渇いたと気付いた時にはもう遅い
熱中症のワードから閃いた話です。
が、いつの間にか冬に差しかかってますね。こわい。
俺が初めての恋人なのだ、と目を輝かせて嬉しそうに笑う女がいた。高校3年の時だった。
同じクラスだったその女は、酷く俺の目についた。ちょろちょろと、無断で視界に入ってくる。しかも女が何か失敗したり、楽しそうに笑ってたり、男と話していると無性に苛ついた。
そんな自分にも苛ついていた。なんで俺が、あんな地味女に振り回されなければいけないのか。
イライラは積りに積もって、爆発寸前まできていた。これの唯一の解消法が、女をズタボロに傷付けて、捨ててやることだと、俺は信じて疑わなかった。
下駄箱にクソ汚い字で書いたノートの切れ端を入れた。下の方に名前と『放課後、校舎裏で待ってる』なんて書いた気がする。
ノコノコやってきた女に、俺は告白した。
俺の告白を断る女が、いるはずもない。よろしくお願いします、と頭を下げた女を、俺は見下した。恋人なんて関係面倒臭いだけだ。セフレで十分。浮かれた女を、俺は馬鹿な女だ、と思ってみていた。
それから卒業までの間、女と付き合った。女は俺の言うことを良く聞いたから、思ったよりも面倒が少なかったし、女を手に入れたという事も、女が俺に夢中だったという事も、存外俺の気分を良くさせた。俺の一言で一喜一憂する女は、酷く面白かった。
そして卒業式の日、俺は女を捨てた。お前を傷付けるために付き合った、愛してなどいなかった。そう伝えて尚、涙を流しながら縋り付く女に身体を突き抜けるような快感を覚えながらも、その手を手酷く振り払った。
俺は、これで全てを達成したのだと思っていた。
それから、連絡も取っていないし、女と二度と会う事もないと思っていたのに。
大学の講義が終わり、都合の合う悪友達と遊んでいる最中、道路を挟んだ向かいの歩道に、あの女を見付けた。女は俺に気付きもせず、知らない男と手を繋いで歩いていた。男が女に顔を寄せ何か言うと、女は幸せそうに頬を染めて、笑う。
その衝撃に、俺は動けなくなった。
「うわっ! 顔色悪っ! お前大丈夫かよ?!」
不自然に立ち止まった俺の顔を覗き込んだ悪友の一人が、そう叫んだ。その声に、他の奴らも大丈夫か、と俺を覗き込み心配そうに言う。その姿がどこか遠い。
「わりぃ、なんか、具合悪いわ。帰っていいか?」
「もちろん! 送る? 一人で帰れる?」
ああ、と答えたつもりだったのに、吐息しか出なかった。声を出すにも力が必要なのだと、初めて知った。悪友には頷きで返した。
初めて、か。
女は、……あいつは俺との行為を全部、初めてだって言って、嬉しそうに笑ってた。
なあ、あの男とはどこまでやった? キスは? セックスはした?
俺とはしてない、何か初めてのことを、あの男としたのだろうか。
恥ずかしそうに頬を染め、目を伏せる姿を、今も鮮明に思い出せる。
どうやって家に帰ってきたのか分からない。外気と同じくらい冷えた玄関に入ると、一気に全身の力が抜けて、ドアに沿って身体がずり落ちる。
座り込んだ先に思い浮かぶのは、あいつの幸せそうに笑う顔。
ああ、俺は、愛していたのか。もう二度と会えない今になって、俺は。