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まあ、相手が相手だ。これは仕方ない。きっとお兄ちゃんも許してくれるに違いない、と楽観しながらお兄ちゃんを訪ねようとするとまた優生がついてきた。
「こんばんは」
「よっ」
「こんばんは。いらっしゃい」
「なぁ、兄ちゃん。昨日のあれはクリアしたんだけどよ。次のボスがまたムズイんだけど」
「ああ…それはね」
さすが男の子と言うべきか、優生は拍子抜けするくらい簡単にお兄ちゃんと親しくなった。
いい加減あんたとか変な呼び方はやめなさいというと、素直に兄ちゃんに変えた。やっぱりゲームという共通点があると違う。
「ねぇ優生」
「何だよ」
彩ちゃんと実代ちゃんにお兄ちゃんを紹介するとなると、彩ちゃんからの反対は目に見えてる。
一応私も、10という年齢差がどんな風に見られるかはわかってる。きっと騙されてるとか遊ばれてるとか言われるに違いない。
両親に話が通せたのはお兄ちゃんがクソ真面目でお母さんがノリノリだったからだ。お兄ちゃんのことをよく知らない二人なら私を心配しない方がおかしい。
なので先に、もう大丈夫だろうけど優生からお兄ちゃんを認めると言質をとっておこう。
「そろそろお兄ちゃんがいい人だってわかったよね? 付き合ってもいいよね?」
「…!」
あれ、なにその、忘れてた!みたいな顔。私とお兄ちゃんの顔を見比べても別に似てないよ?
「ま…まだ、わかんないし。てか、そんなすぐ結論なんかだせねーよ」
「え? いや、でもお兄ちゃんがいい人なのはわかったよね?」
「…んだよ。そんなに、そんなに俺が邪魔かよ!」
言い淀む優生に再度尋ねると何故か涙目になった。
ええっ? いや、どういうこと!? ……いや、違う違う! 別に帰れって言ってないよ!?
「邪魔とかじゃなくてね、ただ確認をね」
「うっせー! こんなっ…こんなやつ認めるわけねーだろ! 姉ちゃんみたいなブスに彼氏なんて100年はえーんだよ! 激ブス!」
優生は立ち上がって私に向かって悪態をついた。
どうしよう。何かめんどくさい展開になっちゃったかも。どうしたら怒りを鎮められるのかな。
「優生君!」
と、私が何か言う前にお兄ちゃんが立ち上がって優生の肩を掴んで顔を寄せた。
マジでキスする5秒前くらいの距離でお兄ちゃんと優生は睨み合う。
「んだよ。離せよ」
「優生君、僕を悪く言うのは構わない。でもお姉ちゃんにそんなこと言うものじゃない。謝りなさい」
「っ、んだよ! なんでお前なんかにそんなこと言われなきゃなんないんだよ! 何様のつもりだよ!」
あわわわ、暴力は、暴力は勘弁してよー!? どうしようどうしよう。えっと、どうしよう!?
「僕が誰でも、優生君が言っちゃいけないこと言ったのはかわらないよね? 僕を認めないのはいいよ。でもだからって君と悠里ちゃんが喧嘩する理由にはならないだろ? 反対するのは悠里ちゃんが大好きだからだろ? だったらそんな酷いことを言うんじゃない」
「っ…お前に関係ないだろ!! 死ね馬鹿!! 変態ロリコン野郎! もう知るか! 勝手にしろ!」
「優生君っ」
優生はお兄ちゃんを突き飛ばして部屋から出て行った。出る途中、ぽかーんと呆気にとられてる私を睨んだ。
「悠里ちゃん」
どたどたと慌ただしくいなくなった優生にかける言葉もなく、ぼんやりしているとお兄ちゃんに肩を叩かれた。
「ごめん。つい…」
「…お兄ちゃんが謝ることないよ。というか…私の方こそごめんなさい」
「…こう言うと怒るかも知れないけど、悠里ちゃんは優生君を甘やかしすぎだよ」
「怒ったりはしないけど…うーん。どうしようかねぇ」
困ったなぁ。優生、なんであんなに頑なかなぁ。反抗期って難しい。
「…ごめん。悠里ちゃんは可愛いのに、あんな風に言われるのが我慢できなくて…。優生君が相手なら悠里ちゃんは怒らないのも、全部わかってるけど……大人げなくて、ごめん」
「…いいよ、別に」
元々怒ってないのに、そんな風にしょげられると…困る。年上なのにワンコ系の可愛さがあるとかズルイ。
「…怒ってない?」
「怒ってないって」
「本当に? 悠里ちゃんブラコンだから、心配だな…」
「……今の発言に怒るよ」
自覚してるけど、それとこれとは別だから。お兄ちゃんに言われるとなんかムカつく。
「とにかくちょっと、話してくる」
「悠里ちゃん」
「なに、っ……な、なに」
立ち上がると、手をひかれてキスされた。
「お別れのキスだけど…怒った?」
「…怒ってない」
マイペースだなぁとは思ったけど、こんなことでいちいち怒らないから。だからそのへたれ顔しないで。
「よかった…ねぇ、優生君が僕を認めなくても、僕を好きでいてくれる?」
…なんでそんな馬鹿なこと、真顔で聞くかなぁ。
私って、そんなに優生のこと好きに見える? そりゃ好きだけど、あくまで家族愛とか兄弟愛であって、お兄ちゃんに対するのとは全然別だ。
「答えなんてもうでてるでしょ」
すでに、優生に認められてなくてそれでも付き合ってる状態なんだから、聞くまでもない。
「でてるってどういうこと?」
ええ? なんでひっぱるの? ……単に言わせたいだけ、ってわけじゃないよね? 真顔だし。
「だから、誰が反対しても…お兄ちゃんを嫌いになんかなれないっていうか…そういうこと! いちいち聞かないでよ」
照れながら言うとお兄ちゃんはにっこりと嬉しそうに笑う。
「そっか、よかった」
…あの二人といい、私、そんなに、ちょっと危ないくらい優生が好きに見えるのかなぁ。
○
「優生ー」
ノックをするけど返事はない。ドアを開けても誰もいない。
「…あれ?」
夜だし部屋以外に優生が行くはずないのに。何でいない?
「……!」
もしかして今度こそ家出!?
私は慌てて一階へ降りて靴を確認。…ある。外へは出てないみたいだ。
…どれだけ自惚れてんだって感じですよね。ホント、なんかすんません。
「悠里、なにやってるんだ? 出かけるのか?」
「あ、や、あ、明日の靴、用意しておこうかと思ってね」
「? そうか。用意がいいんだな?」
「疑問形にされても。あ、そういえば優生知らない?」
「? 靴からどういえば優生になるのか知らないが、お風呂に入ってるぞ」
「そうなんだ、ありがとう」
お風呂か…そういえば私は入ったけど優生はまだだった。普段いつ入ってるか知らないからうっかりしてた。
お父さんにお礼を言ってとりあえず部屋に戻る。考えごとをするのに気がちるからとりあえずカーテンを閉める。
好きな人との距離が近すぎるのも考えものだ。会いたくなったらすぐ会えてしまうと、どうしても甘えたくなってしまう。
「ふぅ…」
とりあえず、お風呂からあがったら優生と話をしてみよう。
私が死んだ後、二人にはできるだけ仲良しでいて欲しい。仲たがいしたままでは最悪、優生は私が死んだことでお兄ちゃんを逆恨みしかねない。
優生にとって、姉を失うのは結構辛いことだと思う。だから私はお兄ちゃんと仲良くしてほしい。お兄ちゃんなら年上だし優生を支えてくれるだろうし、お兄ちゃん自身も優生といれば私がいなくなった寂しさも紛れると思う。
…なんかちょっと、私打算的すぎ? んー、でもやっぱり、人が死ぬって回りに結構影響するし、できるだけ上手くまわってほしいと思うのは自然だよね。死んだ私ではなにもしてあげられない。だから今からちゃんと考えないと。
「はぁ…」
まるで不治の病にかかってるみたいだ。死ぬ運命がわかってるって点では似たようなものかも知れないけど。
私の場合は死んでから18年時間が与えられたんだから凄くラッキーなんだけど。それでも死ぬことを考えたら、恐い。
仕方ない仕方ない。考えない考えない。
私は頭をふって鬱モードになりそうだった気持ちを切り替える。前向きなのが取り柄なのに、気を抜くとこうだ。一回目の人生ではこんなことなかったのに。あと丸三年、きったからかな。
「んっ!」
思わずまた考えるとこだから自分で頬をひっぱたいた。
こんなんじゃ優生説得できないよ! 死ぬまでに一生分幸せになるんだから暗くなってる暇なんてない! ないったらないんだから!
とんとん、と階段をあがる足音がする。優生があがってきた。よし! 行くぞ!
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