」
『乾燥魔法』に必要なのは二つの属性魔法だ。
しかもこの複合に必要なのは初級の基礎魔法。それがいくらなんでも中級魔法レベルになるのはおかしいんじゃないかと言ったんだが。
「そもそも二つの異なる魔法を使うと言うのが無いわ。デュオは一人で出来なければ二人でやれば良いって言うけど、余程呼吸の合った者じゃないとまともに魔法を発動させることも出来ないわよ。この『複合魔法』と言のは」
それでもそんなことを言っていたノイッシュ母さんも、その日の内に二つの属性を組み合わせた『複合魔法』を使いこなしていたから、練習あるのみじゃないかなと思う。要は慣れだ。慣れ。
「はい。洗濯物は乾いたよ」
確認したら洗濯物は完全に乾いていたので【遠手】を使い全てを畳む。
「ありがとうございますぅデュオさま」
「ボクも持って行ってあげるよ」
抱えるように洗濯物を持つコリー。一人で持つのは大変だろう? と言う意味を込めてコリーに提案する。
「いえ大丈夫ですよぉ。これくらい持っていけますぅ」
「いやいやいや。コリーじゃあ途中で落としそうだからね。ほら、半分貸して」
ええいこのアホタレ子め! 体よく俺がこの場から離脱したいと言うのに断るな!
下手に用もないのにこの場から退室するより。用が有って退室した方が、ルー姉の無茶難題が飛んでくる筈がないからだ。
それなのにコリーはこれ以上俺に迷惑かけられないと空気を読まない発言ばかりする。
そのお陰で。
「ーーーデュオ。暇よ」
ほら来たよ……。
洗濯物の乾燥をしていたからこちらに声を掛けてこなかったようで、それが終われば必然的に俺が暇と判断して声を掛けてきたようだ。
これがありそうだから洗濯物を持つと言ったのに……。
声を掛けられたのにあまり放っておくと不機嫌になる。
しかし俺としてはルー姉の無茶難題を聞きたくはないと言う思いがあった。
それ故だろう。俺の顔は物凄い嫌そうな顔をしてルー姉の方を見たらしく。
「なにその顔は? デュオ、今暇になったでしょう」
ルー姉の声のトーンがひとつ下がり。机をトントンと指で弾いている。
ヤバい。ルー姉のイラつき度が上がった。
さっきまでのルー姉のイラつき度が三とするなら。今の俺の顔を見て四に引き上がった。
因みにルー姉のイラつき度は十段階。六を越えると話し合いに出る場合があるので要注意だ。
「なにかな? ルー姉。ボクはコリーの手伝いをするんだけど……」
最後の抵抗をして見るが。
「それはコリーの仕事でしょう。デュオの仕事は終わったでしょう。だから私の相手をしなさい」
「…………はい」
指のトントンが速くなっている。あれはイラつき度が五になった証だ。ここで下手な行動をとるのは命取りだ。
俺は嫌々ではあるがルー姉の側に行き。
「…………何でしょうか?」
「面白いことしなさい」
…………ねえ、いきなり面白いことしろとか無茶ぶりが過ぎると思うのだけれども。前ふりがないでそう言うお願いは、お笑い芸人さんでも戸惑うと思うよ。
面白いことと言われてもぱっと直ぐに思い付かない。
助けを求めるようにノイッシュ母さんの方を見るが、息子が何をしてくれるんだろうと期待の目を見せていた。
……ダメだ。この人も暇をもて余している人だ……。
コリーはと見るも、既にコリーは部屋を出てしていた。
他に誰か来ることを期待するもユーリ父さんは事務処理をしているらしく来ることはない。
シェルティもそんな父さんを支援しているために来ることはないだろう。
テリアはコリーの代わりに各部屋の掃除をしている。用がない限りはここに来ることもない。
バルガスは食事の準備中。やはり来ることはない。
くっ……孤立無援か……!
俺がどうにか出来ないかと考えている間にルー姉の指トントンが加速していく。
ヤバイ……本格的にイライラしてきている。
早く対処しなければと俺は考えた末、変顔をして見せる。
「……………なにそれ」
「……面白い顔です」
ルー姉は冷めた目をしてそう突っ込んできた。
「……次、面白いことしなかったらデュオで遊ぶわ」
こわっ!? 俺で遊ぶって何されるんだよ!?
「いきなり面白いことしろって言われても困るよ!」
具体的な案を出してくれと言うと。
「外でおもいっきり体を動かしたいわ。何とかしなさい」
「……ごめんなさい。ムリです」
何この人言ってんの。天候をどうにかしろとか。
気象予報士が泣くよ。農家の人とかは喜ばれるかもしれないけど。
天候以外であれば魔法を使えば何とか出来る可能性はあるが、そんな七面倒くさい事はしたくない。なので断りを入れたら。
「じゃあ屋敷の中で体を動かしても怒られないようにしなさい」
「筋トレでもしたら」
「……そう、じゃあデュオを使って筋トレをするわ」
「すいませんごめんなさいやめてください。今考えます」
もう理不尽だよこの姉……誰かたすけて……。
ルー姉の無茶ぶりに頭を悩ませた俺は【収納箱】に仕舞ってある物の中から何かないかと探ってみる。
体を動かすと言われてもな。しかも部屋の中で、何がある?
知的ゲーム的なものなら直ぐに思い付くが、体を動かすと言うのだと、部屋の広さや調度品等があるため、慎重に選ばなくてはいけない。
例えルー姉が壊しても怒られるのは俺になる可能性があるからだ。
「早くしなさい」
「もうちょっと待ってよ」
少しイライラは収まったが、要求を撤回することはなく。更に催促してくる。
ノイッシュ母さんに至っては「魔道具とかないかしら?」とか言ってる始末。
今の俺には魔道具の所持はザーム牧師から認められていない。持っていたら分解して構造を自分で調べようとするからだ。
だからノイッシュ母さんが期待するようなものなんか在る筈がない。ので期待はしないでもらいたい。
俺は考えた末。木材と糸を取りだし。それらを加工した。
「はい。出来たよ」
「なにこれ? 武器?」
武器ちゃう! これを武器にしたらアカン! 遊び道具だ!
俺が作り出したのは、ケンダマだ。
ルー姉に遊び方を教え。やらせてみる。
「……体を動かしているって感じは、あまりしないわね。次は?」
「それで満足は?」
「しないわよ。ほら早く」
俺は頼めばなんでも望みを叶えてくれる、青いタヌキとかじゃないよ。無茶も大概にしてくれよ……。
と、言っても聞いてくれる人ではないので次を作る。
次も木材を加工したもの。
「なにこの輪っか?」
「フープです。その輪の中に体を入れて。腰で回すようにする。体を動かしながら腰の引き締め効果が期待できる遊び道具です」
「デュオ! それ本当!? ちょっとルージュ。それママに貸して!」
ダイエット効果が期待できるかもと言ったら、ノイッシュ母さんが途端にやる気を出した。
異世界だろうとも世の女性はダイエットと言う言葉に魅力を感じるのだろう。
「……はい。ノイッシュ母さん」
ルー姉がフープを貸すのを渋っていたのでもう一個追加で作ってノイッシュ母さんに渡す。
「ちょっ、ママぶつかる!」
「この服だとちょっと動きづらいわね」
「「デュオ!」」
はいはい。まったくこの親娘は……。
部屋の広さは『拡張魔法』でなんとかなるが、常に魔力を使ってなくてはいけない上に、今の俺ではそれほど長くの時間は広くしておけない。
だから部屋の中の物を【収納箱】の中に収納する。
うっぷっ……気持ちわり……。
物を収納すると圧迫されている感じがするので、余り物を多く【収納箱】に収納したくない。
この辺りはいつか『複合魔法』でどうにかしたいと考えている。
部屋が広くなったことでのびのびとフープを回すルー姉。
ノイッシュ母さんの方は動きやすい服に着替えてきたらと言うと、部屋を出ていった。
きっとドレスタイプからズボンタイプの服に着替えてくるのだろう。
これで俺はもうお役御免で良いかと尋ねたら。
「もう少しなんかないの?」
まだ望んできた。もう勘弁してくれと言いたい。
もう考えるのが段々と億劫になってきたので縄を一本渡す。
「縄? これでなにするの?」
「それの両端を持って。手首で回すようにして縄が足元に来たら飛ぶ。それを繰り返す」
縄跳びです。
「楽しいのそれ?」
「やり方次第ではこう言うことも出来る」
俺は見本で二重飛び。三重飛び。交差飛びと披露をする。
そしてルー姉に出来るかと顔で訴えると。
「デュオに出来て私に出来ない筈ないわ。見てなさい」
「おお! すごいすごい! 今度は高速回転で足を交互に飛ばす」
「こうね!」
大袈裟に驚き拍手を送る。
そしてこれは難しいぞと言うようにルー姉を誘導する。
今ルー姉がやっているのは、ボクサーが縄跳びで高速回転で跳び跳ねている感じのやつだ
「うふふ。これは動いている気になるわ!」
そりゃあようござんした。じゃああっしはこれで失礼します。
「あらデュオどこ行くの?」
機嫌が良くなったルー姉を放って部屋を出ようとしたが、着替えてきたノイッシュ母さんに捕まって部屋に戻された。
……もう解放してほしい。
その後も何かないかと言われるが早々思い付くことなどない。頭を使うものなら在ると言うと、ルー姉が途端に嫌そうな顔をする。
「まあ取り合えず見てみてよ」
作ったのはリバーシ。
「これをどうするの?」
「縦横斜めで同じ色のものを違う色のもので挟むようにして、ひっくり返す。最終的に自分の色の数が多い方が勝ちって言う遊具」
取り合えずやって見せる。まずはルー姉から。
「ここに置けば色が変わるのね」
「そうそう。ひっくり返して自分の色にする。置き終わったら今度はボクの番。そうやって交互に置いていくんだよ」
「ふふん。これなら簡単ね。デュオなんかに負けないわ!」
はいはい。接待プレイを心がけますよ。
ーーー五分後。
「ぐぅううう……ここね!」
「そこに置いてもひっくり返らないでしょう」
「もうダメねルージュは、ほらここよ。ここに置くの」
「ママは黙ってて! じゃあここ!」
「はいどうぞ」
「ううっ……置ける場所がないじゃない!」
弱ぇ。弱すぎる。わざと取れるように置いてるのにそれを回避するかのような置き方。
逆にルー姉にわざとやっているの? と聞きたくなるほどの弱さだ。
「あれ? みんな何してるの?」
あ、裏切り者の一人。アル兄にやって来た。
きっとほとぼりが冷めただろうとかで来たのだろう。
ちょうど良い。アル兄に変わってもらうとしよう
「新しい遊戯番で遊んでるんだよ。アル兄ボクの代わりにルー姉とやってくれる? ボクはノイッシュ母さんのためにもうひとつ作らなくちゃいけなそうだから」
「え? ああうん。良いけど。ルールとかは?」
「私が教えるわ。ほら来ないさいアル」
俺では勝てないと踏んだルー姉は、ルールも知らぬアル兄なら勝てると思ったようだ。
人の事は言えないが外道だなルー姉も。
「うんわかったよ。どうするの?」
「まずはこうやって色違いの四つのコインを置いてーーー」
よしよし。やり始めたな。じゃあ俺はこれで失礼してーーー。
「あらどこへ行くのデュオ? ママにもうひとつ作ってくれるんじゃないの?」
「えッ? いや、ほら材料がそろそろ無くなりそうだから補充をしに」
「あそこに出してある分じゃ足りないの?」
ジーザス! 俺のバカ! 木材そのまま出しっぱなしにしてるじゃないか!
「……お手洗いへ行ってきていいですか?」
「帰ってこなかったら、ママ探しにいくわよ」
ダメだ。イライラしてる時のルー姉のプレッシャーにそっくりだ。これでバックレたらあとで何されるかわかったもんじゃない!
「……作りますんで少々お待ちください」
「ええ、ちゃんと待っているから作ってね」
普段ぽやっとしてるのにこう言う時だけおっかない! くそッ! 似た者親娘めッ!
俺は逃げる事も出来ず。せっせともうひとつのオセロの番とコインを作る。
ハァ、俺の安らぎはどこにあるんだろう?
次回の更新は12月30日となります。