こんなの俺がやりたかった魔王じゃない!
なんか思いついたので書きました
「ようやく……ようやく会えたな!
魔王!」
ようやく……ようやくこの時が来た……
「ふふふ……よくぞ来た勇者よ。
この私を倒して世界を救ってみせろ!」
幾年も待ち望み、夢に見た瞬間……
私が勇者に敗れる時が。
私は昔から変わった子供だった。
子供たちの間で勇者ごっこなるものが流行っていた頃、勇者の役が取り合いになるのに対して人気のない魔王役をいつも私がやっていた。
別に勇者が嫌いなわけではない。むしろ他の誰よりも勇者というものに憧れていた。しかし、だからこそというべきか物語の魔王の稚拙さが気に入らなかった。
具体的にどんな悪いことをしたのかの描写がない。
子供向けの物語だから仕方ないのかもしれないが、魔王がどのような悪いことをした人物か、なぜ魔王が世界を滅ぼそうとするのかなどのバックグラウンドがまるでないのだ。
『勇者が悪い魔王を倒しました。』
これだけではまるでドラマ性がない。
だから私は魔王になった。
魔王になって自分の悲しい過去を捏造し、別に恨みもない世界に復讐すると宣言した。
それから私は魔物達を作り出し、人里に放った。それ以外にも細かな悪事をいくつも働き、この世界に『魔王=残虐非道の極悪人』という図式を完成させた。
するとある山奥の村に勇者が生まれた。
勇者が生まれた時の感動は今も忘れられない。魔王城の玉座で飛び跳ねて喜んだ覚えがある。それから私は勇者がギリギリ倒せるレベルの魔物達を定期的に勇者の元へ送り込み、勇者を強くしてきた。本当は勇者の後をつけてどのくらい強くなっているのか確認したかったのだが、もし見つかってしまったら目も当てられない。そこは必死で我慢した。
そして今日……ようやく勇者が私の目の前に現れた。
「お前の境遇は知ってる!
だが……だからって世界を滅ぼしていい理由にはならない!」
勇者が涙を浮かべた目で私に叫びかける。
いいぞ……ラストバトル前の魔王との語り合いは私がやりたかったこと3位だ!
「……勇者、こいつに何を言っても無駄……
さっさと殺すべき……」
おいコラ魔法使い! お前空気読めよ!
今めっちゃいいシーンだろうが! 帰れ!
「ふふふ……世界を滅ぼしてもいい理由にはならない……か……それは私の境遇を聞いても同じことが言えるかな?」
「いや……だから知ってるって言ってんだろ……」
戦士が何言ってんだこいつ……みたいな顔でこちらを見る。ええい! やかましい! ラストバトル前は魔王が語るんだよ! お前らは神妙な顔して聞いてろ!
勇者達に言葉を挟まれる前に自分の設定を語る。俺の設定は家族や恋人を殺されたというものだ。それをめちゃくちゃ丁寧に装飾して涙なしでは語れないものとなっている。
ちなみに俺の両親は健在だ。南の方で芋育ててる。
恋人? いたことがない。
「……お前の境遇は同情する。悲しい過去だとは思う……でも……僕はこの愛する世界のために……お前を倒す!」
よし! 勇者がノッてきた! いい感じになってきたぞ……
「ふふふ……ならば私を倒してみせろ!
勇者よ!」
そうして戦闘を開始させる。
いいぞ……面白くなってきた……
まずは勇者達に全体攻撃を仕掛ける。
深い闇が周囲を巻き込み勇者達を飲み込む……これで絶望を与える演出はバッチリだ!
放たれた闇が晴れて行くと……勇者達が倒れていた。……あれ?
急いで勇者の元へ駆け寄り脈を取る。
…………死んでる。
え? え? 嘘でしょ? これで? 予想だとここで勇者達がボロボロになって絶望しながらも立ち向かってくるって感じだったんだけど?
全員の脈を取って見るも、誰一人として生きていない。マズイ……このままだと私のシナリオが……
急いで懐から復活の魔玉を取り出す。
本来なら一度死んだ私がこれで蘇るという予定だったのだが仕方ない……これを使い勇者達を蘇らせ、全体攻撃を放った位置に小走りで戻る。
「ぐ……あれ? 俺は死……」
「ほう……私の一撃を耐えるか。
どうやらそれなりにはやるようだな。」
「え? でも俺今死……」
「それなりにはやるようだな!」
蘇生させた事実を無視し、あくまで攻撃を耐えたという体で話を進める。死んでないったらない!
「さすがね魔王……死を幻視させるとは……」
そう! それ! お前いいこと言った! そういうことにしよう! ナイスフォロー僧侶!
「え……幻視……?」
「ふふふ……我が魔法を見破ったとて貴様らが勝てるわけではない……さあかかってこい勇者よ!」
これ以上ボロが出る前に戦わなければ……
腰から剣を引き抜き、勇者の攻撃を誘う。
「今だぜ! 勇者!」
「え? あ、うん! うぉぉぉぉ!!!」
勇者が剣を振りかぶり俺に斬りかかる。その剣を俺が受け止め鍔迫り合いに入ろうとする……やりたいこと2位だ! 名シーンになるぞ!
「うわぁぁ!」
「え?」
しかし勇者は俺の剣戟を受けた途端後方に吹き飛ぶ……え? めっちゃ軽かったんだけど……なにこれ?
「ぐ……まだまだぁ!」
すぐに立ち上がった勇者が私に連続攻撃を決める。……しかし遅い。めっちゃ遅い上に軽い。え……もしかしてこの勇者弱い?
いや! そんなはずはない! だってこいつら魔王軍四天王も倒したはずだし! わざわざ弱い順に当てがって各個撃破させたし!
「ぐ……なんていう強さだ……
ブルーノートよりも強いなんて……」
「さすがは魔王ね……
四天王とは格が違うということか……」
は?
ブルーノート? あいつ四天王じゃないけど?
あいつは確か……そう、魔王軍の下っ端だ。よくパン買いに行かせてた。
えっちょっとまって嘘でしょ? ザイードは? クラーナは? アリザークとベルリオーズは?お前ら倒したんじゃないの?
「でも……負けられないんだぁ!」
「勇者……援護する……」
「おう! いっちょやってやろうじゃねぇか!」
こちらの困惑も知らず勇者の剣戟に戦士の一撃が加わり攻撃を再開してくる。その上遠距離から魔法使いに魔王で射撃される。
んん! 弱い! 戦士の一撃だって勇者よりすこし強い程度だし魔法使いの炎は腕を振った風圧で消せる。ええ……
「いいぞ! 押してる!」
押してない! 呆れてんだよ!
「くぅぅ……小癪なァ!」
一旦勇者達から距離を取る。考えろ……どうやったらこいつらにドラマチックに負けられる……
「いける! 追い込むぞ!」
いけねーよ! ちょっと黙ってろ!
「やぁぁぁぁ!!!」
勇者の剣が迫る。ここは敢えて食らっておくべきか……あえて剣を体で受け止める。勇者の剣が俺の体を切り裂く……はずだった。
……あれ? マジ? 嘘でしょ?
剣なのに!? 剣食らってノーダメージ?
あまりの衝撃にすこし時間が止まったかのように硬直する。勇者側もどうしたもんかと硬直している。
「え?」
「…………ぐはぁぁぁ!!」
とりあえず吹き飛んでおく。ワンテンポ遅れてのダメージだったので不自然極まりないがやらないよりマシだ。
「え? え?」
「くぅぅ……やるな……勇者!」
「え……?でも……」
「さすがね勇者! きっと魔王の秘孔的なものをついて時間差でダメージが入ったのよ!」
そう! それ……ってそんなわけあるか! 僧侶バカか!
「そ……そうか! やったぞ!」
そんで勇者も素直すぎない!?
「畳み掛けるぞ!」
「「「おう!」」」
勇者達が追い打ちをかけんと攻撃してくる。全然痛くもない攻撃をわざと食らって痛そうな演技をするというなんとも不毛な時間を過ごす……ちゃうねん、こんなんやりたいんちゃうねん……
かくなる上は……
「はあぁっ!」
力を込めると全身から生命エネルギーが放出され、勇者達が吹き飛ぶ。追い詰められてる風だったし少し力解放してもいいやろ……ぶっちゃけ負ける気がしないからこうして生命エネルギーを出し尽くして負けるって感じにしよう。
「くくく……私をここまで追い詰めたのは貴様らが始めてだ。」
違う意味でな。
「ぐ……なんてエネルギーだ……近づくことすらできないなんて……」
いや順当に来てたら近づくことくらいはできたんだよ。なんでお前らそんなレベルで挑んできたよ。王国西の洞窟とか迷子メタルいっぱいいたろ。俺が一匹一匹捕まえてきたやつ。
「かあっ!」
生命エネルギーを放ち選手、魔法使い、僧侶を攻撃する。全力で手加減された一撃により、三人は気絶する。良かった……力加減間違えなくて良かった……
「み……みんなっ!?」
「くくく……お仲間達はもう片付けた。次は貴様の番だ勇者ぁ!」
「ま……魔おぉぉぉぉ!!」
勇者が叫ぶと俺の頬に一筋の傷が走る。勇者の体からは生命エネルギーが放出され、神々しい金色のエネルギーが勇者の全身を包み込む。
「なっ!? これは!」
さっきまでの勇者からはありえないほどのエネルギーだ。こんな隠し玉があったのか! やるじゃん勇者!
「これは……お前に殺されたみんなの力だ!
みんなの……絆の力を見せてやる!」
いや殺しとらんわ。でもいいぞ! すごいそれっぽい! これを待ってたんだ!
「ふふふ……面白い。来い! 勇者ぁぁぁぁ!!」
「魔王ぉぉぉぉ!!」
人間の限界を超えた速度で衝突せんと向かい合う。その手に持った剣がぶつかり合うと、強い衝撃波と共に二人は静止する。
「ふふふ……ここまでとは! 面白い! 面白いぞ勇者ぁ!」
「黙れ! お前は……お前は許さない!」
いい! 最高だ! これこそ私の望んだ勇者の姿!
数合の剣戟の末、僅かに地力で勝る魔王が優勢になるが、両者の全身には無数の傷跡が走る。
「魔王……これで決める!」
勇者が魔王から距離を取り、独特の体勢で剣を構える。命を捨ててでも勝利をもぎ取る捨て身の構えだ。
「面白い……受けて立とう!」
それに対して私も同じく捨て身の構えで相対する。これで負けて勇者と語る……それが私の求めた魔王の姿! やりたいこと第1位だ!
「はぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「ぬぅぉぉぉぉぉ!!!!」
勇者と魔王が向かい合う。一瞬にしてその距離が……詰まらなかった。あれ? えっ……あれ?
「へ?」
気がつくと私は倒れていた。全身から放出されていた禍々しいまでの生命エネルギーも尽き、今にも生命の灯火が消えんとしている。
「えっ……ちょっとま……」
「えー……」
勇者も呆然としている中、だんだんと俺の身体が死に、魂が消えてゆく。ちがう! こんなの……こんなの俺のやりたかった魔王じゃない!