第二章 その7 "街への山道"
よろしくお願い致します。
今回はそこそこ長くなっております。
また今回も一部、登場人物の台詞で無駄に長いところがございますが、読み飛ばして頂いて支障ありません。
俺の背中で剣が揺れる。ターンターンと鳴る音は、低く身体に響いて心地良い。
これから先、俺が走る度に俺の背でこの音が鳴る。そう思うとまた心臓が高鳴りを始める。
しかし、動悸を増幅させている原因はこの剣の響音だけではない。
「ふぅ、まさか本当に置いていかれるとは、思いませんでしたよ」
「なんだ、思ったより早かったな」
そう、フェルシアが俺たちを置いて先に行ってしまった為、俺たちはここまでの約二百メートル程を走らなければならなかったのだ。もっとも、これでも陸上部の端くれではあったので、このくらいなら軽く息が上がるかどうか程度なのだが。
「体力には少しだけ自信がありますので」
この程度のことで得意になってしまうから、頭が悪いように見えるのだろうな。と、言ってしまってから気付く。
「その点においては、あの子は少年を見習うべきだな」
言いながらフェルシアは立ち止まり、俺の後ろを指差す。
つられて後ろを振り向くと、まだルシエは走っていた。ここから五十メートル程のところでかなり息を荒げている。
「え、ルシエって走るの苦手なんですか?」
「ああ。というよりも、あまりそういった機会が無かったからな。山の中を歩くことはよくあったのだが」
なるほど確かに、そのフォームは『走り慣れていない女の子』そのものと言った感じであった。
——当然、左腕が無いことでさらに走りづらくなっているのだろうな。
そう考えるとまた胸に軽い疼痛を感じるが、服の心臓辺りを握りしめることでその痛みを抑えつける。
「はぁ、はぁ、申し訳、ありま、せん、実はボク、あまり走るのは、得意じゃ、ないん、です」
やっとのことで俺たちの元へ辿り着いたルシエが膝に右手をつき、合間合間に息継ぎをしながらそう言う姿は、とてもたかだか二百メートル程度を走っただけのようには見えなかった。
「あの、ルシエ? もしよかったらだけど、走り方教えようか?」
この苦しそうな少女に何をしてやれるかと考えた結果、出てきた結論がこれだった。
一応、中学高校と陸上競技部に所属していた身だ。基本的なことなら教えられるだろう。
俺の急な提案に、ルシエは膝に手をついた体勢のままポカンとこちらを見上げている。その表情には驚きの色が濃く見られたが、徐々に笑みへと変わっていく。
「ほ、本当ですか! ボク、小太郎さんと一緒に走れるんですか⁉︎」
どこからそんな元気が出てきたのか、ルシエはいつもより大きめの声で俺に問い返す。
「いや、今後モンスターと戦ったりするときに走れないと不便だと思うし……、まあでもルシエが良ければだけど」
「お願いします! 是非、教えて下さい!」
そう即答するルシエは、やはり何故か普段より声が大きい。
「わ、分かった。じゃあその、街から帰ったら、毎朝走ろうか」
「はい、そうしましょう! あ……、でも、先程ご覧の通り、ボク本当に走れないので、教えて頂く小太郎さんには不快な思いをさせてしまうかもしれません……」
まるで穴の空いたゴム風船のように、ルシエの声は語を重ねるにつれてどんどんと萎んでいった。俺を見上げていた顔も次第に俯いていく。
「いや、まあ大丈夫だって。俺ももともとは走るのスゲー苦手だったから」
恥ずかしながら、中学で陸上を始める前、小学生の頃の俺は鈍足も鈍足。五十メートルを走るのに約十五秒を要するほどであったのだ。それが今やその約半分、七秒ほどで走れるように。我ながら著しい成長である。
「あ、そういえばそうでしたね」
「うん、そうそう。あと、これから色々ルシエに教わらないといけないことが、出てくると思うから、そのせめてもの恩返し」
こちらの世界で俺が教わらなくてはならないことは多い。なにせ俺はここについて、何も知らないのだから。そんな俺を、ルシエはこれから支えてくれるのだ。何か返せるなら、魔王討伐という形以外でも返していきたい。たとえそれが、小さなことであったとしても。
「……分かりました。それでは小太郎さん、これから毎朝ご教授よろしくお願いしますね」
「お、おう」
ご教授ってほどのものでもないと思うが、まぁいいか。
「二人とも、それは構わないが、絶対に結界の外へは出るなよ。ルシエは未だしも、少年ではまだこの周囲の魔物に対応できるとは思えないからな」
俺たちのやり取りが一段落したのを見計らってか、前にいたフェルシアがこちらも振り向かず声をかけてくる。
「あ、はい、分かりました。……って言われても俺その結界見えないんですけど」
「それなら大丈夫ですよ。ボクはちゃんと見えますから」
「ならいいんだけど。あ、でもそれって何か見えるようになるのに特別な方法とかいるの?」
「え、えぇっとーですね……」
俺が見えるようになるのならそれに越したことはないだろう、と思って聞いたのだが、聞かれたルシエは何故か答えかねている様子だ。
それは答えを知らなくて答えられないというより、何かを必死で考えているような——
「そんなものは無い。結界の可視不可視はただの才能、先天的なものだからな」
……なるほど、さいですか。
でも出来ることならルシエが作ってくれていたであろう、俺を傷付けない言葉で知りたかった。
まあ、俺が見える見えないのどちらにせよ、走ることのできる範囲は限られるな。
「その結界ってどの程度の大きさなんですか?」
「そうだな、私の家の書斎を中心として丁度——」
言葉を途中で切るフェルシアは立ち止まり、こちらを振り返る。
「丁度ここまでの距離だ。この距離を半径とする球体状の結界を、ここに張っている」
「えっ、ここまでって——」
ルシエが俺たちに追いついてから、俺たちは会話しながらも歩き続けていた。出発地点のフェルシア宅からなら、この今俺たちがいる位置までの距離は約六百メートルと言ったところか。
半径六百メートルの球体。
同半径の円と考えると、円周距離は約3.8キロメートル。
高さも六百メートルあるのだから、東京タワーおおよそ一つが入る計算になる。
「めちゃめちゃ広いじゃないですか⁉︎ でも、どうしてそんなに広範囲に?」
東京ドーム約……何個分かは東京ドームの大きさが分からないのでなんとも言えないが、ともかく広い。
しかし、ルシエとフェルシアの二人で暮らすだけなら、確実にそこまでの広さは必要ないはずだが。
「こちらとは逆の方向にだが、私の畑があるんだ。他にも色々と用途はあるんだが、まあともかくその全てを包み込むためにはこのくらいの広さが必要なんだよ」
なるほど。だが、それなら一つ疑問が生まれる。
「なら、その色々とか畑とかと家の中間くらいにその、結界の中心?を置けばいいんじゃないですか?」
俺の問いに、フェルシアはちらりとこちらを振り向くが、すぐに前へと向き直ってしまう。
「まあ効率を考えるとそうなんだがな。この結界の中心となっている、結界維持用のツールに、週に一度程度の頻度で魔力を供給しないといけないんだよ」
前方を見据えたままそう言うフェルシアの声には、どこかバツの悪そうな響きが含まれているように感じる。
「師匠、こう見えて結構面倒くさがり家さんですからね」
なるほど、つまり毎度毎度魔力の供給をしに行くのが面倒で、少し遠くまで歩いて行くくらいなら多少結界の大きさが過大になろうと間近な家の地下にあった方が良い、と。
なんか、初対面でフェルシアに抱いた堅物のイメージから、どんどんかけ離れて行くな。
良く言えば親しみやすく、悪く言えば残念な方向に。
「おい少年、今何か私に対して失礼なことを考えていなかったか?」
「え、いや、考えてません」
嘘です。考えていました。
「嘘だな」
「はい、ごめんなさい、嘘です。考えていました」
早めに謝っておくべきだろう。あの威圧が出てこないうちに。
「にしても、フェルシアさんってもしかして人の心の中まで読めたりするんですか?」
早めに話題を逸らしてしまおう。
しかし、現在も先程と変わらず、フェルシアは俺とルシエの前を歩いている状態。彼女は俺の表情を見ることもできていないはずだが。
「流石にそこまでは私にも無理だ。今のは完全な、ただの勘だよ」
勘、ですか。
「で、結局少年は何を考えていたんだ?」
「えぇっとー、それは、その……」
——ここからさらに約二時間ほど、俺たちはこのようなたわいない会話続けつつ、ひたすら歩き続けた。
その会話の内容はコロコロと移り変わっていった。
ある時はフェルシアの従えているモンスターについて、またある時はルシエとフェルシアの馴れ初め、そしてルシエによって誇張された俺の過去、フェルシアが育てている農作物について等々、なんとも一貫性の無い雑談が繰り広げられた。
そしてちょうどフェルシアから、俺たちが今向かっている街について色々と教えてもらっていた頃、長らく視界の大部分を覆っていた木々が唐突に開け、同時に眼下で赤茶の景色が広がった。
「さあ、ようやく見えたぞ。あれが今しがた話していた、この国で三番目に大きな街『コルンバ』だ」
「「おおーー!!!」」
俺とルシエの歓声が重なる。
まだまだ街までの距離は離れていたが、それでもその様子を十分観察できるほどには近づいていた。
まず、俺の第一印象は『赤い』である。
その建物の屋根の殆どが赤茶の瓦的なもので覆われている。なんでも、この色の屋根にすることがこの街の決まりらしい。これは先程フェルシアに聞いたばかりの情報だ。
また、その赤屋根の家々を取り囲んでいるのが真白の壁であった。ほぼ正円形に広がる街の外周全てがそれで囲まれており、その高さは街にあるどの建物と比較しても二倍以上はあるように見える。一見して、魔物から街を守るためのもの、ということなのだろうか? これについては教えてもらっていないため何とも言えない。
そして、これらの美しい赤と鮮やかな白のコントラストは、少し前に地理の教科書で見た地中海沿岸の建物を彷彿させた。
——などと冷静に観察してみたものの、やはりどうしてもテンションが上がってしまう。
「スゲー! 本当に街がある! なあなあルシエ、あの壁って何か名前あるの? もしかしてウォールマ◯アとか?」
「違いますよ。ついでに言うとロ◯ゼでもシ◯ナでもありませんよ。えっと、特に名前のようなものはなかったと思いますけど、確か住民の方々はあの壁のことをただ『白壁』と呼んでいるんだったと思います」
白壁か。片仮名の名前がついていないのは少しつまらないが、それはそれでカッコいいので良しとしよう。
「さて、二人とも盛り上がっているところ悪いが少し話がある」
くだらない話で騒いでいた俺とルシエの隣で、神妙な面持ちのフェルシアが一度パンと手を鳴らした。続きを促すように、俺とルシエは口を閉じる。
「実はな、私はこの街、というよりはこの国において、少し名と顔が知れているんだ。故に、この姿のまま街中へ下りると騒ぎになってしまう」
そういうフェルシアの声は決して自慢げなようではなく、むしろ今までになく自信なさげで弱々しく見える。が、ルシエはそれを感じなかったらしく、
「実は師匠は有名人だったってことですか?」
「まあそんなところだ」
「でもそれじゃあ、フェルシアさんはどうするんですか?」
まさかフェルシアは俺とルシエの二人で街へ下りろというか? それは少し心細いな。
「もちろん私も共に街へは下りるが、この姿のままではいけない」
「ではどうするんですか?」
「こうするんだ」
そう言いつつ、フェルシアはパチンと高く指を鳴らす。
——その瞬間、黒いローブの中にあったフェルシアの身体が消失し、少し遅れて支えを失ったローブが地面へと崩れ落ちた。
「「えっ……」」
俺とルシエは呆気にとられ、暫くの間茫然とするが、
「師匠? 師匠⁉︎ どこへ行ったんですか⁉︎」
先に事態を把握したルシエが大きな声で呼びかける。
俺も急いで周囲を見回すが、どこにも見当たらない。
「フェルシアさん、どこへ行ったん——」
「おい、私はここだ」
どこから聞こえてきたその声は、聞き覚えの無いものだった。
高く、ほんの少し呂律の回っていないような、幼い声。
しかしこの威のある話し方には覚えがある。
「師匠!」
いち早く声の出所に気付いたルシエは、残されたフェルシアのローブの方へ駆けていく。よく見るとそのローブは不自然に、俺の腰ほどの高さを保ったままであった。さらによく見ると、僅かにもぞもぞと動いている。
「師匠! ここにいるんですか?」
ルシエはそのローブの前に膝をつき、その中にいる人物を少しずつ手繰り寄せていく。
そしてついに、中から姿を現したのは、
「ふぅ、やはりこの変化は慣れないな。ローブから出るのも一苦労だよ」
幼げな声でそう言う、金髪碧眼の小さくて可愛らしい女の子だった。
しかしその面差しには、はっきりとフェルシアの面影が残っている。
「フェルシアさん! どうしてそんなに小さく……あ」
あっぶねぇ! 見えるところだった!
そう、身体が小さくなったためにローブが過大となってしまったのだ。ならば当然、その下に着ていた服もブカブカになっており、ほとんどその意味を成していない。
いや、まあ見た目はルシエよりも幼いのだから、そう意識する必要もないはずなのだが。
「小太郎さん、ちょっとそっちの方を向いていてもらえますか」
ルシエがいつになくトゲのある声と共に、こちらをジト目で睨んでくる。
言われなくてもそうするつもりだったんだけど。
俺は大人しく彼女らに背を向ける。
「師匠、何か着替えるものはあるんですか?」
「ああ、少し待て」
「あ、その姿でもちゃんと魔法は使えるんですね」
「ああ、多少は制限されるが八割方はいつも通り使えるよ」
「それは安心しました。……でも、あれですね、師匠がボクより小さいなんて凄く新鮮ですね」
「そうだな、私もお前に見下ろされているのは、かなり新鮮だよっておい、いくら小さいといっても私は私なんだ、そう撫で回すんじゃない!」
「すいません師匠。でもこれだけ小さくて可愛らしいと、撫で回したくもなりますよ。しかも、こんなに小さいのにいつもと変わらず話している姿を見ると、こう、胸にキュンとくるものがあるんですよ」
「どうしてその歳で母性に目覚めているんだ! いや、まあ決して悪い気分ではないのだが、しかし……私にもお前の師匠として多少なり自尊心というものが——」
俺の存在忘れられている気がするーーー!!!
もういいのだろうか? もう振り向いていいのだろうか? そのうち許可が出るのだろうか? それともやはり忘れられているのだろうか⁈
「あ、小太郎さん! もうこちらを向いてもらって大丈夫ですよ」
良かった。忘れられていなかった。
ほっと溜息をつきながら振り返ると、そこでは地面に膝をついたルシエが、身の丈にあった小さなローブに身を包んだフェルシアの、小さな頭を撫で回していた。
両者とも頰を赤らめ、気持ちよさそうに撫で、撫でられている。
可愛い少女二人が睦み合う大変微笑ましい光景ではあるのだが、なんだろうこの既視感のある寂寥感。
「あのー、お二人さん? そろそろ街に向かいませんか?」
「あ、ああ、そうしたいのは山々なんだが。おい、ルシエ! いい加減にしろ!」
「はーい、分かりましたー。でも師匠、その姿だと怒ってもあんまり怖くありませんね。むしろ可愛らしいです」
「な、なんだと……」
うん、やはりルシエは本当にフェルシアを師匠として尊敬しているのか分からないな。まあフェルシアがルシエを甘やかし過ぎなせいかもしれないが。
「まあまあフェルシアさん、そこは抑えて抑えて。それより早く街へ行きましょうよ」
確かに見た目はかなり可愛らしくなったので、ついつい俺も、砕けた口調でフェルシアを嗜めてしまう。
それが気に食わなかったのだろう。フェルシアはその容姿に見合わない目つきで俺を睨みつけてきた。
——そして久方ぶりの、あの恐怖を感じる。手脚に力が入らず、背筋がぞくりと寒くなるような、あの恐怖を。
「ふん、まぁそれもそうだな。ではお前たち、遅れるなよ」
が、今回は僅かな時間であった。フッとあの威圧を収め、フェルシアはさっさと歩いて行ってしまう。
全身の自由が戻り、俺は大きく肺に空気を入れる。それを大きく吐き出し、また大きく取り入れる。それを何度も繰り返す。
「はぁー……。あんな状態でも、アレはちゃんとつかえるのな」
「大丈夫ですか? 小太郎さん?」
軽く呼吸を荒げている俺に、ルシエが心配そうな表情で尋ねてくる。
「う、うん、大丈夫。あ、ほら、早く行かないとまた置いていかれ——ってあれ?」
少し慌ててフェルシアが歩いて行った方向を見るが、まだ然程離れていない。
恥ずかしながら、俺がフェルシアの恐怖から立ち直るのにはそこそこの時間を要していた。それにも拘らず、だ。
「師匠、必死で歩いていますけど、小さくなってしまったから歩く速度が遅くなってますね」
ここから約百メートル程のところで、小さなフェルシアは懸命にトコトコと歩いている。
「——なんか、かわいいな」
「——小太郎さん、もしかしてああいう小さい娘が好みでした?」
「いや、そういう意味じゃない」
そんなくだらないことを話しながら、俺とルシエは割と簡単にフェルシアへと追いつく。
そしてさらに歩くこと約十五分。
「や、やっと着いたーー!!」
ようやく、俺たちは目指していた街、『コルンバ』に四つある入り口のうちの一つを目前にしていた。
「よし、ではこれから入街手続きをしに検問所へと向かう。が、その前におさらいだ。まず、街中での私の名はフェル。山の中に住む魔女の使いという設定だ。そしてお前たちはその魔女の元で新たに居候することとなった桃国出身の兄妹。そこまではいいな?」
「「はーい」」
これは先程、フェルシアがロリ化する前に話してくれていた内容の通りであった。
ちなみに、俺たちを養ってくれている魔女の名前はスノウさんらしい。
また、桃国とはこの国を中心とする大陸図において北東に位置する国らしく、そこでは黒髪黒瞳がデフォルトだそうだ。
「よし。ではそこへさらに追加設定だ。お前たち兄妹の姓は同じフジタ?だが実は異母兄妹。少年は桃人同士の間に生まれた子でルシエは桃人の父とこの国、アシェンプテル出身の母との間に生まれた子だ。桃人の母は既に他界しており、ルシエの母は再婚相手。つい先日まで家族四人で桃国に暮らしていたが、少年はルシエの母、つまり少年にとっての継母から酷い扱いを受けていた。それを見かねたルシエは少年と共に家を出た。そして二人であちこちを流浪し、最後に行き着いたのが魔女の家だった、ということだ。あ、さらに、お前たちが家出した後、お前たちの両親は不仲となり離婚してしま——」
「あの、すいません!」
長々と語るフェルシアの語を切ったのは俺の声だ。
「ん? どうした? 何か問題でもあったか?」
いや、無駄に長いしなんか暗いし最後離婚してるしでツッコミどころは満載なんだが、そんなことより問題があるだろう。
「あの、それだと俺たち、不法入国とかになりません?」
「ああ、それなら大丈夫だ。アシェンプテルと桃の国は同盟を結んでいるからな。入国許可等は必要ない」
「そうなんですか、わかりました」
なるほど、この世界にも国間での同盟というものが存在するのか。
それは良かったのだが、今もう一つ問題が見つかった。
「あ、でもその二つの国の間では許可証が要らないということは分かりましたけど、他の国に入るときには必要になるということですよね? それは今後どうしたらいいんですか?」
「ああ、それも心配ない。私がこの街でお前たち二人の住民権を購入してやるから、その保証書が他国への入国の際に身分証として使える筈だ」
おお、それは有難い。しかし、なんだかフェルシアに負んぶに抱っこの状態だな。
「なんだか、師匠に頼りきりになっちゃいますね」
お、それ俺も今思ってた。
「それは当然だろう。私がこの中で最も歳上なんだからな」
「「今はとてもそんな風には見えませんけどね」」
スゲー。そこそこの長文なのに、声がルシエと重なった。
「うるさいぞお前たち! ……仕方ないんだよ。私が従えてる獣の能力で姿を変えられるものはこれしかないんだから」
「その獣の能力の詳細って、どういったものなんですか?」
いじけるフェルシアにそう尋ねるのはルシエだ。
「詳細は確か『魔力供給者を、その者の生後七年の姿へと変化させる』だった筈だ」
なるほど。では今現在のこの姿はフェルシア(7)であると。
「それより、お前たちの設定はどこまで話したのだったか。……そうそう、お前たちの両親だが、離婚したすぐ後にお前たちの父がルシエの母を殺害している。実はルシエの母はその昔、少年の実母を殺害していたんだ。その悲劇が起きるよりずっと前、ルシエの母が幼少の頃から、彼女はお前たち二人の父に片想いをしていたんだが、ついにその想いが届くことはなく、お前たちの父は少年の実母と結婚してしまった。そこから十数年後、何の因果か少年が生まれた直後に彼女はお前たちの父と再会してしまうんだが——」
「「その無駄に暗い設定まだ続くんですか⁈」」
おお、またカブった。俺たち息ぴったりだな。
というか本当に暗いんだよ。なんだその変に凝ってるドロドロの愛憎劇は。安いサスペンスか! なんか真に迫りすぎて本当にただの設定なのか疑ってしまうわ!
「もうその無駄に凝った設定はいいですから、早く街へ行きましょう師匠」
「ん? そうか? ならば、そろそろ行こうか」
はあ、ナイスルシエ。
なんだろう、まだ街に入ってもいないのに疲れているのだが。
確かにここまで歩いてきた疲れもあるのだろうが、なんだろう、それだけではない気がする。
まぁ、何はともあれ街には着いた。
検問所も、何の障害も無く突破することができた。といっても俺とルシエは外で待っていただけで、様々な手続きをしてくれたのはフェルシアであったが。
しかし、よくよく考えれば七歳、十四歳、十七歳の子供三人、という奇怪な面子でよく通ることができたな。
……そういえば、この街の治安はあんまり良くないのだったか。
とにかく、これでようやく異世界の街中を探索することができる。
「よし、まずはどこから回ろうか——」
「グゥーー〜〜〜」
フェルシアがそう言い終えるとほぼ同時に、誰かの腹が豪快に鳴った。
少なくとも俺ではない。フェルシアの方を見るが、彼女から向けられていた疑いの視線と目が合った。
そしてフェルシアと俺は互いから視線を外し、ルシエの方に向ける。
——ルシエは、耳まで真っ赤にして俯いていた。
ふと腕時計を確認すると、午前0時を少し過ぎたところである。
「まずは腹ごしらえからだな」
そうフェルシアが呟いたところで、再び誰かの腹の虫が低く唸った。
お読み下さりありがとうございます。
次回は長くなりすぎてしまったので二部に分け、二話同時投稿になると思われます。




