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「いっ、てきまぁす」
「頑張ってね」
「あ、う〜」
私はお母さんとお母さんの腕の中の優生に手を降ってバスに乗り込む。
今まではお母さんが送り迎えしてくれてたけど、3歳になった私は一人で水泳教室の送迎バスを利用することになった。
勿論反対されたけど、隣の高文お兄ちゃんも通ってたのを知り、お兄ちゃんにお願いしたのだ。
中学生になったお兄ちゃんが一緒の送迎バスとなれば話は違うので、私は見送られて出発した。
「こんにちは、悠里ちゃん」
お兄ちゃんは隣にやってきた私に挨拶をしながら、椅子に座ろうとする私を抱き上げて椅子に座らせた。
「おはよーござます。高文お兄ちゃん」
「うん。にしても悠里ちゃんが水泳やってるなんて驚きだね。しかも同じ教室で」
「年少組はプールが違うから気づかなかったんだよ。更衣室も勿論違うし」
ちなみに始めたころはお母さんに着替えさせてもらってました。水着はぴちぴちして自分では着にくいのですよ。
まぁお母さんは普段はゆっくりながら自分で服をきる早熟な(相手からすれば)私だけに、喜んで世話をやいてくれるんだけどね。
「そっか、にしても悠里ちゃんって、舌足らずな時とそうでない時があるよね」
「! …え、えー? 悠里、わかんなーい」
ってこれは子供じゃなくてどこのコギャルだ!
とりあえず話題を変えよう。
「ね、お兄ちゃん」
「なに?」
「今度ね、図書館に連れてって欲しいの」
「ああ…そういえば前にも言ってたね。僕が借りてきてあげるから、大丈―」
「悠里が自分で行きたいの、駄目ぇ?」
うるうる。
子供特有のくりくりした目をうるませてお兄ちゃんを見上げ、そっとお兄ちゃんの手を握りながらあからさまに媚をうる。
「う…ううん、分かったよ。ただし、君のお母さんがいいって言ったらだよ」
案の定、優しいお兄ちゃんは頷く。前回もだがお兄ちゃんはおねだりに弱いのだ。互いに兄弟姉妹がいないので本当の兄妹以上に仲良くしたものだ。
「やたぁ! お兄ちゃん大好き」
頭をすりよせるとお兄ちゃんはよしよしと私を撫でてくれる。
うにゃあ…これやっぱり好き。ただ中学生にやられてると思うと複雑だけどね。
○
「お待たせ、お兄ちゃん」
水泳教室が終わった私はなるべく早く着替えたのだけどすでにお兄ちゃんはロビーにいた。
「遅いよ、悠里ちゃん」
「ちっちっち」
文句を言うお兄ちゃんに私は人差し指をふって見せる。
「?」
「れでぃの着替えは時間がかかるのよ。お兄ちゃん、あんまり無神経なこと言ってるとモテないわよ」
「…悠里ちゃん、どこでそんな言葉憶えてるの?」
「な・い・しょ。女は秘密を持つものなのよ」
お兄ちゃんにはもう舌足らずにするの面倒だし止めることにする。
それにお兄ちゃんを子供扱いできるのは今だけだ。と言っても、端から見たら生意気な子供に面倒を見てあげてる兄、なんだろうけど。
「まぁいいや。今バスが行ったとこだから、もうちょっとかかるよ。ジュース、飲む?」
「うん」
私はお兄ちゃんが座るソファに座って缶を受け取る。大きくて両手でないともてない体にため息をつきたくなる。
せめて5歳までにはもうちょっと大きくなりたいなぁ。
缶を傾け、なんとかオレンジジュースを飲む。
「…あ」
「ん? どうかした?」
「間接キスだね」
「…そうだね」
お兄ちゃんは困ったように笑う。
さすがに幼児相手に頬を染めてはくれないらしい。高校ん時はちょっと照れてくれたのになぁ。