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第八章 再会、そしてふたたびの

 

「ブルーさん、エリザベスさん、協力して下さい!」

 私の言葉に二人は強く頷きます。そう、私一人の力では魔物を倒すことはできない。けれど、今の私でも出来る戦い方があるはず。

「私の攻撃で魔物を撹乱します! 体勢を崩したところを攻撃して下さい!」

 私の意図に気付いたのでしょう、ブルーさんとエリザベスさんが剣を構えます。

「いっけええええええええっ、ロケットッ、パ~~~~ンチ!」

 ずどおおんっと打ち出された大地の籠手が、二体の魔物を強襲します。

 一体の顔面、もう一体のお腹に大地の籠手が突き刺さり、魔物たちの足が止まります。体を折り曲げた魔物の頭部をすくいあげるように、ブルーさんの剣が見事に魔物の脳天を断ち割ります。

「てりゃあああああああ」

 よろめいたもう一体にはエリザベスさんが肉薄し、回転連撃で魔物の脇や喉を切り裂きます。ただの一瞬で二体の魔物は光とともに消滅します。ですが魔物はまだ一〇体以上……少しでも油断すればレミリアさんやアリスちゃんの方に魔物が向かっていきかねません。


「おい、そっちの嬢ちゃん。あんた名前は?」

「レ、レミリアです。馬車にいるのはアリーシャ」

「OKだ、レミリア嬢ちゃん。その剣を鞘におさめな。そんなへっぴり腰で抜き身なんざ振り回したら逆に危ない」

 戦闘実技訓練ではかなりの腕前を見せるレミリアさんですが、アントニオさまの目にはそうとう危なっかしく見えるようです。その代わり、打ち損じた魔物を鞘でボコ殴りにするようにアントニオさまはレミリアさんたちに指示をしました。

「エリザベスの嬢ちゃんたちがとどめをさしそこなっても、必ずダメージは喰らってる。そっちの嬢ちゃんと二人がかりで思い切りぶっ叩くんだ。いいな」

「「は、はいっ」」


 こうして……私は大地の籠手で魔物の体勢を崩し、そこをエリザベスさんとブルーさんが追撃、アントニオさまは一体一体確実に魔物の内部に焔を注ぎ込んで倒していきました。

 万が一打ち漏らした魔物は既に手傷を負っているので、レミリアさんとアリスちゃんのフルボッコでとどめを刺されます。さしもの魔物たちも次第にその数を減らしていき、ついに最後の一匹に向けて私は大地の籠手を打ちこみ、すかさずアントニオさまがガエンザンで魔物を刺し貫いたのです。

「ふん、どうやらこれで打ち止めのようだな」

 アントニオさまが構えを解くと、聖宝具である槍は虚空に消失しました。

「アントニオ殿下、お久しゅうございます」

「おお、エリザベス嬢ちゃんか。マリア嬢ちゃんの護衛、ご苦労だったな」

 見ると、東の空が白々と明け始めています。

 魔の跳梁するおぞましい夜がようやく終わりを迎えようとしているのです。

 エリザベスさんはブルーさんとレミリアさん、アリスちゃんを紹介し、私たちは一路ベルクガンズ王国に向かったのです。


 王城につくとアントニオさまは別室に、私たちは貴賓室に通されました。私たちはただの勇者アカデミーの学生、近衛騎士であるブルーさんもさすがに緊張しておられる様子です。意外なのはアリスちゃんで、出されたお茶を優雅に啜って、「さっきは怖かったよぉ~」などと笑っています。

 さすがは上級貴族のご令嬢です。

「皆さま、アントニオ殿下の御前にご案内いたします」

 品のいい執事さんらしき方の案内で、私たちは玉座の間に通されます。

 こういうの、いちどバルラヌス王国で経験したのですが、ベルクガンズは武を持って尊しとなす国家なだけに、重装兵士の方々が左右にずらりと並び、一段高い玉座には立派な身なりの、穏やかそうな初老の男性と女性、その脇に黒髪の青年が腰をおろしています。

 その精悍な顔立ち、自信に満ち溢れた胸板、太い二の腕……いつも豪放なイメージばかりのアントニオさまですが、こうして王の傍らで悠然としているアントニオさまを見ていると、私はやはりこの人は一国の王子なのだなと改めて思うのでした。


 私たちは膝を降り、王族のみなさまへの敬意を表しました。

「苦しゅうない、表を上げなさい。おお、あなたが五人目の勇者、マリア・マシュエスト……まさか本当に五人目の勇者が女性だったとは」

 ベルクガンズ国王陛下と思しき方が柔らかな眼差しで私を見つめています。その横で鷹揚に微笑むのはアントニオさまのお母さま、この国のお妃さまでしょうか。

 この国の国王陛下とお妃さまは、久しく実質的権限を「ベルクガンズの三女傑」と呼ばれるアントニオさまのお姉さま方に任せ、湯治場で隠居生活を送っていたとお聞きしています。いま、お姉さま方はアカデミーの寮にいるので、陛下は再び政務に携わっておられるのでしょう。

(アントニオ殿下もそのお手伝いをされていたのでしょうか……ちょっと想像付きませんが)

「みなのことは大神官様より聞き及んでおる。我が息子ともども、この世界の安寧を守るために尽力してくれることを期待しておるぞ」

 ベルクガンズの国王さまは、女である私が勇者であることに疑問や抵抗を感じておられないようで、私はホッとしました。なにしろ以前、ロートヴァルドの国王さまや大臣は私を勇者と信じず、私を地下牢に入れてしまったほどなのですから。

「まあ、あれはあれで貴重な体験と申せましょうか」


 国王陛下さま方が退出なさいますと、神妙な顔をしていたアントニオさまが、「にかっ」といつもの人懐っこい笑みを浮かべました。

「嬢ちゃんがた、さぞ腹が空いているだろう。どうやら奴らに襲われたのは深夜のようだしな。食事の用意をさせてある、遠慮なく食ってくれ!」

 がっはは、とブルーさんの肩を抱いて玉座の間を大股で出ていくアントニオさまの後を、私たちも追います。

 ああ、やっぱりアントニオさまはアントニオさまだ、と私はホッとするやら呆れるやら。

 緊張の糸が切れたのか、急に眠そうな顔になるアリスちゃん、国王陛下にお目通りしてガチガチに緊張しているレミリアさん、そして魔物との戦闘の興奮冷めやらぬのか、まだ少し頬を上気させているエリザベスさんと共に、私たちはベルクガンズ王宮の豪華な朝食を頂いたのです。

 ベルクガンズはロートヴァルドのやや南方に位置し、果物や野菜が豊富だと聞いています。魔物相手に夜通し戦っていた私たちは、新鮮で種類豊富な朝食をたっぷりお腹に詰め込むと、ようやく人心地つきました。


 食事を終えた後、ブルーさんと何か難しい話をしているエリザベスさんに、レミリアさんがおずおずと声をかけるのが見えました。

「あの、エリザベスさま……」

「どうした、レミリア。今後のことについては、私とブルーどのとでベルクガンズの大臣どのと協議しようと思っている。お前も疲れただろう、今は十分休養を取っておくといい」

 仲間を気遣うエリザベスさんの言葉に、レミリアさんはぷるぷると唇を震わせていたかと思うと、「申し訳ありませんっ!」と深々と頭を下げたのです。これには私も、デザートをぱくついていたアリスちゃんも目を丸くしました。

「わたくしは……わたくしはアカデミーで十分な訓練を受け、エリザベスさまに次ぐ実力を持っていると自負していました。けれど、いざ魔物を前にしたときのあの体たらく……愚かにも思いあがっていたわたくしは、皆さんと旅をする資格など」

「私が───13の時だ」

 不意にそんなことを言い出したエリザベスさんに、レミリアさんは顔を上げました。

「幼き頃より剣を学んでいた私は、父と数名の騎士について初めての山賊狩りに行ったのだ。野営もその時に経験した。幸か不幸か、私自身が山賊と刃を交えることこそなかったが、命の取り合いをする現場の緊張感を、あの時初めて知った」

 そう言ってエリザベスさんは、レミリアさんの肩をぐっと掴みました。

「昨夜の出来事は、きっとお前の血となり肉となったことだろう。初陣で恐怖を覚えるのは恥ではない。大切なのは恐怖を克服し、それに立ち向かう勇気だ───そう、マリアどののように」

 えぇっ、私っスか?

 レミリアさんは一瞬わたしの方を見て、それから何とも表現しにくい表情を浮かべました。

 私を勇者と認めつつ、認めない……一方で己の弱さを思い知らされたレミリアさん。アカデミーで絡まれたときは怖い人だとしか思っていなかった私ですが、いまは葛藤している彼女に何だか親近感を覚えました。


「まあ、口で言ってすぐに理解もできまい。今後も我々と旅をするなら、きっといい経験が積めると思うぞ、レミリア」

「は、はいっ、エリザベスさ───」

「ああ、それから。私とお前は立場は同じ、『さま』はなしにしよう。我らは、仲間なのだからな」

 そう言って軽く私にウィンクをよこすと、エリザベスさんはブルーさんと共に食堂を後にし、正式な使節としてベルクガンズの大臣の元に報告に向かったのでした。

「さて、私は……」

 こうしてベルクガンズ王国を訪問するには二度目です。

 一度目はレオンさまたち四人の勇者王子さまたちとの逃避行の果てに。舞踏会を襲った「魔王の影」を撃退したのはいいのですが、私のうっかりから私は勇者どころか「魔女」呼ばわりされてロートヴァルドを追われ……それでも王子さまたちとの野宿や野営は、今となってはいい思い出です。

「でも、今は」

 バルコニーに出た私は朝の風に吹かれながら、両の手を見つめました。

「今回は何とか魔物を撃退できたけれど、これから……どうなっちゃうんだろう」

 ただでさえ私は精霊の力のコントロールも満足にできないのに、このうえ力が弱まってしまったら、とてもアントニオさまたちの手助けなんてできるはずもありません。

 それに「魔王の影」を撃退して以来、ずっとなりをひそめていた魔物の来襲。また罪もない人が襲われ、傷つく事態になってしまうのでしょうか。せっかく精霊の力を授かったと言うのに、今の私では人々を救うこともできないではありませんか」


「よお、マリア嬢ちゃん」

「アントニオさま……」

 黒髪の青年はバルコニーの手すりにもたれかかり、はるか城下に広がる町をしばらく無言で眺めていました。

「ベルクガンズに帰ってきたのは、あくまで親父の手伝いをするためだったんだ」

「え……」

「ほれ、姉貴たちがアカデミーに入学してすっかり舞い上がっちまってたからなぁ。俺は公務ってのは正直苦手なんだが、少しは親父の役に立てるかもって思ってな」

 常にない優しげなアントニオさまの声音に、私はドキリとしてしまいました。

 彼の声に私は家族を思い、国を、民を思う一人の王子としての決意を感じずにはいられませんでした。

「レオンたちと同じ時期だったかは分からねえが、俺の精霊の力もある日から弱まり始めた。そのときが一番ショックだったかなあ、もしかして魔王はもう二度とこの世界に侵攻して来ないのかって。俺らはもうお役御免なのかってな」

 アントニオさまのおっしゃることにも一理あります。

 なぜなら「勇者アカデミー」が設立されたのは、レオンさまたちが誕生なされたときからその身に精霊の刻印が刻まれていたから。精霊の力が弱まったと言うことは、その力はもうこの世界に必要とされなくなったからとも言えるのです。

「勘違いしないでくれよ。もう一度魔王が攻めてくればいいなんて思っちゃいないぜ。別に魔物と戦う以外にも、俺には王子としての責務ってヤツがあるしな。ただ……」

「ただ……?」

 アントニオさまの真意を測りかねた私の問いに、彼はちょっと照れ臭そうに鼻の頭をぽりぽりとかいて、少しく目を泳がせました。

「その……同じ勇者としての使命がなくなっちまえば、その、お前さんと会う機会も減るんじゃないかって、それが少しだけ心配だった」


 うっ。

 あまりにストレートなそのお言葉に、私は頬が熱く火照るのを感じました。

 なるほど勇者として戦うことがなくなれば、私はもうアカデミーにいる必要もありません。

 父のことも心配ですし、久しく帰っていない故郷の村のみんなとも再会したい……でも、そうなってしまえばおそらく私は二度と王都になど来る機会はないでしょう。

 もちろん、勇者王子さまたちと過ごす日々も。

(けけけけど、そそそそれって)

 もしかして、いいえもしかしなくても「お前と会えなくなるのは嫌だ」って言われてるみたいなものじゃないですか、この状況。

 あわわわわ、いかにもアントニオさまらしいまっすぐなお言葉ですが、もうその黒々とした瞳を見つめることもできず、私はさらに顔を赤らめながら下を向いてしまいます。


「なあ、マリア。あのときのこと、覚えてるか?」

 いつもは「マリア嬢ちゃん」「お前さん」と私を呼ぶアントニオさまは、まっすぐに私を見つめておそらく初めて名前で呼んでくださいました。

 ハッと見上げる私の目の前に、凛々しくも逞しい黒髪の青年のお顔が。レオンさまのような優しげな美形とはまた違う、野性味あふれるその端正なお顔に思わず見とれてしまいます。

「あ、あのとき……って、その」

「舞踏会の夜のことさ。いつかベルクガンズに来てほしいって言ったろう。まあなんやかんやややこしいことはあったが、姉貴たちにマリアを紹介することができた。今度は正式に俺の親父とお袋にも紹介したいんだ───俺の、惚れた女としてな」

「ほほほ~~~~っっっ!?」

「おっと、返事は今すぐじゃなくてもいい。これじゃ俺が一人で抜け駆けしたみたいだからな」

 生きてた……あのときの告白は、まだ生きていたのです。

 私は感動するやら動揺するやらで、その場にぶっ倒れるのではないかと思ったほどでした。


 と───そのときです。

 バルコニーに飛び込んできた兵隊さんが、アントニオさまの前に膝を降り、火急の報告を始めたのです。

「ご、ご報告申し上げます! キャサリン王女殿下、エルデ王女殿下、ミュゼール王女殿下がまもなくご帰国なさるとの報が!」

 


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