127
GWを終え、中間テストも終わったある日。
お兄ちゃんが珍しく、明日は8時に来てね。と私が尋ねる時間を指定した。
ほぼ毎日部屋に勝手に行くのはデートとはまた別の位置付けなので、改めてそんな約束をしたことはないけど、8時まで何か用事でもあるんだろうと特に深く考えてなかった。
小雨が降ってきたから行くの面倒だな、とは思ったけど、わざわざ言われたんだから顔くらい見せておくことにする。
こんこんとノック。たまに忘れる時もあるけど、基本的にノックは欠かさない。親しき仲にも礼儀ありだ。
「やぁ、いらっしゃい」
まあ、こうやって笑顔で迎えて手を握って引っ張って欲しいというのもあるけど。
手なんかいつでも握れると思うなかれ。座ってから改まって繋ぐなんて気恥ずかしいが、これなら自然に室内で繋いでいられるのだ。素晴らしい。
それに勝手に開けて、着替え中だったりとかで気まずくなるのは困るしね。
「よいしょ」
窓を跨ぐ。別に大したことじゃないのについ掛け声をかけてしまう。不思議!
「さ、どうぞ」
「うん、ん?」
促され、引かれるまま座布団に座ると、机の上にケーキがある。お兄ちゃんは私と手を繋いだままいつもの90度横の部分に座る。
「ケーキなんて買ってどうか…あっ!」
「気づいた?」
どうかしたのと尋ねようとして、気がついて思わず声をあげた。嬉しそうなお兄ちゃんはひとまず置いといて、空の左手で床にある空き箱を拾う。
「これは…○○店のケーキ!」
「…そっちか」
そっちでもあっちでもどうでもいい! ○○と言えば予約必須な有名洋菓子店! 近所にはないし、お値段も高いので滅多に食べられない一品なのだ!
……一体何があってこんな高いケーキ、しかもホールを?
「お兄ちゃ…」
って待てよ? 誕生日でさえ買わないケーキを用意するほどの記念日…なんで私知らないの? 聞いちゃって大丈夫? 何で覚えてないのかとか言われない?
「……」
「今日、何の日かわかるかな?」
迷ってる間に聞かれてしまった。しかも何か楽しそうというか、浮かれてる? ……やばい。全然わかんない。6月でしょ? 6月……んー?
そもそも私、記念日とか疎いのよね。誕生日さえ携帯電話でアラーム鳴ってから気づくことのが多いし。
「……」
「……」
「……」
「……」
お兄ちゃんのわくわく顔が徐々にヘタレ顔になっていくのが手にとるようにわかる。そんな期待されても…
「ごめん、わかんない」
「…そっか。わかんないか」
ガッカリさせてしまった。罪悪感が…。えー? 本当に何の日?
「あのね、今日は…付き合ってからちょうど一年目の日だよ」
「…ああ、そういや…そうか」
「…反応薄くない?」
「あ! やだ! 本当だぁ! キャハッ! 超すごいオメデターイ!」
「……」
「…なんか、ごめん。私、記念日とか鈍くて」
素で反応してしまって、お兄ちゃんのしょんぼりした態度に慌てて喜んだけど、あまりに白々しかったらしく、残念な子を見る目をされたから素直に謝った。
「いや…まあ、悠里ちゃんなら忘れてるかなと思ってたし、気にしないでいいよ」
「うん…ごめんね。でもでも、嬉しいよ。私は記念日とか今まで気にしなかったけど、お兄ちゃんが私と付き合い始めた日を大切に思って覚えてくれてたっていうのは、すっごく嬉しいよ」
逆に、私が付き合い始めの日を大切にしてないとも言えるけどそこはスルーして欲しい。別に覚えてないのはその程度にしか好きじゃないってわけじゃないから。
「うん…僕にとって、忘れられない日だよ」
わ、忘れてたわけじゃなくて、日付をど忘れしてただけっていうか……ごめん。
あー、お兄ちゃんが一人でなんか嬉しそうな満足そうな顔をしてるのがよけいに罪悪感をあおってくる。
「だから、奮発していいケーキ買っちゃった。一緒にお祝いしてくれる?」
「も、もちろん! 私はちょーっと忘れてたけどおめでたいもんね!」
「うん」
にこにこしてるお兄ちゃんが可愛いだけに、もう絶対この日だけは忘れないでおこうと私は胸に刻んだ。ていうか本当、反省しよう。ちょっと無頓着すぎたよね。
おめでとうーとか言いながらテンションあげて何故か蝋燭までつけたりした。それから食べる。
「あ、私、こっちの大きいのがいい」
「うん、どんどんお代わりしていいからね」
お兄ちゃんが一番大きいのを引き寄せるのをにやつきながら見つつ、お代わりした場合のカロリーを考える。
「ん、んー。や、夜だし一個でいい。余ったのはまた明日食べよ」
「じゃあそうしようか」
最初の気まずさもどっかいったのでいただきまーす、と言いながら私はケーキをお兄ちゃんの口にいれた。
「うん、美味しいね。はい」
「んーっ。美味しいいっ」
やっぱりお兄ちゃんに食べさせてもらうと美味しさも違うなぁ。
○




