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夏休み最終日。
呆気なく、何のドラマもイベントもないまま、決断の日を迎えてしまった。
いや、一応夏祭りとか花火とか泳いだりとかみんなとも遊ぶし一通りイベント自体はあったけどね。
あったけど、普通に楽しいままドキドキとかしないまま、最終日になった。
「悠里、聞いてる?」
「ん? うん、聞いてるよ」
聞いてなかった。どうしようかと考えてるうちにぼーっとしてた。
何度目かわからないくらい、私の部屋で二人でいる。葉子ちゃんといるのに慣れすぎて、自室なのもあって気を抜いてしまった。
「…嘘つき」
「あ、その…ごめんなさい」
「ん、許す」
バレバレだった。葉子ちゃんは結構鋭い。多分私の考えてることも悩んでることもわかってるんだろう。だからより、悩む。
「えっと、何の話だった?」
「プレゼント」
「え…何で?」
「…今日は特別だから」
私の返事がYESでもNOでも一つの区切りだ。だから改めてプレゼントをすると葉子ちゃんは言いたいんだろう。
記念日なんて無頓着そうだけど私の誕生日もちゃんとお祝いしてくれたし、勉強以外はマメだなぁ。
「これ」
葉子ちゃんが鞄から取り出したのは、あの…なんていうんだろう。黒くて長い、卒業式で貰う卒業証書入れ。というか金文字で○○卒業とか書いてあるし。何で卒業証書? もらっても困るんだけど。
「えっと…」
とりあえず受け取る。
「中、見て」
「ん? うん」
きゅぽっ、と小気味よい音をたてて開く。ちょっと気持ちいい。中から卒…卒業証書じゃなかった。
「うわぁ…凄い」
私の似顔絵だった。胸から上で、笑顔の私が描かれていた。丁寧に色塗りもされた、ちょっと美化までされた可愛い私がそこにいた。
「…ありがとう、葉子ちゃん。すっ、ごい…嬉しいよ」
普通に本職の似顔絵描きと言われても驚かないくらいに上手い。クラゲの時も感心したけど、自分の顔を描いてもらった感動で割増になってるのかめちゃくちゃ上手く感じる。
「ん…」
葉子ちゃんは静かに、照れたようにはにかみながらいつも通りに小さく頷いた。
普段はクラゲしか描かないっていう葉子ちゃんが描いてくれただけでも嬉しいのに、こんなに素敵な絵を、誕生日でもないのにプレゼントされた。
心が温かくなって、本当に葉子ちゃんは素敵ないい子だなぁって再確認した。
「ちなみにこの入れ物は?」
「ん、適当なのがなかった」
「そうなんだ。確か額縁があったから、それに入れて飾らせてもらうね」
「ん」
まだちょっと葉子ちゃんは照れ顔だった。可愛い。
「葉子ちゃん、本当にありがとうね」
可愛いからたまらず葉子ちゃんの肩を引いて、お礼もかねてキスをした。元々彩ちゃんとも殆どキスしてるみたいなものだし、葉子ちゃんとはもうしてるし抵抗は全然なかった。
「っ…」
「え…」
肩から手を離して上体を戻すと葉子ちゃんは私に引かれて前に傾いたまま、真っ赤になって固まっていた。
「よ、葉子ちゃん?」
前にキスしてきた時も赤くなってたけど、一般人なら照れてる程度に頬が赤くなってたくらいだ。なのに今、葉子ちゃんは耳も首も真っ赤になっていた。
「大丈夫!?」
葉子ちゃんがこんな反応するなんて! もしかして今蜂に刺されたとか!?
「だ…大、丈夫」
「本当に? 蜂は?」
「はち? …よくわからない」
あれ、蜂関係なかった。いや、蜂の姿は見えないけどさ。でもそうじゃなきゃ、たかがキスでここまで赤くなるわけないし。
「嬉しくて、照れただけ」
「え? それだけ? キスなら前にもしてるじゃない」
「…悠里からは、初めて」
赤いままはにかむ葉子ちゃんはとても可愛くて、死にたくなった。
「……ちょっといい?」
「ん?」
絵を置いて葉子ちゃんを抱きしめる。
くっつくとドキドキドキッと、葉子ちゃんの心臓が凄く早く動いてるのがわかる。
だけど私の心臓は、平常運転だ。
正直、今私、葉子ちゃんと付き合ってもいいかなって思ってた。いい子だし可愛いし面白いから飽きないし、私のこと好き好きっていっぱい伝わってくるのはちょっとくすぐったいけど嬉しいし。
でも、今の私、凄い悪女じゃない?
好きでもない癖に、葉子ちゃんは喜ぶだろうって上から目線でお礼にキスして? 実際に喜んでるけど、でも私は全然ドキドキしてない。
葉子ちゃんは私に恋をしてるんだからこうなるってわかってたのに。気持ちに温度差があるってわかってたのに。兄弟にやるみたいに簡単にキスして葉子ちゃんを振り回した。
こうなるのはわかってたのに、わかってて、彼女の気持ちを弄んで? それって…最悪じゃない。私なにやってんの?
抱き着くのをやめて、座り直す。
「ねぇ、葉子ちゃん」
「なに?」
「…今日で別れよう」
「……私じゃ、駄目?」
「ごめん。本当にごめんね。私は葉子ちゃんに、ドキドキできなかった」
「……」
つぅ、と、人形が涙をこぼしたみたいに、無表情のまま、葉子ちゃんは涙だけを流した。
「ごめん」
私は何もわかってなかった。
お試しと言うなら、この夏休み、私は彼女を好きになる努力をしなきゃならなかった。少なくとも葉子ちゃんは私に好かれようと一生懸命だった。一生懸命なのはわかってたのに、軽く考えてた。
私はただ葉子ちゃんと遊んで楽しんでただけで、現実逃避をし続けただけで、一瞬も本気で向き合ってなかった。
本当に、最低だ。何も考えてない。どうして私はこんなに駄目なんだ。
流されるまま生きてきて、何度も失敗してるのに、死んでもまだ、治ってない。
こんな私が、誰かと付き合うなんてできるはずがない。葉子ちゃんと付き合っても不幸にするだけだ。
そもそも好きでもないのに付き合うことが間違いだったんだ。
「ごめんね」
謝るしかできない私に、だけど葉子ちゃんは首を横にふった。
「?」
「悠、里は…悪くない。私が、好かれるほど、魅力、なかっただけ」
「っ」
泣きたくなった。違うよって、葉子ちゃんはとっても魅力的な女の子だよって、言って、抱きしめてあげたかった。
でもそんなことが許されるはずがない。こんな酷い、悪女な私に、泣く資格なんてあるはずない。慰めるなんてお門違いだ。
私は唇を噛み締めて、涙をこらえた。
「悠里」
「な…なに?」
「悠里は、優しいね。大好き」
「っ…」
違う。違うんだ。私は自分に優しいだけで、自分に甘いだけで、葉子ちゃんに酷いことしかしていない。私の優しさなんて上っ面でしかない。
本当に優しいのは、葉子ちゃんだ。
「ねぇ、悠里」
「っ、ぐ…ぐず…すん」
涙を必死でこらえているのに、視界が歪んで鼻水が出てきた。
「恋人は無理でも…ずっと、私と、友達でいてくれる?」
「っ、よ、ようごぢゃんー!!」
抱き着いた。駄目なのに、我慢ができなかった。
どうして葉子ちゃんがそんなに優しいのか、こんなに素晴らしい葉子ちゃんがどうして私を好きなのか、ちっともわからない。
「ごめん、ごめんねっ」
ただわかるのは、私も葉子ちゃんが凄く好きで、掛け替えのない友達だってことだけだ。
友達でいて下さいと言わなきゃいけないのは私だ。泣くのが許されるのは葉子ちゃんだ。なのに全部逆で、葉子ちゃんが私を慰めてる。
もう私には、謝るしかできなかった。
それが自己満足だってわかってても、謝るしかできなかった。
「悠里が謝るの、変」
謝らなくていいと、葉子ちゃんはいつもの口下手さで伝えてくる。葉子ちゃんはそっと、私を抱きしめてくれた。
この期に及んで彼女の優しさに甘えてしまう私は最低で、なのにそんな私に彼女は優しい。
どうすればいいのか、何が正しいのか、私は何をすれば彼女を傷つけずにすむのか、何もわからなかった。
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