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普通なら、こんな事態になれば戸惑って人生投げ出したりするかも知れないし、場合によれば変に注目されたりするかも知れない。
けど私は迷わない。
だって目標がある。
弟を、まだ産まれていないけど、可愛い私の弟を。
弟を、助けるんだ。
けど私は一度死んだ。それは誰も知らなくても、やっぱり真実だ。
「さぁ、悠里ちゃん、いよいよ公園デビューよ」
「はぁい」
そろそろ1歳になろうかと言うころ、私はそれに気付いた。
公園かぁ、今までは暇でもテレビ見るしかできなかったしなぁ(読書なんてできるわけないしね)。でもこれで友達?でもできたらいいな。
「はい、悠里ちゃん、右見て左見て、ぶーぶーきてる?」
お母さんは元気よくオーバーな動きで左右確認をする。
慣れれば中々どうして、存分に甘えたりと言うのも悪くない。子供扱いはくすぐったいけど開き直れば楽だ。
「なぁい」
「じゃあ渡るわよ」
「あい…っ」
ドクン―
心臓が、跳ねた。
「悠里ちゃん?」
お母さんが私に近寄る。
私は強く両手を握りしめていた。
恐い―
車なんて、ないのに。
公園は私の家のすぐ近くで、この横断歩道を渡ったそこで、見えている。
車はめったに来なくて信号もないくらいなのに。
私の頭に、クラクション音が響く。
足が、言うことを聞かない。
「あ、あああ…っ」
思い出した。
ぶつかった後、死ぬ、まさにその瞬間を、思い出した。
そうだ、私は本当に、死んだ。
トラックに飛ばされて地面とガードレールにぶつかって、全身が痛くて、たくさん血が出た。
体が動かなくて、自分の心臓の音だけが聞こえていた。
「悠里ちゃん、悠里ちゃん?」
お母さんが私の背中に触れながらしゃがんで顔を近づけてくるのは分かるのに、反応できない。
あの時の恐怖に、私は動けない。
何だか分からないまま、寒くなって、世界が暗くなった。
そして、何も見えなくなった。
「悠里ちゃんっ」
「っ…あ、ああぁあああああぁああっ!!」
恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!
恐い!死ぬのが恐いのではない。死までの痛みが恐い!
痛いのは嫌だ!
もうあの痛みを味わいたくはない!
もうあの寒い暗闇に落ちたくはない!
「っ、悠里ちゃん! 大丈夫だからね! 病院に行くわよ!」
「あぁあ…」
私の体が、抱き上げられる。
その瞬間、私の意識が現実に戻された。
「あっ……おかぁ…さん?」
「そうよ、ママよ! 分かる? すぐに病院に着くからね!」
金縛りにあったように動かなかった私の体が、ふっと軽くなった。
とたんに呼吸も楽になって、私は深く呼吸しながらお母さんの体にしがみつく。
あったかい。
ドクンドクン、お母さんの鼓動が聞こえる。
自分の音は嫌なのに、人の鼓動はどうしてこんなに落ち着くんだろう。
「お母さん、大好き。ありがとう」
私は小さく、お母さんに聞こえないように小さく本気で本音を呟く。
もう、恐くない。
安堵と暖かさ、それにお母さんが走る振動とか、それが気持ちよくて私は寝てしまった。