冬の女王と従者ハルの物語 ~プロローグ~
表紙絵は秋の桜子様に書いて頂いたものになります。
ありがとうございました。
5月4日 雪
「ふぅ~、寒い寒い」
季節は冬。もう5月だというのに、冬である。
普通であれば若葉のまぶしい頃合いの筈だが、この国の冬は未だに明けずにいた。
『異常気象』
原因は明確だ。何故ならばこの国の季節は、それぞれの季節を司る女王の存在に紐づいているからである。
春・夏・秋・冬、それぞれの女王は、季節を配信する塔で一定の期間を過ごし、時期が来たら交代をする。
そうすることで季節が巡る仕組みになっているのだ。
季節が移り変わらないということは、すなわち女王が交代していないということ。
そんなことは、この国の誰もが気づいていた。
しかし、女王が交代しない理由まではわからない。
これまでも、女王の気まぐれか、はたまた他に理由があったのか、季節の移り変わりが遅いことはあった。
女王の事情など王家の人間くらいしか知らないことだし、遅いといっても精々が2週間から3週間程度のことだった為、最初は誰も気にしなかった。
しかし、それが1か月、2か月になると、国民から不満や、不安の声があがってくる。
そんな中、この国の王様より、お触れが出される。
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冬の女王を春の女王と交替させた者には好きな褒美を取らせよう。
ただし、冬の女王が次に廻って来られなくなる方法は認めない。
季節を廻らせることを妨げてはならない。
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このお触れは、国民の不安をさらに増長させた。
褒美という言葉に釣られる者ももちろんいたが、野心の無い多くの人々は、これを王家が匙を投げたと受け取ったのである。
当然だが、王家は国において最高の権力を持つ存在だ。
その王家がわざわざこんなお触れを出したということは、女王が交代しない原因は王家にすら手に負えないような原因なのかもしれない。
そう考えた国民達は、日に日に不安を募らせ、ついに爆発してしまう。
小規模ながらデモ活動のようなものが始まり、このままでは暴動も免れないという状況になってしまったのである。
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………
(それにしたって、私ごとき若輩にまで声がかかるとは思いませんでしたがね…。どうやら、王家は本当に焦っているようだ……っと、あれですか)
吹雪で視界が悪い中、ようやく目的地である塔が見えてくる。
目的地が見えてきたことで、下がりかけていたモチベーションが持ち直し、活力が漲ってくる。
「もうひと踏ん張り、頑張りましょう……」
周囲には誰もいない。
あえて声に出したのは、単純に自分の意識をしっかりと保つためである。
距離にすれば50メートルもない筈だが、腰ほどまで積もった雪にこの吹雪では、たどり着くまでにまだまだ時間を要する。ゴールが見えているとはいえ、気を抜けばたちまち雪に埋没してしまうだろう。
……結局、私が塔にたどり着くまでに、約30分の時間を要することとなった。
◇
「お疲れ様です。お荷物はこちらに。雪を払ったら奥の部屋へお越しください。暖かいスープをご用意しております」
「助かります」
言われるがままに荷物を置き、雪を払う。
払い落した雪の量を見て、自分がほとんど雪だるまのような状態だったと悟り、苦笑いをする。
奥の扉を開けると、暖かい空気が頬を通り過ぎるのを感じる。
部屋には暖炉があり、身も心も温まるような優しい雰囲気を漂わせている。
「どうそ。こちらで顔や手を拭いてください」
手渡された暖かなタオルに感謝しつつ、手や顔を拭くと少し幸せな気分になる。
「どうぞお掛けください。すぐにスープをお持ち致します」
「何から何までありがとうございます」
「いえいえ、私にできることなど、これくらいしかありませんので」
そう言って老婆はカップにスープを注ぎ、私の前に差し出す。
「ありがとうございます。玉ねぎの良い香りがしますね……。いただきます」
美味しい。
程よく熱されたスープが喉を通り、体を芯から温めてくれるようだ。
「このスープ、美味しいです」
「ありがとうございます。沢山作りましたので、いくらでもおかわりして下さいね」
沢山か……
「もしかして、このスープは女王様にも?」
「いえいえ、女王様の料理は王国から定期的に送られてきますので、そちらを召し上がっています。このスープは来客がいらっしゃると言うので、私の方で勝手に用意させて頂きました」
「それはそれは、お手数おかけしました」
「いえいえ、わざわざこんな吹雪の中いらっしゃるとのことだったので、きっと寒かろうと余計なお世話をしたまでですよ。お口に合ったようで良かったです」
女王様と同じ料理を口にしたかと思い恐れ多い気持ちになったのだが、その心配は無かったようだ。
それにしても、このスープは本当に美味しいな……
「お気遣い頂いたようで、どうもありがとうございます。ごちそうさまでした。本当に美味しかったです」
「お粗末様です。ここには暫く滞在するのですか? 気に入って頂けたのであれば、まだまだありますので、是非お召し上がりに…」
「ありがとうございます。ですが、まずは女王様の状況を確認させて下さい。滞在することになるかは、それ次第となりますので」
「……そうですね。それではご案内致しますので、ついてきて頂けますか?」
「ええ、よろしくお願いします」
老婆の案内に従い、部屋を出る。
同じ塔の中でも、先程の部屋とは違って息が白くなる程に寒い。
そんな中を上着を羽織りもせず、部屋着のまま歩く老婆が少し心配になる。
しかし、階段を上る老婆の足取りは確かなもので、やはりこの塔の管理人というのは伊達では無いのかもしれない。
「こちらの扉から先が、女王様の部屋に続く廊下への扉になります」
階段を上りきった先の扉。
どうやらこの扉は、直接女王の私室に繋がっている訳ではないらしい。
「申し訳ありませんが、私はこの扉の中に入る権限を持っていません。ですので、ここから先はお客様のみでお進み下さい」
塔の管理人である彼女にも権限が無いのか……
そういえば、王様から渡された案内状……、あれが許可証になっているのと言っていた気がするが、もしかしてかなり高位の権限だったりするのだろうか?
「わかりました。ご案内頂きありがとうございました」
「これが私の役目ですので、どうかお気にせずに。……ただ、一つ忠告させて頂きたいのですが、宜しいでしょうか?」
「そんなに畏まらずとも良いですよ。実のところ私は、直接的に王国に勤める者ではないのです。まあ、間接的には王国勤めと言えなくもないのですが……。そんなワケでして、ただの平民として扱って頂いて結構です」
「そうでしたか……。大変良い身なりでしたので、勘違いをしてしましました。……ですが、お客様であることは変わりません。これからも、しっかりお持て成しさせて頂きたいと存じます」
そういって茶目っ気ある笑顔を見せる老婆。
その表情からは、かつて可憐な少女だったと思わせる面影を感じ取ることができた。
「……では、改めて忠告させて頂きます。場合によっては、そのお持て成しもできなくなる可能性もありますからね」
老婆は笑顔を引っ込め、真剣な表情に切り替える。
「お客様であれば大丈夫だとは思いますが、くれぐれも女王様を怒らせるのはお止め下さい。既にこの塔には女王様との交渉に10名以上の人間が派遣されております。ですが、帰って来たのは3名のみ。最初の方に交渉に向かわれた者は、未だ戻って来ていません」
……無論、この話については王様より伝えられている。
中がどうなっているのか、老婆には伝わっていないのかもしれないが、逃げ帰って来た者の証言では、他の者達は中で氷像と化しているらしい。
可能であればだが、その回収も私の任務には含まれていた。
「…ご忠告、感謝致します。ですがご安心下さい。必ず戻ってきますので。私もあのスープがまた飲みたいですからね」
「あらあら、ではいつでも出せるように準備をしておきますね」
「よろしくお願いします。それから、数人分の毛布なども用意頂けますか?」
「それは……。いえ、畏まりました。ご用意致します」
「では、行って参ります」
「ええ、どうかご無事で」
扉を開ける。
そこから噴き出す冷気は、先程まで居た外に匹敵する程のものだ。
この先に、冬の女王がいる部屋があるというのか……
果たして、どんな部屋に住んでいるのやら……