高文3
「…お兄ちゃん、今日は、ありがとう。助かったよ」
首に腕を回して抱き着いてくる悠里ちゃんを両腕で抱え直す。まだ子供体温の悠里ちゃんは温かいけど、それだけじゃなく首筋にあたる悠里ちゃんの頬は熱かった。
「いや。悠里ちゃんが困ってるなら、僕はいつだっていくらだって、助けるよ」
「…ありがとう。でもそういうのは彼女さんに言わなきゃ駄目よ」
「……」
少し胸が痛くなった。悠里ちゃんももう、そういう気遣いができる年齢だ、と思うと寂しい気がした。
だから言いたくなかったのかも知れない。悠里ちゃんの前ではただの兄で、一人の人間で、昔と同じまま、子供のままでいたかったのかも知れない。
自分でもよくわからないけれど。
小さくて軽くて人形みたいだった彼女が、僕の腰を越えて胸にまで届くようになった。
成長は喜ばしいことだけど、少し寂しい。なんて、父親か。
「どうしてあんなことになってたんだい? 今までにもああいうことはあったのかな?」
「いや、初めて…かな?」
「また疑問形を」
事実を尋ねているのにごまかすでもなく本気でわからないという悠里ちゃんには呆れる。
「原因は…簡単に言うと、彼女たちが好きな男の子が私に告白したからだよ」
「…悠里ちゃんは悪くないし、それでイジメになる意味がわからないよ」
「まぁまぁ」
イジメたってその男の子が振り向くわけでもなく、八つ当たりもいいところだ。
僕はますます腹がたったけど、外ならぬ悠里ちゃんが宥めるように言って僕の頭を撫でたので怒りを収める。
当事者がいい、というなら余計なことをするわけにもいかない。僕はその男の子でもないし同級生でもなく、無関係な人間だ。
「……」
「怒ってくれるのは嬉しいけどさ。私は大丈夫だから。武君、あ、私を好きっていう子ね。武君もいるから」
「その…こんなこと聞いていいのかわからないけど…」
「ん? なに?」
「た、武君とやらとは…つ、付き合ってるの?」
悠里ちゃんは僕から見てひいき目なしに十分に魅力的な女の子だ。聞いたことはないけどモテるとしてなんら不思議はない。
だけど尋ねるのには勇気が必要だった。ドキドキする。付き合ってると言われたらどうしよう。
どうするもなにも僕は文句を言える立場ではない。ただのご近所さんだ。だけどそれを承知で言わせてほしい。
悠里ちゃんと付き合うなら僕のお眼鏡にかなってからだ!と、言いたい。ちょっと一度会わせて欲しいと、とても言いたい。
でも言って、悠里ちゃんに限ってありえないと思うけど…うざーいとか言われたら立ち直れない!
ああ、どうなんだ!?
「付き合ってないわよ」
「そっ…そうだよねぇっ。まだ悠里ちゃんには早いよね!」
「…うん、そうだけど。何でそんなテンション高いの?」
「そそそんなことないよ」
やや興奮してしまったが何とか平静を装った。
そうか、そうだよね。まだ悠里ちゃんには早いよね。悠里ちゃんはまだ子供だもんね。そうそう人って変わらないよね。うんうん。
「それより悠里ちゃん、さすがに学校の中は無理だけど外で困ったことがあったら言うんだよ。さっきも言ったけど、助けるから」
「だから心配しすぎだってば」
「悠里ちゃんは賢いのに察しが悪いね。それだけ、悠里ちゃんが大事なんだよ」
「…うん、ありがとう」
悠里ちゃんはぎゅ、と抱き着く腕に力をこめた。腕は痺れてきたけど、もうひと頑張りだと自分に言い聞かせる。
ちょっとは鍛えたほうがいいかなぁ。大きくなったからって悠里ちゃんを担げないようじゃ、兄とは言えない。
○
次からまた悠里視点です。