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第七章 私にできること

 

「えいやぁああああああああ!」

 ぐるぐるぐるぐるうううんっ。湾曲刀を手にした赤毛の騎士が、凄まじい勢いで回転しながら2メートル超の魔物に切りかかって行きました。

 一つ一つの斬撃は浅くとも、反応の鈍い人型の魔物に為す術はなく、たちまち全身に無数の傷が刻まれていきます。

「ぎゃひぃいいいんっっ」

 顔面を切り裂かれ、魔物は両手で顔を覆います。がら空きになった細い胴体めがけ、ブルーさんが渾身の一撃を叩きつけました。

 ずしゃああっ、ぎゃろぉおおおおんっっ。

 肉と骨が立ち切られるいやな音が響き、ひょろひょろした魔物がゆっくりと体を折り曲げ、地面に倒れてゆきます。

 その身体は眩いばかりの光に包まれ、一瞬で怪物はこの世から姿を消してしまいました。そう、これが魔物───魔界の住人である彼らは、私たちの世界で形を保つために「チューニング」とでもいうべき同調行為を行い、それが乱されればもはやこの世界に留めおかれることはできないのです。

「なるほど、わかってしまえば対処のしようはある! ブルー、一体ずつ確実に仕留めていくぞ!」

「そ、そりゃ同感だけど、なんだかどんどん数が増えてきてるよぉ~?」

 まるで死霊のようなその怪物はいったい何体いるのか、森の中からは野盗たちの悲鳴が後を絶ちません。

 もとより数を頼んで行商人を襲うような卑劣な悪党どもですが、魔物相手では為す術もなくあのおぞましい腕に掴まれ、命を奪われているのでしょう。魔物は動きこそ緩慢ですが、その力は相当なもののようです。

 そして森の奥からは、のそりのそりと数体の魔物が私たちに向かってきているのです。


「私が先陣を切って奴らの隊列を乱す! 後は頼むぞブルー!」

「え、ちょ、エリザベスちゃ……」

 だっっっ。

 赤い筋を引くように、エリザベスさんが飛び出しました。

 三体の魔物に肉迫するや、ぐるん、ぐるぐるんっと凄まじい回転をしながら怪物の間をすり抜け、湾曲刀が魔物の脇腹を切り裂いてゆきます。

 のろのろと振り下ろされた魔物の腕など、エリザベスさんを捕らえるどころではなく、空を切ります。

「んぎぇええええええええ」

「ほいさ、来たばかりで申し訳ないけど、お帰りなさいなっ」

 ずぶううっ。

 魔物の喉にブルーさんの剣先が突きたち、そのままぐりっとえぐるや真一文字に切り裂きます。

 魔物は脇腹と喉からどす黒い血のような液体を噴き出しながら、光に包まれて消えていきます。厳密に言えば生物ですらない、魔物が元いた魔界に帰って行ったのです。

「ぬんっ、てやぁあああっ」

 ざざっと体勢を立て直したエリザベスさんが、目にもとまらぬ斬撃を魔物に浴びせます。すでに脇に一撃をくらった魔物は全身を切り刻まれ、光となって消えうせてしまいました。


「お、お二人ともすごいです……ああっ、また新手が!」

 すでに野盗は全滅したのか、あるいは逃走したのか、青い肌の不気味な魔物が次々と姿を表します。

 その数は10は下らないでしょう……血肉の通った野盗と違い、彼らは私たちの持ちものやお金を欲しているわけではありません。ただ破壊と殺りくを求める、世界の破壊者に他ならないのです。

「エッ、エリザベスさま、わ、わたくしも」

「さがっていろレミリア。お前の腕を信用しないわけではないが、実戦となれば一瞬の油断が命取りだぞ。アリーシャとマリアどのを守ってやってくれ」

「は、はい……」

 迷いもなく魔物の群れに突撃して剣を振るうエリザベスさんと違い、レミリアさんは実戦経験には乏しいようです。剣は構えているものの、膝が小刻みに震えています。

 わ、私もエリザベスさんたちの加勢をしなくては……いまだ不安定な地の精霊の力ですが、いまここでその力を発揮しなくてどうすると言うのでしょう。

 私は両手に意識を集中させ、地の聖宝具「グランディール」を強くイメージしました。

 すると───。


「で……出た……っ!」


 両手にがっしりとハマったごつい籠手。

 これこそ私に授けられた地の聖宝具、大地の籠手グランディールです。

 いまは私の手にぴったりはまる程度のサイズですが、状況次第では超巨大な籠手として召喚することも可能な聖宝具。うら若き乙女に与えられた武器としてはいささか武骨な宝具ですが、いたしかたありません。これでエリザベスさんたちに助勢できるのなら、私は魔物に立ち向かいましょう。

 本当ならこのグランディールで魔物に殴りかかると言うのが本来のスタイルなのでしょうが、実際問題、この大地の籠手以外の私の戦闘能力には甚だ不安要素しかないと言うのが実情です。

 なので───。

「エリザベスさん、ブルーさん、下がって下さい! ひいいいっさぁあああああつっっっ! ロケットッ、パァアア──────ンチィイイッッ!!!」


 ずっどおおおおおおおおんっっ。


 私の両手から魔物めがけて大地の籠手が打ち出されました。

 魔王の影と戦った時、なんとなく思い浮かんだ私オリジナルの必殺技です。これなら直接魔物と対峙しなくても、ダメージを与えられるのです。

 まあ使ってる本人も原理はよくわからないのですが───そもロケットってなんなんでしょう───大地の籠手は空を裂き、魔物の顔面を確実に捕らえました。


 げいいいいいんっっっ。


 大地の籠手に顔面をぶっ飛ばされた魔物は、二転、三転して地面にすっ転びました。

「おお、すごいぞマリアどの!」

「ひゅ~っ、やるもんだ」

 お二人は間近に見る聖宝具に感嘆の声をあげましたが、私は愕然と声を失っていました。

「え……なんで……あんな、い、威力が弱まってる……?」

 そうです。

 レオナルドさまたちと共に、魔王軍とたたかった時のグランディールは、もっと強力でもっと凄まじい威力だったはず。猿人型魔物のどてっ腹をぶち抜き、コウモリ魔物を撃墜し、ドラゴンの脳天をぶち砕くほどの破壊力を誇っていたはず。

 なのに、いまグランディールにぶっ飛ばされた魔物は、よろよろと起き上がりかけているではありませんか。

「せいやぁああああああっっ」

 ずばぁあああんっっ。ブルーさんの長剣がその首を見事に刎ね飛ばし、魔物は消えうせます。ですが、私は大地の籠手が弱体化しているという事実に呆然としていました。

 しかも森の奥から何匹もの魔物が次々と現れてくるのです。エリザベスさんとブルーさんの腕は確かですが、このままでは数で押し切られてしまうかもしれません。

(どうしよう、いまの大地の籠手じゃ魔物を倒せない!)

 私は二度、三度と大地の籠手を打ちだしますが、やはり魔物を足止めするのが精一杯で、決定打になりません。


「くっ、ベルクガンズまであと少しだと言うのに! きりがないぞ」

「アリスちゃん、馬車は出せそうかい?」

 ブルーさんの言葉にアリスちゃんはよたよたと御者台に上って手綱を引きましたが、馬は魔物に怯えているのか、言うことを聞いてくれそうにありません。

「だ、だめですぅ~。お馬さんが怖がってますぅ~」

「いかん、そっちに数体向かったぞ!」

 一体一体確実に倒していくエリザベスさんとブルーさんですが、敵の数は増すばかり。

 鈍い動きながら近づいてくる人型魔物に、レミリアさんは「ひい」と声を震わせ剣先を魔物に向けます。けれども戦闘実技で見せるような迫力はみじんも感じられません。

 私は再び大地の籠手を出現させ、レミリアさんと魔物の間に割って入ろうとしました。たとえ一撃で倒せなくても、それなら何度でも何度でも攻撃するまで。


 これでも私は───勇者のはしくれなのですから。


「でりゃあああああああ~~~~~~~」

 グランディールを発射する余裕もなく、魔物に向けて突き出した拳に、魔物の巨大な手が激突しました。

 かつて練習試合でニールセンに斬りかかられたときは、私の体は固く、重くなって剣撃を跳ね返しました。なのに魔物の一撃をくらった私は、あっけなく吹き飛ばされてしまったのです。

「マ、マリア・マシュエスト!?」

「うぅ……レミリアさん、に、逃げて」

 大地の籠手だけでなく、私の精霊の力も弱体化しているのでしょうか。痛みこそそれほどではありませんでしたが、いよいよ私には打つ手がありません。

「レミリアさん、アリスちゃんを守ってあげて下さい、こいつは私が喰いとめます!」

「で、でも」

 ゆらりと私を見下ろす青い肌の魔物。その虚ろな目からは何の感情も伺えません。その右腕がゆっくりと持ちあがり、私めがけて振り下ろされ───


「豪炎の槍、ガエンザン───!!」


 ずどぉおおおんっっ。

 凄まじい衝撃と共に、魔物の胸からにょっきりと鋭い刃が生えていました。

 それにあの逞しい声、槍を握った太い腕、がっしりと幅広な肩。不気味な魔物の背後から姿を見せる、苦みばしった笑顔は、私のよく見知ったその人です。

「ア、アントニオさま!」

「よお、マリア嬢ちゃん、久しぶりだな。ミアミアさまからの連絡を受けてな、迎えに来てやった……ぜ!」

 ぐりんっとガエンザンを捻って魔物の心臓をえぐると、魔物は光を発して虚空に消えます。

 ですが、アントニオさまの聖宝具にも異変が生じていることに、私はすぐ気付きました。私の知っているガエンザンは、灼熱の焔を吹き上げて魔物を一刀両断する聖宝具。なのに今のガエンザンは焔をまとっていないのです。

 それなのにアントニオさまはそのことをさして気に病んでいないようなので、私は少しあっけに取られてしまいました。


「どうしたい、嬢ちゃんらしくもねえ、シケたツラだぜ?」

「だ、だって、私の聖宝具も……大地の籠手も前みたいなパワーが出ないんです」

 私は両手にハマった籠手を見つめ、うなだれてしまいます。アントニオさまは「がっははは!」と豪放に笑い飛ばし、私の背中をバンバンはたきまくるのです。

「なあに、俺たちゃ勇者なんだぜ。やりようはいくらでもあるさ。まあ見てな」

 と、アントニオさまの背後から数匹の魔物が近づいてきます。危ない、と私が叫ぶより早く、アントニオさまは後ろも見ずに槍を魔物の胴体に突き立てたのです。

「ぐぎゃぁああああああ」

 ああ、けれどガエンザンからはやはり焔が噴き上がりません。いつものアントニオさまならこんな魔物一撃で倒せるはずなのに……しかしアントニオさまはまったく焦った様子もなく、聖宝具に意識を集中させたようでした。


「うぉおおおおおおおおおおおお!」

 獣のような咆哮がアントニオさまの喉から迸ると同時に、魔物の口から炎が噴き出しました。断末魔の悲鳴を残し、魔物は「内側」から焼かれ、虚空に消えうせたのです。

「おらおら、どんどん行くぜええええっ」

 どすっ、ごぉおおおおおっ。

 黒髪の青年は槍の穂先を魔物につき立て、内部から焔を流し込むことで確実に魔物を仕留めていきます。

 たとえ精霊の力が弱まっていても、このやり方ならさしもの魔物もひとたまりもないでしょう。


「私にだって……できることがきっとある!」

 



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