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二度目の私  作者: 川木
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「……」


どれだけ時間がたったのか、私は泣き止んだ。目が熱くて重くて、顔がだるい。

お兄ちゃんに抱きしめられたままぼんやりと、ただお兄ちゃんの体温だけを感じていた。


「…落ち着いた?」


お兄ちゃんの穏やかな声に、私は顔をこすりつけながら少しだけ顔をあげた。


「お兄、ちゃん」

「うん」

「…好き」

「うん。僕も好きだ」

「……」


また涙がでそうになった。ぎゅっと目を閉じた。


「ねぇ、どうして泣いたのか、聞いても大丈夫?」

「…全然関係ないこと今から言っていい?」

「え? …うん」

「もし…私が病気であと一年しか生きれないとしたら、どうする?」

「…ちょっと、聞いていい?」

「なに?」

「どうするってのは、なに?」

「なにって……」


どういう意味だろう。

目を開けるとすごく真剣なお兄ちゃんの視線とぶつかった。


「もし、入院したら毎日お見舞いに行くかとか、そういうこと?」

「そうじゃなくて…絶対に別れなきゃならないなら、早くに別れた方が…辛くないんじゃないかなぁ、とか」


自分からはとてもじゃないけど別れるなんて言えないけど、お兄ちゃんが辛いというなら……考える。今すぐは無理でも死ぬ前には別れる。


「それはつまり、別れが決まってるならより好きにならないように早く別れた方がいいってこと?」

「まあ、そうかな」


お兄ちゃんと一緒にいればいるほど、私はお兄ちゃんを好きになっていく。それは多分お兄ちゃんも同じはずだ。


私が言ってることは間違ってないはずだ。なのに、お兄ちゃんは眉をよせてじっと、私を叱るような目をしてくる。


「……もし、悠里ちゃんが一年で死ぬとしたって絶対に別れない。最期まで傍にいるよ」


言われたことは、嬉しかった。どこかでお兄ちゃんならそう言ってくれると思っていたのかも知れない。

私の死がもしお兄ちゃんを立ち直れなくなるほど傷つけても、私のせいじゃないって言い訳できるから。

だから安心して、それと同時に自分のことが嫌になる。最低な女だ。人に責任を押し付けなきゃ、決断一つできないなんて。


「…余計悲しくなるのに? 一年、私の為に使った時間もお金も、気持ちだって、何もかも無駄になるのに?」


別れたくないけど、別れると言ってほしくもあった。嫌だけど、別れるってなったら泣くけど、私と恋人でいてくれることがありがたくて、何だか申し訳ない。


「無駄になんかならない。本当に大切なものは離れたくらいじゃなくならないよ。例え死に別れても、悠里ちゃんへの思いも思い出もなくならない。悠里ちゃんがいなくなっても、大切なものは心の中に残るんだ」


そんなの綺麗事だ、なんて言えない。

だって、お兄ちゃんは真っすぐに私を見て、本気でそうだと信じてるから。


「もし死ぬ日が決まっているなら、その日が来ても後悔しないようにいっぱい抱きしめて、いっぱい話をして、いっぱいキスをしたいな」


お兄ちゃんはそう言って、ちょっとだけ笑った。


「…本当に、後悔しない?」

「いや…きっと、全く後悔しないなんて無理だよ。でも別れるより少しでも後悔を減らせられると思う。悠里ちゃんならどう? 僕が一年後に死ぬなら、別れる?」

「……別れたくない」

「じゃあ、もう答えは決まってるじゃない。悠里ちゃんは、なにをそんなに不安がっているの?」

「……」


何が不安かなんて言われてもわからない。言ってみれば、何もかもだ。お兄ちゃんを傷つけるんじゃないか、死ぬ覚悟ができなくなるんじゃないか、最悪の場合、私は誰かを犠牲にしてでも生きるんじゃないか。そんなことを考えると不安でたまらない。

死にたくない。だけど、誰かを殺して知らない顔をして生きていけるほど図太くはない。

優生の代わりに死んだ子のことを私は忘れていない。ずっと覚えてる。知らないままやってしまったことでさえ辛いのに、誰かが死ぬとわかっていて、生きたいなんて言えるはずない。

贖罪とか罰とかそんな殊勝なものじゃなくて、ただ私が小心者でヘタレなだけだ。知らないままなら事故だった。でも、知ってしまえば殺人だ。


「……」

「答えたくない?」

「…ごめんね。何だか、情緒不安定で」

「いいよ。無理に笑ってくれるより、泣いてぶつけてくれる方がまだマシだよ」


お兄ちゃんは優しく私の頭を撫でながら、苦笑する。


「どういうことなのか説明してくれた方がもっといいんだけどね。説明してくれる?」

「……」


説明…泣いた理由。それはつまり、私が二回目の人生を送っていて18で死んでしまうとか、優生を助けた時に誰かが助かったら別の人が死ぬってわかったとか、そういうことだ。

説明したら電波確定。仮に信じてもらえたって、どうしようもない。私の代わりにお兄ちゃんが死んだりしたら、私はどうしていいかわからない。


「……いつか、話したくなったら、話してね」


黙りこむ私を責めるでもなくお兄ちゃんは苦笑したまま、ぽんぽんと私の頭を叩いてから手を降ろした。

…この人、本当にスゴイ人だよなぁ。私なら、絶対聞くよ。突然泣いて罵倒されて好きって言われるなんて全く意味がわからないし、気がふれたかと思ってもおかしくない。私も25になればこうなるのかなぁ。


「そうそう。一応聞いておくけど…病気じゃないよね?」

「…違うよ。私、元気だけは余るほどあるんだから」

「そっか。じゃあ…ケーキの続き、食べる?」

「…太るからいい。片付けたし」

「んじゃ、ゲームする?」

「んー、うん、する」


泣いて八つ当たりして、死にたくないって認めて、それでも死ぬしかない。決まってることだ。

だから私は、また忘れることにした。未来のことは忘れて考えない。死ぬ未来は忘れる。

そうしないと、今夜から眠れなくなってしまうから。











泣くだけ泣いたけどまだ話さない。主人公はたまにうっかりするけど何気に口がかたい。


ここから時間は加速します。


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