高文7
悠里ちゃん的に恋愛対象は30歳までありらしい。
飛び上がって喜びそうになったのは内緒。
もうちょっと待って、悠里ちゃんが16歳になったらそれとなく告白してみようかな、とか。調子にのったことも考えていた。
本当は高校教師が高校生となんて駄目だけど学校も違うし、昔からの付き合いなのでばれないだろう。悠里ちゃんならうまく立ち回ってくれそうだし。
そんな都合のいい妄想は、6月の末に打ち砕かれた。
家に帰る途中、悠里ちゃんが男の子にキスをするのを目撃してしまった。
何を話しているかわからないくらいの遠目だけど、外ならぬ悠里ちゃんを人違いするなんてありえない。
死にたいくらい憂鬱だった。浮かれてた自分を殴ってやりたい。年齢的にありだと言ったからって自分が可能性があるなんてどうして思ったのか。
気を紛らわすために少し先の小テストでも作成しようかと用意して机に向かったけど、全く手がつけられない。
「はぁ…」
こんこん、と窓がノックされた。いつもの合図だ。
「…どうぞ」
そうだ。ちゃんと聞こう。どんな相手なのか、悠里ちゃんに相応しいのか。それくらいなら、兄としておかしくない。
「こんばんわーっす」
とは言え、すぐに切り出すのも不自然だ。まずはいつも通りゲームをしていてもらおう。
「お兄ちゃんはしないの? お仕事?」
「ん、今はいいよ」
「ゲームしても大丈夫? ホントに邪魔じゃない?」
「前にも言ったけど、僕が悠里ちゃんを邪魔に思うことなんてないよ」
「そう」
悠里ちゃんはさささっとゲームを始めた。いつも通りだ。
…つまりあのキスは、悠里ちゃんにとって特別でもなんでもない普段通りということだ。一体いつから付き合ってるんだ。
必死に仕事をしているふりをしながら悠里ちゃんの様子を伺う。
「悠里ちゃん」
「なにー?」
意を決して、ずばり彼氏がいるのか尋ねた。
「は?」
きょとん、と悠里ちゃんは意味がわからないとばかりに僕を見て、ゲームキャラクターが死んだので慌てて視線を戻しながら怒った。
「いないよ。先月の頭にも言ったじゃん」
文句を言う悠里ちゃんにハッキリ返答を求めるとさっぱりきっぱりいないと言われた。
その返事にちょっと嬉しくなりかけたけど、いやいや、ならあのキスはなんだったんだ。余計にわからないぞ。
「見るつもりはなかったんだけど…キス、してたよね。男の子に」
「あー…あれね。実は一目惚れだって告白されだんだ。断ったんだけどね。どうしてもって言われたから頬にキスしてあげただけだよ」
「…え」
思い切って白状するも、悠里ちゃんは何でもないみたいに苦笑する。
頭の中が真っ白になって何も考えられなくなる。
「…つまり、初対面の人にキスしたってこと?」
「え? あー、まぁそうだけど。でも外国では初対面でもキスは挨拶なんじゃないの? 行ったことないから知らないけど」
「それは僕もよく知らないけど、ここが日本なのは知ってるよ」
言いながら、悠里ちゃんの隣に座りなおす。体がわずかに震えたけど、それがどういう感情なのかは自分でもよくわからない。
悠里ちゃんはゲームのコントローラーを放って僕を向いてきょとんとしてる。そのあどけない可愛らしい仕草が余計にイライラする。
「…お兄ちゃん? 怒ってる?」
「当たり前でしょ。悠里ちゃん、知らない人にキスするなんてなに考えてるの? 頭がおかしいとしか思えないよ」
「は!?」
言葉がとまらない。気持ちがぐちゃぐちゃで何がどうなってるのかわからない。
そんな簡単にキスをする悠里ちゃんが腹立たしくて、キスを気にしないことが悲しくて、でも僕がされていないことは悔しくて、とにかく怒鳴ってしまいたい。
「悠里ちゃんがそんなにふしだらな女の子だとは思わなかったよっ」
悠里ちゃんは驚いてから視線を落として俯いた。
はぁ…ちょっと、興奮しすぎてる。それは自覚してるけどまだ冷静にはなれない。
「悠里ちゃん、反省してるの?」
「お兄ちゃん」
悠里ちゃんはすっと顔をあげ、真剣な面持ちで膝立ちになって僕の両肩を掴んだ。
え? なに? ち、近いよ?
「な、なに?」
尋ねても悠里ちゃんは黙ったまま、ゆっくり僕に近づいてくる。
え?
「ゆ、悠−」
ちゅ
キスをされた。頬と唇の端っこにもあたるかなってくらいの位置。一瞬だけ触れるキス。
全身から汗が吹き出す。暑い。悠里ちゃんと、キス、してしまった。
意味がわからない。
心臓の音がうるさくて、彼女な唇の感触で頭の中がいっぱいになって何も考えられない。。
「……ほら、お兄ちゃんにだってキスするんだから、他の、人に…………え?」
悠里ちゃんが何を言ってるのか、自分の心臓の音で聞こえない。でも途中で表情を変えたのはわかった。
漫画みたいに一気に耳まで赤くなる悠里ちゃん。僕もこんな風に見えるんだろうか。
「ちょっ、ちょっと待って! 待って! 今のなし!」
僕の肩を突き飛ばして悠里ちゃんは座り込んで耳を両手で抑える。なにこれ可愛い。
ていうか悠里ちゃん、照れてる、よね? さっき、キスなんて挨拶だって言ってたのに?
もしかして……え、そうなの?
「悠里ちゃ−」
「ちょっと待って! そこで待って!」
「は、はい!」
あまりの可愛さに思わず抱きしめようとしたけど悠里ちゃんが立ち上がるのにはっとして慌ててやめる。
「ちょっと、ホント、タンマだから!」
悠里ちゃんはそう言いながら部屋を出て行った。
えー、っと。僕はいつまで待てばいいんだろう?




