第二章 その3 "レッツ武器ガチャ"
よろしくお願い致します。
一生に一回限定ガチャ。
課金はできないし、勿論リセマラもできない。
ソシャゲであれば、問い合わせ苦情バッシングの嵐、ネットは大炎上、挙げ句の果てには配信中止となるレベルの仕様だろう。
そんなクソガチャに今から挑む。
今後の俺の、異世界生活を懸けて。
――いざ。
「ゔ……! ゔぉ……!」
――そういえばよく聞き取れなかったのだった。
「どうした、少年。気分でも悪いのか?」
「違いますよ! 別に吐き気を催してる訳じゃないです! あの、ルシエ、呪文ってヴォ何だったっけ?」
ゔぉ、ヴォ、ヴォルデモ――何とかだったか?
いや、どこの闇の帝王だよ。
……今日も快晴の空の下、小鳥の囀りのような音が静かに響いた。
「あ、すみません。まだきちんとお教えしていませんでしたね。えっと、ゆっくり発音するのでよーく聞いてくださいね。ゔぉーちぇ、ぷりんち、ぱーれ、です。覚えましたか?」
ルシエが緩徐な優しい口調で教えてくれる。お陰で一応は聞き取ることができた。
「えーっと、ヴォーチェ、プリンチ――」
「ああ、ダメです!」
復唱しかけた俺をルシエが遮る。
「たとえその気が無くても、言い切ってしまったら発動しちゃいますから、まだダメです」
「あ、ごめん」
危ない危ない。まったく、まだまだ心の準備が整っていないというのに、危ないところだった。
「そういえばさっきS級がどうのって言ってたけど、俺が引き当てないといけないのってそのS級のこと?」
軽く怖気付いていた俺は少し、情報収集兼時間稼ぎをすることにした。
「えっと、そうなります。そうですね、すみません、その辺りの説明もまだでした。えっと、この世界に存在している武器にはその強さによってそれぞれランクがつけられるんです。S級とはそのつけられるランクの中での最高ランクですね」
なるほど。本当に何かのゲームのようだな。
しかし、本当にゲームのような話であるとするのなら、
「ちなみにそのS級ってどのくらいの確率で出るものなんだ?」
「確率は正確にはわかりませんが、現時点存在が確認されている数は3本ですね」
おっと、やっぱりか。
強いものほど低確率。まあその程度のこと、少し考えれば分かるものではある。あるのだが。
だが、低確率といっても限度があるだろう。
なんだ。3本って。バカか、バカなのか?
分母は分からないが分子が3であるのならば、その確率はほぼゼロに近しいはずだ。
クソガチャ要素追加。
一生に一度だけ、リセマラ不可。+最高レア度超絶低確率。
「でもそれらの威力は絶大なんです。といってもあんまり詳しいことは分かっていないんですけど……。あと、その武器はそれぞれ、物語の主人公達の名を冠しています。赤ずきん、かぐや姫、白雪姫がその3本ですね」
なにそれカッコいい。
武器に名前が付いてるのかよ、何それカッコいい!
「まぁとりあえず、やってみるしかないってことだな」
何にせよ、兎に角やってみなくては始まらない。為せば成るだ、腹を括ろう。
俺は右手を前に突き出し、武器ガチャ呪文詠唱の準備をする。
「そうです、小太郎さん! とにかくやってみましょう!」
ルシエは笑顔で元気良く俺に同意しつつ、離れた位置で俺たちを見ていたフェルシアの方へと駆けていった。
――その距離、約二十メートルほど。
「なあ、どうしてそんなに距離を取るんだ?」
なんだか嫌な予感がする。
「ええっとー、それは、ですね――」
「万が一、分不相応なほど強力な武器が出現した場合、その持ち手は自分の武器を扱いきれずに暴走することがある。その暴走の度合はそれぞれだが、まぁそうなってしまうほどの武器であるのなら間違いなく、その持ち手及び周囲の人間は小さくない被害を受けるからな」
歯切れの悪いルシエに代わり、淡々とフェルシアが遠くから説明してくれる。
「え、マジですか」
「は、はい……、まじ、です。でも、きっと小太郎さんなら大丈夫ですよ!」
そう答えるルシエに大丈夫そうな感じは全く見受けられなかった。声も弱々しく聞き取り辛い。
「ちなみにその根拠は?」
「えっと……、根拠といえる根拠はありません……」
――マジっスか。
リスクあるんですか。
折角臍を固めたというのに、どうしてそう脅すのだろうか。
「ああ、もうクソ! ビビってても仕方ないよな! やってやる、やってやんよ!」
「は、はい! その意気です小太郎さん!」
そう言うルシエはやはり遠かった。
「じゃあいきます」
「まぁさっきの話は万が一だ。それにその万が一があったとしても、私がどうにかしてやる。安心しろ」
……やっぱりあの人、最後は優しいのな。
フェルシアの心強い声援に、俺は一度深く息を吸う。
「分かりましたよ。じゃあ今度こそいきますよ。――ふぅー。えーと。ヴォーチェ・プリンチ・パーレ‼︎」
意を決して俺は叫んだ。
思い切り、腹の底から捻り出したその声は、低く森に木霊する。
しかし、何の変化も起こらない。
俺の突き出した右手が、何も掴めぬままポツンと佇む。
「え、あ、あのー、このまま何にも起こらないとか無い、ですよね? ちょっ、流石に恥ずかし――」
微妙な空気に耐えかね、取り繕おうとしたそのとき、
「あ、小太郎さん!」
「えっ――」
ルシエに一瞬遅れて気付く。
俺の丁度頭上五メートルほどのところに現れたのは大きな光の塊であった。
眩しいが見られない程ではない。薄目を開け左手で庇を作る。
推定の直径は1メートル程であるその光は、少しずつ降りてきていた。さらにその色を青から緑、黄、赤へと変化させていく。
その変化に、何かの意味があるとゲーム脳が告げている。
「ルシエ! これって何か確定演出的なものはあるのか⁉︎」
「一応ある、とは言われているのですがどれも噂程度のものです!」
「それでもいい! 教えてくれるか?」
「はい! えっと、出現する時の色の変化によって分かると言われています! 青から緑、黄色、赤、紫へと変わっていって、S級の場合はその後白色に変化すると言われています」
「おお! マジか! じゃあ今は赤色だから!」
「はい! その噂通りであるとするなら、そこそこの強さのものが期待できます!」
「おお! スゲェ! これはマジでイケるんじゃないのか⁈」
運に頼るしか方法がない場合、人はどのような眉唾物であっても信じたくなる。
その噂がどの程度信用出来るものなのかはよく分からない。それに現在存在しているS級は3本しかない筈だ。どうしてその演出が分かるのだろう。
あ、冷静になってみるとなんだかダメなような気がしてきた。
それに先ほどの俺のセリフ、完全にフラグだ。
しかし、そうこう言っているうちに光色は紫へと変化する。
チート、無双、俺TEEEが実現へと近づいている。自然と心拍数が上昇していく。希望が、夢が、期待が膨らむ。
あれ? でもよく考えたら強すぎると危なかったんじゃ――
「少年、武器が現れたら慌てずにその柄を持つんだ! そして直ぐにそれを地面に突き刺すよう努力しろ! 私はルシエの保護を最優先とするが、余裕があれば助けてやる! ルシエは私の後ろに来るんだ」
あっれー?さっきと言ってることが違うー!
「もし余裕がなかったら、どうなるんですか!」
俺は泣きつく様にフェルシアへ向けて叫んだ。実際少し泣いていた。
「まぁ! どうにかしてやる! 兎に角頑張ってくれ!」
ええぇ〜!!!
頑張るって言っても、ええー。
俺は涙目で空を見上げる。
頭上の紫光は徐々にその輝きを増していく。
光度を増すたびその光は色を失っていき、そして遂に。
――光玉は完全な白色へと変化した。
しかし、その後もその光は一向に陰る様子を見せない。それどころか、益々その輝きを増していく。
膨れ上がっていくその光は、何かとても危険なモノを俺に連想させた。
「師匠お願いです! 小太郎さんを守ってください!」
遠くでフェルシアに縋り付くルシエも、その瞳には涙を一杯に溜めている。
「初めからそのつもりだ! だから少し大人しくしていろ!」
そう言うフェルシアの口調がいつになく焦っている様に感じるのは、俺が意識しすぎなだけだろうか。
フェルシアはルシエを背後に置き、パチンと一回指を鳴らした。
その音が合図となり、彼女たちはドーム状の黄色く薄い膜に包まれる。おそらく、俺とルシエを狼型モンスターから守った結界と同じ類いのものだ。しかし、理由は分からないが今度のものは俺にも見ることができた。
「少年! 初めに言った通りだ! 私はこの娘を守ることに重きを置くが、君を死なせないことに、私の最善を尽くすことは約束しよう! だから君も持てる力の全てをもってソレを制御してみせろ!」
その力強く、威のある声は、その言葉が紛れも無い彼女の本心から出た言葉であると感じさせた。
それはすなわち、この目の前の輝きが、途轍もない脅威であるということの証明となる。
「分かりました!」
威勢良く返したは良いが、俺の本心はもう怯えに怯えていた。
もう、ダメかもしれない。
その言葉が何度も何度も繰り返し、頭の中に浮かぶ。
その度に打ち消していたのだが、もう消す速度が浮かぶ速度に追いつかない。
嗚呼、もう、ダメかもしれない。
膨張しきった光の輝度はとうとう太陽と等しいほどとなった。
その余りの眩しさに、手で目を覆おうとした次の瞬間、
「――っ! 光が!」
光球はパッと弾けて無数の光の粒となった。
残った粒子も即座に消える。
そうして最後に残っていたものが、そう、剣であった。
しかしその背後では本物の太陽が照り輝いていた為、はっきりとは目視出来ない。ただ黒い、剣の形をしたシルエットがくるくると縦回転をしながら落ちてきているのは分かった。
「少年、気をつけろ! 落ちてきている!」
いや、だから気をつけろって言われてもどうすればいいんだよ。
俺は逸らされた視線をフェルシアから再び上空へと向ける。
一先ず避けるか? しかし先ほどフェルシアは柄を持てと言っていた。
いや、でも無理だろ。あんなにクルクル回ってる剣を掴むなんて。
どこぞの剣豪とは違うんだぞ。俺の腕なんかいとも簡単に飛ばされてしまう。
あ、ヤバい。
そうこうしているうちにもう剣は直ぐそこまで落ちきてた。
避けないと。え、でもこれどっちに避けないといけないんだ?
いや、これ変な方向に避けたら逆に当たりそうだな。むしろ動かない方が良いのか?
――皆さんは、こういった経験は無かっただろうか?
小学生の頃、ドッヂボールをしているときに、自分の方へ豪速球が飛んできた。どちらへ避けようかそれともキャッチを試みようかと考えているうちに、顔面にボールが当たっていた――というような経験は。
そう、まさにそれであった。
どうしようどうしようと慌てているうちに落ちてきてしまったのだ。
「ヤバいです! あの、俺どうすれば――」
『バィィィィィィィン』
気がついたときには、回転数を上げながら落下していた剣は俺の前髪を掠めた後に、地面へ深く突き刺さっていた。
弦楽器の低音弦を弾いたような鈍い音が、少しの間空気を震わせる。
俺も、ルシエも、フェルシアも暫し無言であった。
各々その理由は異なるだろう。しかし俺がしばらく言葉を発せなかったのは、間一髪助かったからでも、剣が暴走を起こさなかったからでもない。
天より舞い降りしその剣は、この俺の剣は、どこからどう見てもただの鉄の剣であった。
その予想外のガチャ結果に唖然としていたからである。
――もうダメかもしれない!
お読み頂きありがとうございます。
今回はやっとファンタジーらしい話になれたと思います。
次回はガチャ結果詳細です。
引き続き、宜しくお願い致します。
また、感想・評価・レビュー、お待ちしております。