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「ねーねぇ!」
「優生!」
ばしゃん!
大きな音がして高く水しぶきがあがる。
助けなきゃ助けなきゃ助けなきゃ! 優生が死んじゃう!
私は慌てて飛びこもうとして、体が動かないことに気づいた。
「ゆ、優生! 優生!!」
「―、――」
「優生ィ!!」
「―ね、ねーねぇ」
「…あれ?」
目が覚めた。
私は自室でなくリビングのソファでうたた寝をしていて優生に起こされたようだ。
そういえば、朝ご飯のあとの記憶がない。
「優生、お母さんは?」
「まーまねぇ、おかーものいったの」
「買い物ね。そう…」
私たちは結局、昨日の夜には全員無事に帰ってきた。
だけどまだ、正直不安だ。海では死ななかった。でも、今日は? 明日は?
私は少なくとも普通にしてれば18まで生きた未来がある。けど、優生は違う。もう死んでた人間だ。昨日死ななくても、明日も生きれる確証はない。
「優生…」
「なぁに?」
「…ううん。なにか面白いテレビやってる?」
優生は楽しそうにぽちぽちとリモコンのボタンを押してチャンネルを変えていく。
「んー、あ、おさかにゃー!」
「あー、ほんとだねー」
どこかの水族館の中継っぽい。イルカが映っていてアナウンサーがカメラに向かって話し出す。
『このイルカのルイ君とは、8月31日までは予約さえすれば一緒に泳げ―』
『ここで臨時ニュースです』
「あー! おさかにゃきえた〜!」
画面がスタジオに移ったことで優生が不満気な声をあげる。
臨時ニュース…そういや、優生が死んだ時もニュースになったよね。海に流されたのが次の日にようやく見つかって…
『昨日17時、××海岸で○○美由紀ちゃんが波にさらわれ、先ほど遺体で発見されました』
「ぶぅっ!?」
は、え? ××海岸…昨日行ったとこなんですけど? しかも昨日って……なかった。前回は確実に、そんな報道なかった。
だって、幼かったけど、ほとんど覚えてなかったけど…優生の死に関してだけは全部覚えてる。お葬式の独特の臭いも地方紙に数行だけ載った死亡記事も火葬場でのことも、あの日の空の色さえ、優生死にまつわることは全て昨日のように覚えていた。
そう、地方のみとは言え優生の死はテレビで、そして新聞にかかれたのだ。
そして、今もテレビで流れるのは優生と同じ日に同じように波にさらわれ、同じように遺体として見つかった少女のニュース。
間違いない…彼女は、優生の代わりに死んだんだ。
『○×中学校2年の美由紀ちゃんは、友人と―』
映った顔写真は、あの時の可愛い少女。
私が殺した少女。
「ねーね、なにがうれしいの?」
「え?」
嬉しい? え? なにを…。
「ねーね、にこ〜っ」
顔に手をあてると、私の唇は弧を描き、笑みを形作っていた。
「なん…で…」
『――、みなさんも水辺では―』
「ねーねぇ?」
「優生…」
私がどうして笑うかって…そんなの、決まってる。
優生が生きてるからだ。
あの女の子は、優生のかわりに死んだ。私が殺したようなものだ。
「は…あはは…」
優生の『かわり』に…つまり、優生は死ななくてすむ。
これほど嬉しいことはない。
「あははは…っ」
「? ねーね、痛いの?」
私は嬉しいのに涙を流していた。
私は悲しいのに笑っていた。
優生が死ななくてすんだ。
罪のない女の子を殺した。
「あははは!」
ごめんなさい!
ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!
もう二度と運命を変えようとはしないから、だからどうか優生だけは許して!
私は18で死ぬから、ちゃんとあなたのところに行くから、優生だけは許して!
ごめんなさい。
あなたを殺してしまって、ごめんなさい。
「ねーね? くるしいの?」
「優生…っ、優生ぃ」
苦しい、だけど…女の子は苦しいどころか死んでしまった。
許されないとわかってる。それでも今だけは、待ってほしい。
必ず私もそっちに行くから。
「ねーね、くるしいよぉ」
腕の中で優生が声をあげる。
あたたかくて、生きている。
「優生…大好き」
「? ゆーきも、ねーねしゅき」
「大好きだからね。優生…」
生きててくれて、ありがとう。
ようやく次回から小学生です。