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「どこか痛いとこはあるかな?」
「ない。ゆーり、げんき」
目が覚めたら病室で、お母さんと駆け付けたらしいお父さんに心配されながらこうして診察を受けている。
「うーん、異常はなし、か」
私が寝てる間にも熱をはかったりレントゲンとかMRI?などしたらしいが、異常はないらしい。
まぁ…たぶんというかトラウマになってるなぁ。
道を渡れないとか……私、どうやって生きていけばいいんだろ。
「そんなはずはありません。悠里ちゃん、本当に苦しそうだったんですから」
「ですがねぇ……悠里ちゃん、その時のこと、言えるかな?」
「ん、そと、ぶーぶーくる。みち、わたる、むり」
「……まぁ、とりあえず体には異常ないですし、様子を見ましょうか」
「そんな!」
「お母さん落ち着いてください。本当に異常はないんです。お母さんの話からも考えられるのは精神的問題なんですが…初めて外に出たんですよね?」
「車や自転車に乗せて、ならありますけど…この前まではいはいでしたから歩きは初めてです」
「ふむ…その時に猫がひかれるのでも見たんでしょうか」
「悠里ちゃん…」
お母さんがそっと私の頭を撫でる。その手に頭を押し付ける。
「とにかく、悠里ちゃんの変化には注意しながら今までと同じように生活してください。何かあったらすぐに来てくださいよ」
「はい…」
○
「悠里ちゃん、大丈夫?」
「恐くないかい?」
「へーき」
私はお父さんにおんぶされて家に帰っている。
不思議だけど道を渡っていてもトラックを見ても、お父さんの体温を感じていれば全く恐くはなかった。
う〜ん、でもこれなら、誰かしら手を繋いでくれれば平気になるかなぁ。
「うぅ、でも今日は恐かったわ。悠里ちゃん、突然唸り声をあげて真っ青な顔で動かなくなるんだもの」
うわ…それは恐いかも。
○
次の日もその次の日も、お母さんは私を家から出さなくなったけど、それはつまり買物の時には私は留守番ということで、3日目の今日、私はこっそり家を出た。
が、やはり道を渡ろうとするとぞくぞくとして薄ら寒くなる。
渡ろうと思わなければ道の端を歩いても何ともないんだけどねぇ。
「…どうしよう…あ」
「?」
ちょうど、まさにタイミングよく隣の家からお兄ちゃんが出てきた。
私より10上で、前の時にも兄みたいに接してくれた。名前は秋吉高文で秋吉おばさんもいい人だ。
前はお兄ちゃんが中学生の時に知り合ったんだけど今はまだ小学生だ。
ちなみに私が高校生(死んだ時)は担任の先生だったりする。
「ねぇ、お兄ちゃん」
「ん? なに…ああ、隣んちの子供か。体は小さいけどもう話せるんだ」
お兄ちゃんに近寄るとやっぱり大きい。
小学生ならどのくらいで話すかなんて分からないだろうし、普通に話しちゃえ。
「うん、ねぇお兄ちゃん、私公園に行きたいんだ」
「行けば? 僕も行くし」
ごもっとも、目と鼻の先だしね。私は精一杯手を上に上げる。
「手ぇつなごうよ」
「ええ? ん〜、まぁ子供だし、いいか」
「ありがとうお兄ちゃん」
お兄ちゃんは私の手を握る。お父さんに比べたら小さいけど、私よりずっと大きい手だ。
「お兄ちゃん、名前は?」
「高文だよ。君は?」
「悠里だよ。よろしくね、高文お兄ちゃん」
「……なんか、悠里ちゃん、今何歳?」
うえ!? な、何か怪しまれてる?
「い、一歳」
「この前幼稚園行ったんだけど、そこの子供たちよりはっきり話せるんだね」
「〜〜♪」
とりあえず口笛で誤魔化す。
「うわ、悠里ちゃん口笛吹けるんだ。僕できないのに」
「……」
はい、墓穴掘りました〜。
「まぁまぁ、とにかく公園行こうよ」
「と、そうだ。航太待たせてるんだ」
「向こうに着いたら手を離してもいいからね」
「分かった。ま、悠里ちゃん一人じゃ渡るのは危ないしね」
「うぬ」
よし、誤魔化した! そのまま小学生の小さな脳みそから忘れてプリーズ。
そして、私とお兄ちゃんは横断歩道を…
「悠里ちゃん?」
う、やっぱりちょっと恐い。けど、幻聴とかはないし。
大丈夫、大丈夫大丈夫大丈夫。
お兄ちゃんがいるもん。
私はぎゅ〜っと両手でお兄ちゃんの手を握る。
お兄ちゃんは一歩足を出しても反応しない私を不思議そうに、体を二つに折り私の顔を見る。
「悠里ちゃん? 行くよ?」
「う、ん。大丈夫。ゆっくり、行くよ?」
「はは、そんなに怖がらなくても車は来てないよ」
「でも…」
「大丈夫。お兄ちゃんが守ってあげるから」
「…うん、ありがとう」
お兄ちゃんの言葉に押されるようにそっと、足を踏み出す。
私の小さな小さな足が、白のラインの上に落ちる。
うん、大丈夫。
「行こう、お兄ちゃん」
私は、公園に辿りついた。