第二章 その15 "ひと段落"
よろしくお願い致します。
今回も短めですが、本日か明日にもう一話投稿します。
赤髪の盗賊少女テトを仲間に加えた俺たちは、全員でガルドに深く感謝の言葉を述べたのちに、彼の店を後にした。
——去り際に彼から、
「なんか、あれだな、色々苦労しそうだが、頑張れよ兄ちゃん。まあ側から見れば、両手に花でも一輪余ってる、羨ましい限りの状態だぜ」
と、俺の肩を叩きながら、完全に慰めの言葉としか取れないものをかけられた……
「……はぁ」
花は花でも、開花直前と蕾と子葉なんだよ。まあ、フェルシアは本来の姿に戻れば大輪の花なんだが。
「どうしました小太郎さん、お疲れですか?」
「いや、大丈夫。ちょっと急展開すぎてさ」
自分でも知らぬ間に漏れていた溜息に、ルシエが目ざとく気付いてくれる。
「情けないやつだな。……しかし、もう日も暮れてしまっているな。今日はどこかで休むとするか」
振り返り冷たく言い放つフェルシアも、こちらに背を向けた後に軽く溜息をつく。
「そうしましょう。協会支部もこの時間ではもう店仕舞いの支度をしている頃でしょうし」
ルシエの言葉にふと腕時計を見ると、無機質な液晶は午前六時半頃を表示していた。こちらの世界は俺の元いた世界よりも時間が約半日遅れているそうなので、今は夕方の六時半頃。
頭上を見上げると、とっくに空は赤みを失った藍色で、俺の住んでいた町よりもよっぽど多くの星がそこですでに瞬いていた。
「今日取る宿は、きちんとした入浴設備があるところにしようか」
ポツリとフェルシアが低めの声を漏らす。
しかしそれは有難い。疲れたときには風呂に浸かりたくなる、それが日本人の性なのだ。
「よく考えたら、今日は誰かさんのせいでずっと歩き詰めでしたもんね」
「その誰かさんというのは私のことか?」
「それともあたしのことですか⁈」
「二人ともじゃね?」
ルシエにいじられ、ボケる二人に俺がツッコミ。……なんかこの形式が定着しそうでちょっと恐いな。
「さてと、ここでいいか」
さらりと俺のツッコミを流し、フェルシアは歩みを止める。
彼女の目線の先を仰ぎみると、昨日泊まった宿よりも数段格上であることが分かる、宿屋と言うよりはホテルに近い洋館のような建物がそこにあった。
「スゲー、立派だな……」「こ、ここに泊まれるんですか⁉︎」「師匠、お金は大丈夫なんですか?」
皆が各々思ったことを口にしながら、フェルシアの後に続いて洋館のエントランスへと入り込む。
外見同様の豪勢な内装に俺・ルシエ・テトは気後れするが、フェルシアだけはまったく動じずに、手早くチェックイン的なことを済ませてきた。
「この時間だと二部屋取るので精一杯だった。部屋割りは少年が一部屋、私とルシエ、テトでもう一部屋、それで異論はないな」
うーん、この隔離されてるあたり、まだ距離感を感じるな。まあ俺だけ男なのだから当然といえば当然か。むしろこう美少女揃いだと、誰と相部屋になったとしても、夜眠れそうにない。
——変な意味じゃなく、緊張で、と言う意味で。
「「異議あり!」」
「えっ!」
び、ビックリした。突如、両隣で声が上がった。右を向けばルシエが、左を向けばテトが、それぞれ何か言いたげな表情で片手を挙げている。
「ど、どうしたんだ二人とも」
まさかの反論だったのかフェルシアは軽く狼狽えを見せるが、あくまで表情は冷静を装いつつ対応する。
「ボクは小太郎さんと相部屋が良いです」「どうしてコイツだけ一人部屋なんですか?」
全く違う種類の意見が、俺の左右でステレオ的にハモった。
「いや、流石にそれはダメだルシエ。いくら大人しいとはいえ所詮コイツは男、すなわち獣。こんなケダモノ野郎と一晩同じ部屋で過ごすなど、危険過ぎる。テトも、そういうことだ」
うん、酷い言われようだがそういうことだ。というかルシエ、フェルシアの言う通りさすがにそれはまだダメだろ。
「いえ、大丈夫です師匠。小太郎さんにはそんな度胸ありませんから」
「いや合ってるけどそこまではっきりいいますか」
「いいやルシエ、そういう奴ほど妙な事に妙な勇気を出してくるんだ」
「あたしも、ルシエ様とコイツが相部屋なんてダメだと思います」
「おいテト、お前の意見を通すとすると、私がこのケダモノと同部屋になってしまうのだが?」
「それもいけません! あ、もういっそのこと、コイツは外で寝かせましょう」
「なるほど、その手があったか」
「いや待って、さすがにそれはあんまりだ」
そしてこの後もしばらく、くだらない小競り合いは続いたが、いい加減受付の人に注意されてしまった為ここは公平にジャンケンで決めることになった。といってもフェルシアとテトはジャンケン自体を知らなかった為、ルール説明からしなければならなかったが。
「なるほど、これは確かに、一見すると遊びのようだが確率的には公平だ。面白い、それでは勝った者が部屋割りを決めることにしよう」
「じゃあ行きますよ、じゃーんけーん」
「「「「ぽん!」」」」
——————
————。
——。
——これはマズイことになった。
「今日は疲れましたね、小太郎さん」
「そ、そうだな、ほとんど一日中歩き回ってたもんな」
……結論から言うと、俺はルシエと相部屋になった。
熾烈を極めたジャンケンはあいこを十五回も繰り返し、そして十六回目の勝負、各々が突き出した握り拳は、見事ルシエの小さな掌に敗北したのだ。
「明日も早いですし、足も重たいですし、お腹も一杯ですしお風呂も気持ちよかったですし、今日はもう寝ましょうか」
「おう、そうだな」
そして俺たちは部屋に荷物を置いた後、大浴場で入浴、食堂で夕食を済ませ、それぞれの部屋へと戻って来ていた。
確かに、風呂はそこそこ広く湯も適温、夕食は豪勢と言えるレベルの料理でありとても美味であった。さらに先にも述べたが、足は今日の疲労でかなり痛怠い。
そう、もうこれ以上ないほどに快眠できる条件が揃っている。揃っているのだが、
「それでは小太郎さん、おやすみなさい」
「うん、おやすみ」
いや寝れるかぁぁぁぁ!!!
この、別のベッドとはいえすぐ隣で美少女が眠っている状況で、呑気に寝られるほど俺の心は強くないんだよ!
むしろもう緊張でギンギンなんだよ、目が!
いや、まあ確かに、初日は同じベッドで寝てしまったし、それ以降も同じ屋根の下では眠っていた。
が、違う、違うんだ。
その最初の夜は気が動転した直後だったから、というだけ。また、いくら同じ屋根の下とはいえ別室。
今のこの、少し異世界生活に慣れてきた心持ちで、すぐ側に少女の存在を感じられている状況はわけが違うんだよ。
もうダメだ、そう考えれば考えるほど目が冴えてくる。
……古典的な方法ではあるが仕方ない。
羊を、数えよう。
頭の中で、広大な緑の野原と白い柵、快晴の空をイメージ。そして柵の左から右へと、ふわふわした羊が跳躍していく。
羊が一匹、羊が二匹……ひつじが十四匹…………ひつじが二十一ひきひつじがにじゅうに————………
——————ZZZ
————
——。
「———さん」
……染み渡る、柔らかな清水。
「おき——だ——、——ろうさん」
心地良い、夏の早暁のような涼気。
「起きてくださーい、小太郎さん」
そんな爽やかな情景を連想させる澄んだ声が、俺の名を呼んでいる。
「ん、ん〜ぅ」
眠たい。寝ていたい。微睡んでいたい。ささやかな睡魔の抵抗が、俺に声にならない声を出させる。
「ふ、あ。……いえ、ダメです。こ、小太郎さん、朝ですよー」
……今なんか、妙な吐息が混ざっていたような気がするが。
それにしてもやはり、ルシエの声は心地良い。
「おはよう、ルシエ。……ごめん、俺もしかして寝坊した?」
ようやく意識が覚醒を始め、俺は彼女の再三の声に応答をする。
——どうやら俺は自分が想像していた以上に疲弊していたようだ。あれだけ緊張していたにも拘らず、数えた羊は二十を過ぎた辺りから曖昧だ。
「おはようございます。寝坊ではありませんが、あと十分程度で朝食の時間になります」
「分かった、じゃあ起きないとな」
あと十分で身支度をして、食堂に向かわねばならないとなると、あまり時間に余裕は無いな。
俺は上体を起こし、足をベットの側の靴に入れる。
——そういえば、ゴーテルの店で靴だけ貰うのを忘れていた。ようやく俺の見た目もこの世界に馴染んできたと思っていたのに、足元だけはとある有名ブランドのスニーカー。違和感満載なのである。
そのミスマッチスニーカーの靴紐を結び終えふと顔を上げると、ルシエが彼女のベッドに腰掛けまま頰を紅潮させ、こちらを見つめていた。
「ど、どうしたんだルシエ?」
そんな表情でなくても、そうじっと見つめられるとこちらまで恥ずかしくなってくるのだが。
「い、いえ、あっと、その、夢みたいだなと、改めて思いまして……」
彼女は慌てて俺から目を逸らし、軽く俯く。
俺は彼女の言わんとしていることがよく分からなかった。
「今のどの辺りが夢みたいだったんだ?」
俺の率直な問い掛けに、ルシエは俯き加減を深くしたが、呟くような小声で答える。
「以前にも、言いましたが、ボクはずっと小太郎さんを見ていて、でも見ることだけで、触れることも触れられることも声をかけることもできなかったのに、まさか本当にこんな風に小太郎さんを起こしてあげられる日が来るなんてと、思いまして……」
お、おう。
「かわいいなまったく!!」
「ふぇっ!?」
——あ、ヤバい、しまった。本音と建前がひっくり返った。
「いや、ごめん、その、つい本音が!」
「ふぇぇっ!?」
ああ、もう、一旦落ち着け俺、深呼吸。
「そんな、本音で、いきなり、可愛いだなんてそんな、ああ——」
ほら見ろ俺、ルシエが語彙を崩壊させてテンパっている。
——いや、こんなことを言っている場合ではないと分かっている。分かってはいるのだが……、美少女にこんな反応をされてしまうとやはり嬉しいものだな。自分の言った言葉に異性がこれほど反応を示すなんて、向こうの世界ではあり得なかった。
本当に彼女は自分のことを認めてくれている、好いてくれている、愛してくれている。それが改めて感じられ、どうにも表現し難い胸の締め付けにしばし悩まされる。
しかし、これは俺が落ち着かねば事態に収拾がつかない。
俺は極力何もない風を装いつつ立ち上がり、ルシエに声をかけた。
「そ、そういえば、朝ごはんだったよな。早く行かないと——」
「おい、遅いぞ二人とも。もうあちらの方が朝食の準備をしてくださって——」
その、丁度俺が立ち上がり、赤面し俯くルシエを見下ろしている状況のときに、待ちくたびれたフェルシア達が部屋のドアを開けた。
「おい、貴様……」
——また騒がしい一日が始まる。
お読み下さりありがとうございます。
次回もよろしくお願い致します。




