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守らなければいけないという使命感にも似た感情

「ねぇ、もしも私が長い、ながーい眠りについてしまったら、どうする?」

 夢の中の私が聞く。相手はもちろん、知らない誰か。

「なんだ、いきなり」

「どうする?」

「そんなの、答えは決まってるよ。僕はいつだって君を愛してる。君が目覚めて起きてくるのを気長に待つだろうね」

「ふーん」

「どうして? 長い眠りにつくような家系だったっけ?」

「家系なんて関係ないわ。あのね、昨日読んだ本に載ってたの。醜い悪魔の話」

「悪魔か……」

「ここではない、もっと西の果ての話よ? その悪魔に気に入られた娘は、二度と目を覚ますことは無いんですって」

「なるほど、それで変な質問したんだね」

「変とは失礼ね!」

「あははは、ごめんごめん。僕たちの寿命は人間と比べたら遥かに長い。もしもその悪魔のせいで君が寝てしまったら、僕は起こす方法を探しながらずっと傍に居るだろうな」

 絶対よ? と念を押すと勿論と返ってくる。

 なんて幸せな時間。

 相手のことを思い出すこともできないのに。

 思い出だったのかすら分からないのに。

 カエリタイ。

 カエリタイ。

 願うことすらできずに、私は目を覚ますのだ。




 今朝の目の腫れは、いっそう酷かった。

 コップに水を汲んで、ベッドに腰掛けた。顔は洗ったけれど、化粧をするには目が腫れすぎている。少し落ち着いてからのがよさそうだ。

 時計の針は七時を指していていつもより早いくらい。ゆっくりと準備をして下に行っても問題は無い。

「悲しい夢でも見た?」

「……え?」

「寝てるとき、泣いてたよ」

 誰かに話しかけられているが、彼ではなかった。彼よりも低くて落ち着いた響き、知らない声、だけど懐かしさを感じる。


 不審者だって分かっているのに、逃げようとは思わなかった。むしろ、好奇心が勝ってしまって声の主が気になる。

 本当は彼に報告するべきなのだけれど、外から誰かがやってくることはないし、他の人と喋ったこともない。

 外からの訪問者が珍しいのだ。だから彼の部屋は遠いけれど万が一気づかれないように、小さな声で話しかけてみる。

「どこにいるの?」

「こっち。君のベッドの枕元だよ」

 横を見ると、昨日暖炉の上で見た覚えのある人形が座っていた。昨日は無かったはずだから少し気味が悪いが、敵意は無いようだ。むしろ、心配してくれている気がする。

「貴方、喋れるの?」

「君も喋れるんだね」

 喋るくせに動きはしない。ただ壁に背をもたれて座っているだけだ。

「貴方、誰?」

「君の友達だよ」

「どうやってここに入ったの?」

「それは秘密。そんなことより、何か夢でもみたの?」

「……分からないわ。覚えていないの」

「そっか」

 それ以上は何も言わず、パッと目の前から消えてしまった。

 私は突然のことに驚いて、動くことができなかった。

 目の前から物が消えるなんてこと、あるはずがない。そもそも人形が喋るのだって可笑しいのだ。

 でも、そんな世界を私は知っている。そう、ファンタジーの世界だ。魔法で色んなことができてしまう、不思議な世界。

 完全に本の中の世界だ。現実に起こるはずがない。

 今見たのもきっと気のせい。

 少し疲れているのかも知れない。

 この家に外から誰かがやってくるなんてこと、あるはずがないのだから。

「物語の読みすぎね」

 今日はファンタジーは読まないことにしようと心に決めて、用意されていた服に着替えた。

 今日はピンクと白の生地に緑のリボンをあしらった服で、可愛い。

 目の腫れも大分マシになって、化粧をして下りて行くとすでに彼は朝食を用意してテーブルについていた。

「おはよう」

「おはよ。今日は普通の時間だね」

「いつもいつも寝坊するわけにはいかないもの」

「あははは」

 テーブルの上に並ぶのは、ハムエッグとミルクブレッド、それからザクロのジャムだ。

「とっても良い匂いだわ」

「お腹がすいたね、食べようか」

「えぇ」

 互いにいただきますと言って、ゆっくりと朝食を取った。

 さっきの人形については、私の気のせいだったのだと考えて黙っていた。

 本当は少し、話したい気持ちもあったけれど。

 そして、食事が終わればあっという間に彼が仕事に行く時間になる。

「いいかい、決して外に出てはいけないよ」

「分かっているわ。出ようなんて考えたことも無いもの」

「それじゃ、行ってくるね」

 私の頬に軽くキスをして、今日もあの人は出かけてしまった。

「よし、今日も読書するぞぉ」

 昨日買ってくれたウサギの物語を続きから読んで、その後は推理小説にした。

 今日も気がつくとかなりの時間が経っていた。

 そろそろ彼が帰ってくる。

「いつもそうやって、部屋の中で読書をしているの?」

「きゃっ」

 驚いたことに、いつの間にか傍らに人形が座っていた。

 今朝見たのと同じだ。気のせいなんかじゃなかった。読み始めた頃にはいなかったはず。どうやって入ってきたのだろう。

「どうして、ここに?」

「さぁて、どうしてだろうね」

 全く答える気はないようだ。相変わらず動かなくて、首はグッタリしたままだ。

「じゃあ、私も答えないわ」

「それは困ったな。僕はずっと君といたんだよ」

「私と?」

「そう。奴がかけた魔法がね、やっと弱まった」

「魔法って、何のこと?」

「それも忘れてしまったんだね。でも大丈夫。もうすぐ思い出せるから」

 何の話なのか、全く分からなかった。

 魔法? それって、物語の中の話でしょう?

 そう言って笑い飛ばしたかったけれど、目の前には話しをする人形がいる。

「さぁ、僕は答えたよ。次は君の番だ」

「私?」

 さっきの質問を思い返す。ずっとこの部屋で読書をしているのかという問いだった。

「えぇ、いつもここで読書をしているわ」

「楽しい?」

「勿論よ」

 嘘ではない。彼の帰りを待ちながら、ドキドキワクワクの冒険をしたり、難解の事件に遭遇したり、読書をしていれば時間なんて忘れてしまうし楽しい。

「ふーん。でも、身体に悪いよ? 外に出ようよ」

「ダメよ、あの人に出てはいけないと言われているの」

「そうか、そう言う事か」

「え?」

「誰か居るのかい?」

 突然、部屋の扉が開いた。

 どうやら彼が帰ってきたことに気がつかなかったらしい。慌てて手元を見たが、あの人形は姿を消していた。

「なんだ、君か。今誰かと話をしていた?」

「え? い、いいえ。だって私以外にこの屋敷にいるわけ無いじゃない」

「そうなんだけどね。何か話声が聞こえた気がしたから」

「あぁ、それは私が今日読んだお話の台詞を呟いていたからじゃないかしら?」

「ははぁ。一人二役をやっていたの?」

「えぇ、気に入ってしまって」

「そういえば、ここには戯曲の類はないなぁ」

「戯曲?」

「うん、舞台用に書かれた話だ。小説と違って場面ごとに話が書かれてて、慣れないと読みにくいかもしれないんだけど。読みたい?」

「えぇ、ぜひお願い」

 とっさに上手くごまかすことに成功した。けれど、私の心臓はドキドキと早鐘を打っていた。動揺に気がつかれないように、いつもよりもゆっくりと動く。

 優しい彼。何も嘘なんてつく必要はないはずなのだ。

 けれど、あの人形のことを話すのが……何故だか怖かった。

 そう。例えるならば、守らなければという使命感にも似た感情で言葉を返していた。


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