89
「あ、あのっ」
「ん? ……………あ」
「え? あ、もしかして…俺のこと知ってます?」
声をかけられて振り向くと見覚えのある顔に思わず声をあげた。
昔のことで記憶も劣化してきてたけど、顔を見ると記憶が鮮明に蘇ってきた。とは言え今は初対面なので慌てて取り繕う。
「いやっ…何となく見たことあるような気がして……えっと何ですか? 知り合い…じゃないですよね?」
「あの、俺…相内勇気って言います。何度か、道すがら、会ってます。ま、会ってるっていうか、すれ違ってるってことなんですけど」
「はあ」
いや、名前は知ってるけど。ていうか何? 今回は接点何もないけど。
「お…俺と付き合ってくださいっ。一目惚れしましたっ」
「…は、いい?」
…いや、驚いた。
勇気は、私の前回の人生で唯一半年だけいた彼氏だ。クラスメートで見た目がとにかく好きだ好みだと言われて、優生と同じ呼びの名前で親近感あったし勢いに押されて付き合った。
でもまさか今回も告白されるとは。本当に私の見た目だけが好きだったのか。
「お願いしますっ!」
90度腰を曲げて頭をさげる勇気。やってることはアレなのに名前が名前だけに何故か格好いい文章になる。
「…お断りします」
「な…なんで!?」
「あなたのこと何も知らないし」
「恋人は!?」
「いませんけど…とにかくお断りです」
最初はどうでもよかったけど、付き合ってる間優しかったし嫌いじゃないし好きかなーと思いかけてたけど、半ば無理矢理エッチされてそれから連絡ないと思ったら親の都合で引っ越しやがって。
無理矢理されたのもまあ付き合ってるし仕方ないかなとか許そうと思ったのに、告白する時から転勤は決まってたとか完全に私は思い出ってかやり逃げのためかって感じだ。
別に今は一発殴りたいとも思わないし、都合がいいっちゃいいけど、だからって勇気とまた付き合うなんて冗談じゃない。
「あなたは私を一目で気に入ったんですか?」
「そうです」
「私はあなたを一目で気に入らないと思ったので無理です」
「……じゃ、じゃあ…せめてキスしてくださいっ」
「…頭、大丈夫ですか?」
「俺、半年後に引っ越すんです! お願いします!」
「何の理由にもなってないよね」
そんな必死にされても。普通は初対面の人にキスしないし、いきなりキスしてなんて警察呼んじゃうレベルだからね。
「お願いします! お願いします!」
「土下座っ!?」
どこまで!?
付き合ってる時もなんか私のこと褒めまくるしどれだけ私のこと好きなのって引いてたけど、本当にどんだけ!?
「ほっぺ。ほっぺたにちゅってしてくれるだけでいいから!」
「と、とにかく立ってくださいっ」
人通りが少ない道とは言え、知り合いに見つからないとも限らない。道端で男子中学生に土下座させるとか私の評判がた落ちだよ。
「うんと言ってくれるまで! 俺は土下座をやめない!」
「わ、わかった! わかったから!」
「…本当に?」
「う、うん。ほっぺたでいいなら…い、一回だけですよ」
「キターー!」
いや、本当、普通は絶対逃げるからね。私だから許されてるけど殆ど脅迫だからね。ドン引きだから。
まあ…考えたら勇気と付き合ってた私は恋とか全然わかってなくてキスもしないままだったし、ほっぺたくらいいいよね。
「ドキドキわくわく」
「…黙ってくれない?」
「はい、黙りますっ」
立ち上がった勇気。相変わらずお調子者で苦笑する。
私よりちょっと背が高いから、ちょっとだけ背伸びして頬にキスをした。
「はい、おしまい。あ、言っとくけど内緒にしてよ。誰かに言って変な噂とかたてたりしたらあなたに痴漢されたって言うから」
「言いません言いません! ありがとうございます! 家宝にします! 一生顔は洗いません!」
…元カレといえ、気持ち悪いなぁ。
「じゃあ…悪いけどもう私に関わらないでね。本当に付き合う気はないから」
「はい…名残惜しいですが……しかし元より玉砕覚悟の身、思い出をありがとうございましたぁ!」
「もういいから」
また頭をさげる勇気。こういうすっぱりした男に二言がないとこは、結構好きだった。しつこいけど、しないと言えば絶対しない。
「じゃあね」
勇気と別れる。
殆ど存在忘れてたけど、それでも最悪な別れをした相手と綺麗に別れなおすとすっきりする。うん、悪くない。
外人的彩ちゃんの愛情表現のおかげで頬にキスくらいは知り合いなら抵抗もないしね。気持ちよく別れられてよかったー。
○
地味に張ってきていた伏線がここで回収されます。
悠里の流されやすさは相手が年下とか関係なく昔からです。




