乗ってはいけない
十数年前に事件が起こり、廃墟と化した遊園地。
その真ん中に、ポツリとひとりで立っている。
「懐かしいわね⋯⋯」
事件の起こったメリーゴーラウンドの前で立ち止まる。
「小さい頃、友達とよく乗ったなぁ⋯⋯」
幼い彼女の前で、突然暴れだした一人の男。
順番待ちでベンチに座り、先に乗っていた友達に振った手に、血がはねる。
刃物を持って暴れだした男と、このまま楽しい人生が何十年も続くと疑わなかった友達の紅く染まった姿を、固まった笑顔で眺めるちいさな彼女。
男は咄嗟に反応出来なかった夢の住人達をただの塊へと変えていく。
メリーゴーラウンドから流れる陽気な音楽をBGMに。
「⋯⋯××⋯⋯」
今は亡き友達の名前を呼び、愛おしそうに錆びた馬を撫ぜる。
懐かしげに、馬に跨る彼女は、穏やかに眠る猫のように目を細める。
ギシ⋯⋯
突然、音が鳴る。十何年も触れなかったのにいきなり人が乗ったから当然だ。でも、
ギシッ⋯⋯ギシッ⋯⋯
⋯⋯キィィ
「えっ⋯⋯?」
ゆっくりと、回り始めた。
動くはず、ないのに。
「⋯⋯××?」
もしかして、私のことわかってくれたの?
涙ぐみ、薄く笑顔を浮かべてキョロキョロとする。
「××ッ⋯⋯ねぇ、いるの?」
「あのときはごめん、助けられなくて」
「あのおかしな殺人犯は捕まったよ」
「わたし、こんなに大きくなったよ、ねぇ、姿を見せて」
「たくさん、話したいんだッ⋯⋯!」
キキィ⋯⋯⋯⋯カラカラカラ⋯⋯
馬から降りようとした彼女を咎めるように、回る速さを増していくメリーゴーラウンド。
「えっ、なに⋯⋯?」
〜〜♪
陽気な音楽が流れ始める。あのときまでのように。
「キャッ!」
速さはどんどんと増していき、錆びた馬の首に必死にしがみつかなければ落ちてしまうほどの速度になった。
ガラガラガラガラ
〜〜♪〜〜♪
「××ッ?××⋯⋯助けて××⋯⋯ッ!」
風が目に痛い。
「××⋯⋯怒っているの?ごめん、ごめんなさい⋯⋯助けられなくて、ごめんなさぁぁい!!」
泣きじゃくる彼女の叫びも虚しく、速度は更に増していく。
ガタガタガタッガタガタッ
キャハハ⋯⋯キャハハハッ⋯⋯
後ろから、幼い笑い声が聞こえてくる。
「なに⋯⋯!?なんなのよッ!?」
キャハハ⋯⋯アハハ⋯⋯
彼女の体は無邪気な笑い声に包まれる。
此処はもう廃墟ではなかった。
「やめて⋯⋯やめてぇぇ!!」
無邪気な笑い声の中で、猛スピードで回転する馬に必死にしがみつき、ひとりで泣いている。
必死で助けを求めながら。
「許してぇ⋯⋯っ」
アハハッ⋯⋯アハハハハハ⋯⋯
嬉しそうな笑い声たちは謝罪なんて求めていなかった。
ただただ無邪気に楽しんでいるだけだった。
意味なんて何処にも無い。
あの頃のように無邪気に遊んでいるだけだった。
ガタガタガタ⋯⋯
カラカラ⋯⋯
キキィ⋯⋯
キッ⋯⋯⋯⋯⋯⋯カタンッ⋯⋯
いつか止まったメリーゴーラウンドの何処にも彼女の姿は無かった。