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「付き合えばいいじゃない」
軽く、新発売のお菓子を買おうか迷ってるのに買えば、というくらいに軽く、彩ちゃんは相談した私にそう言った。
「嫌いじゃないなら物の試しに付き合えばいいわよ。いい経験になるわよ」
「経験って…さすがにそれは失礼というか、不実じゃないかなぁ」
その言い方ではまるで別れることが前提だ。まあ確かに私は死ぬのだから実は別れることが前提条件なんだけど。
「悠里ちゃんが真面目なのは今まで散々言ったし、自覚もしてると思うけど、今回のことは深く考えなくてもいいと思うよ」
「実代ちゃんまで…」
「あのね、悠里は勘違いしてるわ」
「勘違いって?」
二人は呆れたように肩をすくめてアイコンタクトをとってから私を見る。
「女同士なのよ? 大人になってもずっと続くわけじゃないわ。前にも言ったでしょ。はしかみたいなものよ。遊びよ。仮にその子が本気って言ったって結婚もできないし、子供もできないわ。ほんの数年、数ヶ月の戯れなんだから」
「そうだよ。学生のうちにだけできる遊び。もちろん当人たちは本気だろうけど、大人になれば思い出になるようなものだよ」
「まして本人が悠里に好きな人ができるまでって言ってるんだから、将来の予行練習だと思えばいいのよ」
「それは…違うよ。練習なんて、思えない」
そんな風には思えない。例えこの学校のカップルが全員未来には別れてるとして、本当に私が付き合ったとして、付き合ってる間は相手を好きでいる努力をしているはずだ。喧嘩をしてもまた仲直りして恋人としてちゃんと愛し合うかも知れない。
なのに、遊びを前提に、別の人との付き合いを前提に付き合うなんてできない。そんなのおかしい。
私は確かに別れること前提だし、軽い気持ちで付き合うのはありだと思う。でも、練習だなんて、それはもう好きとか嫌いとか軽いとか重いとか関係ない次元だ。
「…そうね、今のは失言だったわ。ごめんなさい。でも嫌じゃないなら付き合うのも悪くないわよ。恋人ごっこもきっと楽しいわよ」
「…彩ちゃんたちもしたことあるの?」
「私はないわよ」
「私もないよ」
「もう! ないんじゃん! 今すごい色々考えたのに!!」
「私は一般論を言っただけよ」
「どこが一般なのよ…もう」
「まあまあ、悠里ちゃん、とにかくさ」
「うん」
「悠里ちゃんの好きなようにしたらいいよ。先のことは誰にもわからないんだからさ、今思うようにすればいいよ」
「そうそう。悠里は何でも深く考えすぎよ」
「悠里ちゃんがどうしようと、私たちはずっと味方だからね」
「むぅ」
大袈裟な言葉だ。そんな風に言われたら、私は何も言えなくなる。だってきっと、二人は本気でそう思ってくれてる。
「と、もうすぐ予鈴5分前よ。そろそろ中等部の方に戻りなさい」
「うん、わかった。相談にのってくれてありがとうね」
「どう致しまして。役に立ったかは悠里しだいだけどね」
「このくらいなら、いつでもどうぞ」
二人に手をふって、私は早足に高等部の棟を後にした。
そして中等部の自分のクラスに向かいながら考える。
彩ちゃんたちのアドバイスはある意味とても役に立った。
少しばかり、私は考えすぎていたらしい。
確かに、未来のことを考えて今を疎かにするほど馬鹿らしいことはない。だからこそ私だって恋人が欲しいとか、友達ともっと仲良くなりたいとか考えてる。
本当に私が死んだあとを考えるなら親しい人はつくらない方が悲しむ人がいなくてすむから、いいに決まってる。
でもそんなの絶対嫌だ。死ぬからこそそれまでは精一杯幸せでいたい。もちろん我が儘だと自覚はしてる。
でも、幸せになりたいと望むことが許されないなんて、そんな馬鹿な話があってたまるか。
できるだけ誰も傷つけたくない。その範囲で幸せになる。ここで、この範囲、というのが重要だ。
私は少し、過保護すぎるのではないか。
武君も、葉子ちゃんも、私の弟妹ではない。未来の、あらゆる傷まで私が鑑みて判断する必要はない。むしろ、私は何様だ。
武君には可哀相なことをした。未来に傷つけたくないからという理由でフるのは私が傲慢だったと反省してる。
まあ、過ぎたことだ。これからはやたらと未来を気にするのはやめよう。死んだ後のことなんて、死んでから考えればいい。
私は葉子ちゃんと恋人ごっこをしようか、検討することにした。
とはいえ、葉子ちゃんが傷つくのを無視しても、私が彼女を好きにならないまま死ぬ時になると損だ。
私は実は、恋というのを体験したことがない。だから恋人がいなくなる苦しみが想像できなくて可愛い彼女たちにはそんな目にあって欲しくないと考えていたわけだけど、まあそれはいい。
私は恋をしたい。誰かに恋焦がれてみたい。死ぬと知ってるからこそ、心残りはつくりたくない。
さぁて、どうしようかな。私は、どうすれば、幸せになれるのかな。
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